(2)
「ねえ、何でトルクはハッカーなんてしているの」
モータ音のみが響く後部座席でサルナが不意に口を開いた。前からトルクに訊きたかったことだ。
「さあね、どうしてだろう。ローグランに住んでるとそれぐらいしかやる事が無いんだよ。多分」
トルクはまだ日の高い地平線を眺めている。
「どうしてよ。チャネルローズで働けばいいじゃない。スキルもあるじゃない」
「世界に追い出されたのさ。今更戻れないし戻るつもりも無い。大体面倒くさい」
「なるほど・・深刻なパーソナリティ障害ね。でも何となく分かるわ」
「パー・・パーソナル?障害・・・なんか凹むなあ、それ。わかるって言われてもなあ・・・純粋に面倒くさいだけなんだけど」
「う~ん、なんとなく・・・わからなくも・・・」
「いや、フォローしなくていいよ。ローグランの時間の流れは結構気に入ってるんだ。世界のイライラすることや明日死ぬかもしれない恐怖があそこにいると麻痺するしな。そういうことなんだ」
「チャネルローズの治安の良さは定評があるわ。ローグランに比べればせわしないけどいいところよ」
「知ってるよ。コレクションもデータ収集もサークル活動もろくにできやしない」
「陽のあたる場所で仕事して・・・って、SE?、リーマンハッカー?、パブリッククリエイター?かしら、それとも・・・、スシショップ?・・・スナップを効かせた程よいグリップ感覚とか・・・んんっ、無理ね。想像できないわね。トルクが真面目に働いてるところが」
サルナはケラケラと笑い始める。
「だろ」
「しかし、よ、何か出来る事があるならそれをしたほうがいいわ。これが終わればせっかく罪状は消えるし・・・でも・・・」
「再度罪を重ねるのは目に見えてるって言いたいんだろ」
「鋭いわね」またケラケラと腹を抱えて笑い始める。
「罪なんてどうでもいい。所詮ケチなハッカーさ。ハッカーだけじゃないけどな」
「そうそう、締め切りに追われて変な画像作ったりしてね」
「そうなんだよ。いけ好かない為政者のネガティブキャンペーンがいい稼ぎになるんだよってアンドジョンが云うもんだから・・・つい・・・って、こらこら」
「やっぱりダメなのかしら」残念そうなサルナ。
「悪いな。なんていうのかな。うまく説明できない」
「なんとか説明してみてよ。そこを・・そ・こ・を・・・」
眉を寄せてにじり寄るなかなかしつこいサルナ。
「近い近い。寄るんじゃない」
「ねえ、ねえ、お願い」
「フィルターバブルに耐えられそうもなかっただけなんだよ。多分単純に」
「ファブクルは人類最大級の文化革命よ・・・って誰か公共放送で言ってたわよ」
「昔のことはよく覚えていないけど。こんなんだからおかげで浄化作戦では何度か殺されかけたけどな」
「へえ・・・、そうなんだ・・・って簡単にいうけどそれも尋常じゃないわね。そこそこ存在しているらしいけど生き残りを公言している人にも初めて会ったわ」
世界の全ての国が批准した浄化作戦、Death or Grant、世界の網羅性を命題に抱え、拒否した人間で公証生き残りはいないとされている。
「ファブクルを受け入れれば多分そこそこ楽しいことをあてがわれて。多少辛いことも振られて、達成感も配給されて。普通に」
「超特殊だから事例を探すのに苦労しそうね」
サルナはブックタブをめくる。
「ファブクルを受け入れて生きていくこと自体が死の、どちらかというと生きていくことの恐怖だったのさ。そんな恐怖と向かい続けることが面倒くさかったんだよ。多分」
「恐怖から逃げ続けることはできない。だからあなたは私と一緒にこうやってここにいる。違う?へへっ」
やっと少しだけトルクのことがわかった気がするサルナだった。
「こんな面倒くさいことは望んじゃいなかったけどね。多分その通りだよ」




