(1)
ファントンからほど近い都市のとある通り。
何キロも続くこの通りはアパートメントが所狭しとひしめき合う。
増築に次ぐ増築で積み重ねられた鉄骨作り。所々オーバーハングで見上げても空になかなか辿り着かない。
出窓と大量の室外機から生える促進緑化が建物や電線を埋めつくす。
間隙を縫って渡されたロープに洗濯物が風にたなびく。そして時おり風に舞う。
その一角に緑化を避けてよくよく見るとやけに窓のないビル。モンティアーナの所有するビルである。
用心深いその男は窓のない部屋に篭り、常時何人ものボディガードに警護させている。お抱えのシェフが作るもの以外はほとんど口にしないし、外出するにも銃弾を通さない車体のセダンを使う。
サルバドールお抱えブローカー、モンティアーナ。
「社長、お客様がお見えになりました」
黒服は頑丈そうなスチール扉を開け男を窓の無い部屋に案内する。
男は中折れ帽に黒いコート、黒いサングラスをかけて表情は読み取れない。髪は肩まで届き、顎髭を生やしていた。
「おっ、早かったですねエルメルさん、まあ、座ってください」
モンティアーナは虫眼鏡で新聞を覗き込んでいる視線を上げた。
黒いモビルスーツ柄のビンテージアロハを羽織り、皮のソファに腰掛けていた。
向かい合ったのソファの後ろに立ち止まったまま動ないエルメル。
部屋にはソファの左右に黒服が二人、明かりが乏しい背後の作り付けバーカウンターには娼婦と思しき女が気怠そうに椅子に腰かけているだけだ。
「裏切り者は殺すに限る」
「何ですか急に。でもその通りです。私たちの世界では仲間を裏切る者は長生きしません」
「裏切者はどいつだ」
「この間ポーカーでイカサマした売人はマダガスカルまで高飛びしましたが、今頃ヒットマンに殺られてる頃でしょう。どうかしましたか・・」
「裏切り者は殺すに限る」
モンティアーナの首を掴むとエルメルは右手だけで軽々と持ち上げた。止めようとする黒服二人を軽々と弾き飛ばす。
黒服二人は壁に叩きつけられ一瞬で動かなくなった。
「どっ・ど・う・し・ま・し・た・・、話を・話を聞いて・・・・・」
「何故ガンジスは生きている。お前は小遣い稼ぎの横流しウィルスを掴ませたな」
エルメルの掌はみるみる血管が浮き上がり、筋が浮き上がる。
皮膚から獣特有の剛毛が沸き立ち上着の袖から顔を出す。爪が筋をたて、鋭さと厚さをます。
「左手の爪には遅効性のウィルスが、右手には即効性のウィルスが仕込んである。温室暮らしのお前ごときでは1分も持つまい」
中折れ帽が頭上から落ちるころには身体は一回り大きくなる。
額の上から毛の生えた角も3割ほど姿を表していた。
「ま・っ・て・、とにかく放して・・」
黒目が白目と裏返る瞬間、エルメルの手から開放されたモンティアーナは尻からソファに落ちた。
暫く呼吸すらままならない。
「あー危なかった。エンジェルが3匹見えました。感心しませんね」
首を擦りながらモンティアーナは答える。
「黙れ、貴様の目の前にいるのは死神だ。なぜガンジスは生きている。答えろ」
「黙れって言ったり、答えろって言ったり忙しいひとですね。そんな筈はありません、5年や10年で解読できるウィルスじゃないってことは供給元の折り紙つきです」
「では、なぜガンジスは生きている」
「生きている?はて・・・そんなこと知りゃあしませんね。横流しには違いありませんが。ワクチンは国防会議ぐらいしか持っていませんよ」
「国防会議、なるほど判ったぞ、やつには警察が同行していた。とんだヘマをしてくれたもんだな」
「そんなことはあるわけありませんね。こうなってくるとあなたがちゃんと感染させたかどうかも怪しいものです。」
「ワクチンの出回った陳腐化したウイルスを掴まされたということか。それとも遅効性のランサムウィルスで一儲けを裏で企んだということか」
エルメルはテーブルに血管の浮き出た掌を置く。
そして鋭く曲がった爪でテーブルをカタカタと叩く。




