(1)
目指す方角には何もなかった。確かに。
名も知らない星が輝き始めたばかりだった。歩き続けると足先に違和感を覚えた。それはだんだんと全身に広がっていく。
今まさに結界に足を踏み入れたのだ。名も知らない星が輝きを増していた。
「今入った?」
「多分。まだ体半分しか入ってない」
トルクは体の半分ずつで境界に立っていた。
右手と左手を見比べるが何の変化もない。ただ結界内の方が若干ひんやりしているだろうか。
「おかしな感じね」
体の違和感ばかりに気をとられていた。
ふと見上げるとそこは今まで何もなかった平原に樹木が立ち上がり、小高い丘が立ち上がっていた。星明りにはっきりと浮かび上がる。
どうやってこれだけの土地を一世紀以上も人目から守ってきたのか。
こういった空間の存在を噂に聞かなかったわけではない。
ただ、トルクにとっては理論上可能なことは理解出来ても実装された空間を目の当たりにしたことは当然なかった。ましてや実用化されているなどとは思いもしなかった。
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「いらっしゃい。待っていたよ。気分はどうですか。今あなた方は一度分解されて再構成されました。そうことをしないとこの空間には入ってこれません。普通は」
いつの間にか、これもまたいつの間にか目前に小さな無軌道トロッコ。運転席から顔を出すアルバドアンザール。ランタンをかざす黒い服を着た白い顔の人形が助手席に立つ。
「トマトは残念ながら持ってこれなかったよ」
トルクは首を傾げながらニヤリと笑った。
ジーンズにダンガリーを着たアルバドアンザール。
暗闇の中、はにかんだのかそれとも苦笑したのか定かではないけれど顔を緩めたのがトルクには見て取れた。
お揃いのコーヒーカップに薄く熱いコーヒーの香りが立つ。
アルバドアンザールがパペットと呼ぶ人形達が運んできてくれた。
ほのかに香る牧草とハーブ。馬小屋からは馬の気配。隣に建つ高床で平屋建てのアルバドアンザールの棲家。
アルバドアンザール以外には黒い服を着た2体の人型パペットしかいない。
火のない暖炉とロッキングチェアが三つ。小さなテーブルとソファ。銅の薬缶。整理されたダイニングに帆船の模型。
古臭い什器を愛する部屋。近代文明といえばフュージョンHG程度だ。現役で使われている。
「ほんと、アルがお友達を連れてくるなんてとても久しぶりね」
「2年ぶりかしら」
「いえ、3年ぶりよ」
「違うわ、2年ぶりよ」
「どうぞごゆっくり」それだけ言うと2体は黙って一つのロッキングチェアに窮屈そうに座った。
「頬の赤いほうがエライザ、白いほうがスザンナです」
アルバドアンザールが髪を撫でる。
苦笑いするアルバドアンザールを横目に頬の赤いエライザはすかさず髪を両手でくしゃくしゃにした。




