EP 11
『愚者の末路と、理不尽の襲来』
凍てつくような吹雪が吹き荒れる、ポポロ村の北方、黒き森の最奥。
普段は魔獣すら近寄らないその忌まわしき古代遺跡の前に、ルナミス帝国の徴税官・ゲラードの姿があった。
彼の背後には、金貨で雇われた柄の悪い非正規兵(ならず者)たちが十数名、松明を掲げて立っている。
「ええい、手こずりおって! 早くその忌々しい封印の扉を破壊せんか!」
ゲラードは、厚い毛皮のコートに丸い体を包みながら、ヒステリックな声を上げた。
彼の顔には、憎悪と屈辱が深く刻み込まれていた。数日前、ポポロ村の広場で「刺青の男」に圧倒的な覇気と正論でねじ伏せられ、失禁しながら逃げ帰った記憶が、彼のちっぽけなプライドを内側から腐らせていたのだ。
「あの生意気なウサギ女……そして、どこの馬の骨とも知れん小賢しい男め。この私を、偉大なる帝国の徴税官であるこのゲラード様をコケにした罪は万死に値する!」
ゲラードの策は、極めて短絡的で悪辣なものだった。
この古代遺跡に封印されていると伝わる「強大な生物兵器」を目覚めさせ、それをポポロ村へと誘導する。
厄災によって村が焼け野原になった後、帝国の軍隊を率いて「治安維持」という名目で制圧し、『ルナキン』や『タローマン』の利権、そしてドワーフとの密輸ルートの残骸を根こそぎ自分の懐に収める。
「ひひひっ……完璧な計画だ。村の連中は魔獣の餌食となり、私は富と名声を得る。さあ、魔術師ども! 爆薬と魔法の威力を最大にしろ!」
轟ォォォォンッ!!
ならず者の魔術師たちが放った高火力の爆裂魔法が、分厚い古代の石扉を木端微塵に吹き飛ばした。
直後。
遺跡の奥深くから、この世の生命が発するとは思えない、金属の軋むような重低音の咆哮が響き渡った。
『GYYYYAAAAOOOOOOッ!!』
地響きとともに、粉塵の中から「それ」が姿を現した。
全長三十メートルを超える巨体。
骨格は古代の竜のそれだが、全身の半分以上が赤黒く錆びた「魔導金属」の装甲で覆われている。背中には不気味な青い炎を噴き出す魔導バーニアが備わり、顎は巨大な破砕機に改造されていた。
古代大戦の遺物。竜と機械の悪魔合体――『機装狂竜』である。
「ヒッ……!? な、なんだあの化け物は!」
「話が違うぞ! あんなの、俺たちの手に負えるわけがねぇッ!」
ならず者たちが恐怖に駆られて逃げ出そうとする中、ゲラードだけは狂ったように高笑いを上げていた。
「素晴らしい! これぞ圧倒的な力! さあ、古代の兵器よ! 私の命令を聞け! 南にあるポポロ村へと向かい、あの村の連中を残酷に踏み潰すのだ!」
ゲラードは、遺跡から見つけたという「制御用の宝珠(のようなただの石)」を天に掲げ、機装狂竜に向かって叫んだ。
機装狂竜の、カメラアイと竜の眼球が入り混じった不気味な赤い瞳が、ゲラードを見下ろした。
次の瞬間。
機装狂竜は、足元でわめく小太りの男を「視界を遮る障害物」としか認識せず、その数十トンもの重量を誇る鋼鉄の右脚を無造作に振り下ろした。
「えっ――」
グチャッ。
ルナミス帝国の徴税官ゲラードは、悲鳴を上げる間もなく、文字通り虫ケラのように踏み潰されて絶命した。
己の器を弁えず、分不相応な力を操ろうとした愚者の、あまりにもあっけない末路であった。
『GURURURURU……』
足元の肉片を一瞥することもなく、機装狂竜はその鋭い嗅覚と魔力センサーを南へと向けた。
その先にあるのは、ドワーフの技術と地球の知識によって構築された、膨大なエネルギーを内包する要塞――ポポロ村。
破壊の権化は、最強の「獲物」を見つけ、背中のバーニアを激しく噴射しながら猛烈な速度で雪原を南下し始めた。
*
同じ頃。ポポロ村、役場の村長室。
聖星祭の翌日の穏やかな朝。坂上真一は、いつものようにPXで出力したドリップコーヒーをブラックで味わっていた。
彼の右腕には、完全に定位置と化したキャルルがコアラのようにしがみつき、幸せそうに寝息を立てている。昨日、坂上が特別に作った『苺のショートケーキ』を限界まで食べて、完全に野生を失った月兎族の村長である。
