(3)
トルクは手に握りこんでいた音響炸裂弾を勢いよくアスファルトに投げつける。
バウンドした音響炸裂弾。
トルクは投げつけると同時に耳を手でふさぎ目を伏せる。
・・・・・・
だが激しい音も振動もしない。
バウンドした音響炸裂弾が上昇から下降に転じる刹那、再度地面に落ちようとする前にエルメルが口で奪い取ったのだ。
エルメルの口から漏れる明かり。
くぐもった炸裂音。獣の頬を揺らす振動。
・・・・・・
トルクが恐る恐る顔を上げる。
エルメルは目と鼻から僅かの血、口の端から血を流していた。
ぽたぽたとアスファルトに零れ落ちる。異様な風体がいっそう狂気じみる。
エルメルは僅かなダメージも受けていない・・・。
まるで意に介さないかのように口の端から血を流しつつトルクの観察を続ける。
「・・・そうだ、やはりそうか。お前は確かにガンジスだ。お前の身体に確かにウィルスを仕込んだ。ようやく記憶がロードされたぞ。些末な虫けらを始末したちっぽけな記憶がな」
口から血を流しながらエルメルが呻くように発する。
「・・・」トルクは言葉にならない怒りを覚えた。
「レイヤを縦に透過する稀有なハッカーだ。16,641時間前にお前とはコアストレージのレイヤですれ違った。いや、正確にはお前がレイヤを通過するのを待っていた。お前のエージェントを始末してお前が現れるのを待った。息を潜めてな」
「全然気づかなかったぜ。なるほど。だが残念だったな。生きてて。次は埋葬まで確かめるこった」
吐き捨てるトルクの眼に怒りの炎がエルメルには見えた。
「お前はウィルスを仕込んだ蜘蛛の巣を知らずに通り過ぎた。だが生存している・・・。手負いの獲物を狩る権利は手負わせた者にある」
(くっそ、猟師気取りだな)
「再びめぐり合えて愛しいぞ。手負いの獲物よ。お前をこの手で殺す機会が与えられたことを感謝する」
「誰に感謝するつもりだ。神か?仏か?。どっちにも縁がなさそうだけどな」
少しだが時間が稼げた。呼吸も整い始めた。
「サルバドール財団は16,560時間で死に至るといった。優に過ぎている。サルバドール財団は信用できない」
エルメルの大きい黒目からは殺意すらろくに読み取ることができない。
「何故サルバドールは俺を狙う」
「お前に知る権利があるかどうかも知らん。お前達を殺す依頼を受けた。それだけだ」
(くそっ、思いのほか乗ってこない奴だな)
「易々と殺されて堪るかってよ」
「造作もない。お前を始末すれば後1人でコンプリートする。野鼠のように用心深い奴だ。常にコーラマバードと行動を共にしている。そしてもう居場所はつかんでいる。時間の問題だ」
(常にコーラマバードと共に行動している?・・・用心深い・・・。・・・そうか、そういう事か!!)
「”奴”に手を出すと痛い目見るぜ。俺に手を出してもな」
「問題ない。貴様も時間の問題だ。だがお前の心には死を目前に生の色彩がある」
・・・・・・
「判ったぞ、お前は体にトラップを忍ばせているな。古い手管だ。そうはいかん。血だな、お前の返り血にウイルスが仕込んである。そんなところか」
先ほど喫茶店で流し込んだ錠剤だ。効果時間は数時間だが血液をトラップウィルスとして使うことができる。
(シカのクセして鋭い奴だ。もうちょっとだったのに。くそっ、万策尽きたか・・・)
だが、体力回復の時間稼ぎには十分になった。




