(1)
奥歯を噛締めるような音とともに窓ガラスにヒビが入り、自ら弾け飛んだ。
端の窓ガラスから順番に。砕けたガラスは勢い良くサルナとトルクに舞い掛かる。
イベントの終わりを見届けた奴が行動を開始した。
サルナはカウンターを飛び越えカウンターに身を潜める。
トルクも床を転がりサルナに身を寄せた。尚もガラスというガラスは順番に砕け続ける。
「きゃっ、なにこれっ。大丈夫っ」
「血が出ちゃったよ。うわっ」
トルクの両頬を血の筋が走り、赤い血が滴る。
「手も切れてるじゃない」
「転がった時にガラスで手を切った。とにかくレイヤから引っ張り出さないとどうにもならない。まあ、奴も出てこなきゃ同じだろうけど」
「へへっ、いい手があるのよねっ。こんなこともあろうかといいもの持ってきてるわ」
「怖っ、怖いぞ。大丈夫か?」
「大丈夫よ。任せといて。シーウルフにでも乗った感じで」
「・・・大船じゃないのか?シーウルフ?それは乗れるのか?解るように言ってくれ」
「ちょっと前にウィキ博物館で乗ったのよ。復元模型に」
「もしかして沈むやつじゃないのか?」
「大丈夫よ、一度戦えば判るわ。早々手口は変わらないものよ。殺し屋如きに怯んでられないわ。準備万端、それが重要ねっ」
会話も致命的なほど噛み合おうとしない。
サルナの目が輝き始める。きっと武者震いとアドレナリンが出ているんだろう。顔と胸元をトルクに5cmの距離まで近づけながら。
「わかった、わかったから」
いつもの通りこんな時でもトルクは赤くなって目を逸らす。
サルナはショルダーバックからオニギリでも取り出すかのように手榴弾のようなものを3つ取り出した。
そしてピンを一挙に外すとレバーを握りカウンターから三方向の窓際に投げる。
「強く耳を閉じて!」その場にしゃがみ込むサルナ。
(先に言ってくれ!)遅れてしゃがむトルク。
建物全体を揺らす炸裂音とともに不思議な振動が体に伝わる。動かなかった筈のダンシングフラワーが狂ったように踊り始める。
トルクには耳をしっかり閉じているはずなのに轟音が鼓膜に届いているのがわかった。
「只の~音響~炸裂弾・・・じゃないわ~。M・・1025~ドラゴン・・ブロー、じゃーん。対・潜伏型の・・・・・新製品よ~」激しく頬を揺らしながらサルナが答える。
「な・ん・だ・よ・・・それ~」同じく頬を揺らしながらのトルク。
「全ての・・レイヤで反響して瞬間に電子レンジみたいになるのよ。そんなに・・・・・持続しないから私たちは大丈夫だけど。特定レイヤに常駐しているエルメルには深刻よっ」
「なんか・・耳が・まだおかしいんだよっ。どうなってんだ」
(本当に大丈夫か?、10秒で汗が噴出してきた。新しく実用化されたアルゴリズムの噂は聞いてたけどまさか自分で食らうとは思わなかった)
レイヤのデータ領域を先頭から並び替えて潜伏している異物を再構成できなくする仕組みだ。可逆性でレイヤに害はないそうだが・・・。
「そろそろ限界ね。くるわよ、くるわよ、構えてっ」
勢いよくカウンターから飛び出すサルナ。時計を見ながら凍結銃を構えて辺りを見回す。
凄まじい咆哮が窓ガラスのあらかた砕け散ったバー内部で響き渡る。巨大な口の中で直接声帯の音を浴びせられているようだった。
今度はテーブルネオンが、グラスが、ランプが、マリリンのミラーが砕け散る。リキュールのボトルが勢いよく砕け散る。
流れ出したリキュールがフロアに広がり漆黒の海を広げていく。
漆黒のリキュールの海からエルメルが体をもたげ始める。
リキュールを纏いながら。




