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新次元紀行  作者: 木戸攘夷
第17章 時代の黒魔術
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(1)

 そして再びバーに戻る。


 ここは言葉を選ばなければならない。慎重に。

 下手にイベントを誘発してしまったら最後、レイヤに息を潜めるエルメルに知られてしまう。ここで引き返したら背後から襲われる危険性が高い。押してもだめ、引いてもだめ。


 トルクは決断した。

 (そうだ、後ずさりしよう!!!)

 サルナにアイコンタクトを送り、口を閉じる仕草をする。


 「取り込んでるみたいだから出直そう。鶏が裁いた端から干からびちまう」

 婦人と目を合わせながら後ずさりするトルク。恐らく通じていないサルナ。


 「ちょ、ちょっと、アルはここには来ないの?」

 (あーあーっ、言っちゃった。アンダー・ザ・ルールの本名を・・・助けを呼ぶ時間もないゾ)


 「ああ、アルのことかい、アルバドアンザールかい。今日は来ちゃいないよ」

 今度はサルナにも判るようなノイズが婦人に走る。


 強烈な静電気が薄暗いバーを明るくした。イベントが目に見えるとするならば大きなトリガーが今引かれたところだ。

(あ~あ。一発で当てちゃったよ。マジかよ)


 その静電気は婦人から発している。

 一度エルメルに殺されたイベントキャリアはイベントを発生するために生き続けた。その矛盾が彼女のノイズと静電気を引き起こした。

 イベントを完遂したら恐らくその瞬間倒れるだろう。

 いや、消えるだろうか・・・もう死んでいるのだから。


 恐るべきは矛盾をものともしないアンダー・ザ・ルール、いやアルバドアンザールのスキル。

 死んでいる人を、いかにインスタンスと言えどプログラムだけで生かし続ける。


 その技は時代の黒魔術と呼ばれるべき類のものだ。


 婦人を止める手立てはない。そして婦人は続けた・・。

 「10日に一回はトラックで来るんだけど。いつもは青トマトを20キロも買って帰るからアル用に仕入れてるのさ。あんた達これからアルに会うなら持って行っておくれよ」

 「いっ、いい、わよ。彼は、彼は今何処に居るの」


 さすがのサルナも雰囲気が変わったことに気づいた。回りを見渡す。


 「さあねぇ、そう言えば80キロ先の小さな鉱山跡地で牛を飼ってるって言ってたね」


 婦人が言葉を終える前にトルクとサルナは同時にそれを見た。


 バーのガラス戸に大きな角を生やした禍々しい男が映っていた。

 ゆっくりとドアのガラスから隣の窓のガラスに移っていく。こちらを見ながら。


 だが薄暗い室内にも、炎天下の室外にも実体がない。


 「・・・これってどう云う仕組みになってるの。ホラー映画かしら」

 「昼真っからじゃとんでもない悪夢だ。ホラー映画は夜見るものと相場が決まってる。それにしても我慢強い奴だ」

 「ずっと待ってたのかしら」


 「このしつこさは尊敬に値するよ。よく待ちくたびれないもんだ」

 ガラスの中のエルメルはこれもまたガラスに映ったドアの扉を開け中に入っていく。


 サルナは凍結銃をガラスに向かって一発放った。

 弾道は小さな渦を巻き何もなかったようにガラスの中に吸い込まれる。


 (もう、凍結銃は喰らわないってことか)


 恐らくかなり限定したレイヤに身を潜めているに違いなかった。めったに弾丸が届かないような。

 婦人にはもう周りの状況はどうでもよかった。走り出したイベントは止まらない。


 「アルは変わり者でね、酒も飲まないしね、いつも誰ともろくに話もせずに1時間も2時間もピンボールにかじりついてるよ。エキストラボールを取るのが上手くてね。いったいアルが何をしたってんだい」


 「いや、たいしたことじゃないんだ・・・俺とアルはピンボールの宿敵でね。勝負しようと思ったのさ」口から出まかせをいうトルク。

 なるべくイベントは長引かせ、その言葉は忘れないように。


 「あの薄気味悪い男もそうなのかい」

 「・・・」二の句が継げないトルク。


 「ええっ、そうなのっ。以外っ」トルクの顔をまじまじと見るサルナ。

 (こらこら、あんたまで。そんなわけねーだろっ。ピンボールを弾く殺し屋に知り合いはいないぜ。こりゃ天然すぎるにも程がある)

 「なんだか眠くなってきたよ。そうだ、アルから訪ねてくる人がいたら伝えてくれって言われてたんだよ。何だったかね」


 「ちょ、ちょっと待って・・・ゆっくりお願い」

 婦人はトルクの言葉をもう聞いていない。婦人を止めることはもう誰にもできない。


 「そうだ、思い出した。『私を探したいと思う人とは会うことがないだろう、パスはヒドュンユニバースだ。私と宇宙を語りたいと思う人には私から迎えに上がるだろう』だったかね。何だかキザな感じだねえ」

 そこまで婦人は話すと立ったまま眼を閉じた。


 婦人を取り囲む時間が急激に流れを早めたようだった。


 風化するように婦人は色あせ、見る見る生気を失っていく。これもまた恐らく止めることができない。


 婦人はその場で操り糸を失ったかのように崩れ落ちた。あっけない。

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