向かいのソファでは、マンミアがクロスボウの手入れをしながら、時折恥ずかしそうに坂上の顔を盗み見ては、栗毛の尻尾をパタパタと揺らしていた。半額ケーキの呪縛から解き放たれた彼女の表情は、見違えるように明るく、生気に満ちている。
「……平和じゃのう」
坂上がポツリとこぼし、Sinnの腕時計に目をやった、その時だった。
『ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!』
静寂を引き裂くように、坂上の懐に入っていたPX支給の【戦術情報端末】が、けたたましい警告音を鳴らし始めた。
同時に、村の地下に張り巡らされたドワーフ製のセンサーグリッドが異常を検知し、役場の屋上に設置された魔導サイレンが「ウゥゥゥゥッ!」と重低音で村中に響き渡る。
「な、何事ですか!?」
マンミアが即座に立ち上がり、盾『アグニ』を構えた。
「んぅ……? サカガミ、朝ごはんの時間……?」
目をこすりながら起き上がったキャルルも、鳴り響くサイレンの音に一瞬で瞳の色を変え、戦闘民族の冷徹な目つきへと切り替わる。
坂上はコーヒーカップを静かにテーブルに置くと、タブレットの画面を空間にホログラムとして投影した。
そこに映し出されていたのは、村の北方十キロの地点を、時速百キロ近い猛スピードで南下してくる巨大な「赤色熱源」の姿だった。
「……質量、約三百トン。魔力反応は測定不能。熱源の形状と進行速度から見て、ただの魔獣じゃない。文字通りの『生きた戦略兵器』が、一直線にこの村を目指している」
「なっ……三百トン!? そんな規格外の化物、竜王クラスでもなければ存在しないはずです!」
マンミアが絶望的な声を上げた。
キャルルは舌打ちをし、自身の武器であるダブルトンファーをガシャリと構える。
「せっかくサカガミが作ってくれた平和な村を……私たちの愛の巣を、土足で踏みにじろうってわけ? いいわ、私が最高速度で突っ込んで、肉団子にしてあげる」
「待て、キャルル。早まるな」
ヤンデレ特有の過激な思考で単騎特攻を仕掛けようとするキャルルの首根っこを、坂上がガシッと掴んで止めた。
「一人で無双するなと、いつも言っているだろう。……相手がどれほど理不尽な化物だろうと、戦には『手順』というものがある」
坂上は、羽織っていたラフな部屋着を脱ぎ捨てた。
そして、傍らのハンガーに掛けてあった、黒のタクティカル・ベストと防刃仕様のロングコートを淀みなく身に纏い、腰に愛刀『白雪』を帯びる。
その背中から放たれるのは、先程までの「近所の優しいおじさん」の空気ではない。
出雲艦隊打撃軍・総司令官。
海将・坂上真一の、冷徹にして完璧な『指揮官』としての覇気だった。
「マンミア。村の非戦闘員を、ドンガン地下帝国へ通じる地下シェルターへ誘導しろ」
「は、はいッ!」
「キャルル。お前は俺の指示があるまで、絶対に前に出るな。遊撃部隊として、常に俺の目の届く範囲で待機しろ」
「……うん。サカガミがそう言うなら、従うわ」
坂上の有無を言わせぬ絶対的なリーダーシップの前に、二人の少女は完全に統制された「一個小隊」へと変貌する。
坂上はタブレットを操作し、村中に張り巡らされた【ポポロ・ディフェンス・グリッド】の安全装置を全解除した。
地響きとともに、村の各所にカモフラージュされていた『自動魔導近接防空砲』が地中からせり上がり、無数の砲身が北の森へと向けられる。
「ええか、お前ら。一歩も引く必要はない」
坂上は、ケースから青いハイライトを一本抜き出し、銀のオイルライターでカチャリと火をつけた。
深く紫煙を吸い込み、迫り来る巨大な絶望に向けて、不敵な笑みを浮かべる。
「俺たちが血と汗と泥にまみれて作った防壁を信じろ。……愚か者が呼び覚ました理不尽に、『大人の戦争』ってやつを教えてやる」
轟音とともに森の木々をなぎ倒し、ポポロ村の境界線に巨大な竜と機械の悪魔――機装狂竜がその姿を現した。
第一章最大の決戦の火蓋が、今、切って落とされた。
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