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トルクとサルナの前に暫くすると一台の救急車と、二台の特殊装甲車両がサイレンも鳴らさずやって来た。
このファントンシティの特殊部隊が保有するものだ。
「サルナ秘密捜査官を確認しました。UMA通称エルメルを搬送します」
特殊部隊員は青黒い防護装備に防毒マスクをつけていた。
「気をつけて頂戴。毒を使うかも知れないわ。それからUMA対策室は来ていないの?」
「UMA対策室ですか?UMA対策室ってあのチャネルローズの・・・外部の組織には・・・。我々以外の部隊には・・・とても危険生物を扱うことが出来るとは・・・」
それはそうだ。内務省内のUMA対策室は海外ホットラインニュースなどで有名だが世間ではマスコミ対応以外の仕事はないと思われている。
その実、上層部の1割がアバターで構成されている。
どういう仕事をしているかは想像に難くない。
パラダイムルール違反の中でもとりわけ遺伝子改変された危険生物を処理する役目を担っている。
世間に晒される前に闇から闇へ葬っていた。
「大丈夫よ。途中でUMA対策室に引き渡して頂戴。部隊長にはこちらから連絡しておくわ」
「了解しました」
彼らはサルナと数言の言葉を交わすと手際よくエルメルを運んでいった。
彼らはこのファントンシティの特殊部隊。
彼らはNPCという名の型抜き人間、演算装置が作り上げたこの世界の住人。
だが何世紀も前のLPGとは違う。一人一人違う意思を持ち、死を恐れ、繁栄を望み、幸せに生活したいと考えている。
彼らは自分たちがNPCという型抜き人間であることすら認識していない。
この世界しか知らない彼らからしてみればサルナは国家最上層部の秘密任務を担う存在、つまり雲の上の存在と認識されていた。
部隊にこのような出動要請が無いわけではない。
ここへ到着する前、隊長Aは”またか・・・、いや、まさかな”と考えていた。先回は下水路で、その前は砂漠だった。
もちろんガセネタである。当然任務よりもサソリのほうが気になった。
第一エルメルなどというUMAは聞いたことが無い。しかもかなり危険だというような結構な具体性が付加されている。
上層部からホットラインで出動要請があることも稀だった。嫌な予感がしていた。
しかし実際にエルメルを目の当たりにして少なからず興奮している。
金色の体毛を生やし、角まで生えているではないか・・・。
(UMAというよりは神話に出てくる怪物だな・・・)
嫌な予感はあっという間に現実となった。
「記・憶・に・不・整・合・が・存在・する・・1903.77・・秒・欠・落・し・ている・・・」
「エルメルが目を覚まします」
エルメルは救急車で搬送されていた。外見は普通の救急車だが中身は護送車で、ストレッチャーという名の拘束具でグルグル巻きにされていた。
「馬鹿な、早すぎる。まあいい、近づくなよ。ウィルスに感染する危険性がある。良識ある筋力ではストレッチャーから出ることは不可能だ」
「何・を・して・いる・なぜ記憶に・不整合が・存在する・貴様らか・・貴様らか、お・の・れ、貴様らか、赦さん」
エルメルの声は猿轡をしながらも徐々にはっきりしていく。
ミシミシと一本50kNまで耐える拘束具の合金が3本まとめて音を発てる。
隊長Aの背筋に寒気が走ったときにはもう遅かった。
約1分後救急車は電信柱に衝突し、炎を上げていた。
鉄格子のついた扉はムシリ取られ勢いよく投げられた。
人通りのない裏通りで扉が道路にバウンドする音が響き渡る。
隊員Bは炎上する救急車を前にして装甲車のバリケードで発砲するがそれが当たっているのかどうかわからない。
隊員Cの発砲が止み、隊員Dの悲鳴が鳴り響き,E、Fはどこにいるのかもわからない。
言い知れぬ恐怖が隊員Bを包んだころ背後に気配を感じた。
振り向くことは出来なかった。
背後から大きな影が眼前のアスファルトに悪魔の角を形作る。
「インスタンスどもの時間では欠落した時間の足しにはならない」
右手に2人、左手に1人ぶら下げ咆哮するエルメルは手負いの悪魔だった。
背後で引火した特殊装甲車両が爆発音とともに勢い良く燃え上がる。
遅れること10分、到着したUMA対策室はいつものように得意な証拠隠滅のみをすることとなった。




