(2)
そしてサルナの胸の中でトルクがゆっくりと目を覚ます。
トルクはまだ状況が飲み込めていない。なぜか今、サルナの柔らかい胸に顔をうずめている。
そして脇腹に激痛が走る。エルメルの角に叩かれ、アバラにヒビが入っていた。
激痛がトルクを現実に引き戻す。首をもたげて周りを見回すトルクがサルナを徐々に認識する。あり得ない距離のサルナの顔に事態が飲み込めない。
そして次第に視野が開けてくる。
「痛い・・・痛い。わかった。わかったから放してくれ」
サルナの胸の中でトルクが呻いた。
「ごめんなさい。そうだ、後遺症は無い?自分の名前は言える。今何してたか覚えてる?」
サルナは慌ててトルクを引き放す。そして質問を浴びせる。
「判ってるよ。名前は・・・何だったっけ。何してたんだったけ。締め切りは・・・」
「・・・締め切りってなんの締め切りよ。また、変な画像のことね。こんな時に」
「・・・・・・そっか・・・くそっ・・あっっ」
健在をアピールしたかったのだが満身創痍はいかんともしがたい。
「でも、よかった。ほんとに・・・」
サルナは微笑みながら涙を拭った。
トルクの頬にはサルナの胸の感触が残っていた。
(もう少し、胸の中で気を失っててもよかったな。失敗した・・・・)
奇跡の正体はUSW017α5ウィルスとワクチンだった。
ウィルスによって追い詰められ壊死寸前だった脳と肉体は、ワクチンによって強化され、凄まじい勢いで健全さを回復していた最中だった。
酸素がほとんど供給されない状況下でさえ再生が続いていた。まったくの偶然といえる。トルクがもう少し回復していたならばワクチンの効力も薄れ、何かしらの後遺症は免れなかっただろう。
「酷くやられたもんだな」
血だらけのサルナの足を見てトルクは言った。トルクの意識ははっきりしている。
「本当、ぼろぼろね」
煤と埃で汚れたトルクの顔を見てサルナがまた微笑んだ。
「奴はどうした」
「アンダー・ザ・ルールを探しに行ったわ、多分。でもいいわ、もうエルメルはあきらめましょ。危険すぎる」
その実、一番煮え切っていないのはサルナだった。火のついた闘争心をむりやり冷静に収めようとする。
「どうするのさ」
「内務省に特殊部隊を要請するわ。UMA対策室だけでは厳しいわね」
現実を考えれば止む負えない判断だった。
「いや、アンダー・ザ・ルールに会わなければコーラマバードを探すことはできっこない。何よりエルメルと決着をつける」
「勝算があるの?」
「あの情報だけじゃ簡単にはアンダー・ザ・ルールには辿り着かないし、特殊部隊はコーラマバードもアンダー・ザ・ルールも探し出せない」
「エルメルの駆除要請をしたほうがいいわ」
UMAは害獣扱い。駆除するものとされている。
「内務省はエルメルを見つけることは出来ないよ。エルメルの殺すリストに俺が載ってるから姿を見せるだけ。もともとエルメルは姿を晒して仕事するタイプじゃないのさ」
「それでもエルメルは任せてアンダー・ザ・ルールを探しましょ。80キロ先へ行けば鉱山跡地があるんでしょ。すんなり遭えないのかしら」
「俺の把握しているアンダー・ザ・ルール、いやアルバドアンザールだとしたらすんなり姿を見せるとは考えずらい。そもそも殺し屋なんかに簡単に殺されるような奴じゃない」
存在確率が10%以下のアンダー・ザ・ルールをとてもよく知っているような言い回しだった
「わかったわ。でも一度チャネルローズで体勢を整えるわね。一勝一敗だしねっ」
「いや、一勝二敗さ。ウィルスで殺されかけてるからね。イーブンにしてケリをつける」
トルクの目はまだ死んでいない。
サルナはトルクを信じ切れていなかったことを少しだけ後悔した。




