第5話 居場所
アークの朝は今日も慌ただしかった。
格納庫では整備員たちが忙しく動き回り、司令室では世界各地から送られてくる情報が
モニターに映し出されている。
そんな中――。
訓練場を全力で走らされている男が一人。
神代護だった。
「はぁ……はぁ……」
護は息を切らせながらトラックを走る。
その横を十文字副隊長が平然とした顔で歩いていた。
「あと三周だ」
「えぇっ!?」
護は思わず叫ぶ。
「何で俺がこんなこと……」
「ガーディアンだからだ」
「俺、まだ隊員じゃないですよね?」
「だから走れ」
「理屈になってません!」
十文字は真顔だった。
どうやら本気らしい。
護は肩を落とした。
「店長ぉ……帰りたい……」
――その頃。
未来は医療訓練室にいた。
救助活動の講習を受けている。
担架の使い方。
応急処置。
災害時の避難誘導。
どれも保育士の仕事と無関係ではなかった。
むしろ子供たちを守るために必要な知識だった。
「上手ですね」
医療主任が微笑む。
未来は少し照れた。
「保育園でも怪我した子の手当てとかしますから」
「なるほど」
「でも、まだまだです」
未来は真剣な表情になった。
ゴモス襲来の日。
泣き叫ぶ子供たち。
崩れる建物。
逃げ惑う人々。
あの日の光景が今でも忘れられない。
もし、また同じことが起きたら。
今度はもっと多くの人を守りたい。
そう思っていた。
――昼休み。
護は食堂で一人、うなだれていた。
「もう無理だ……」
「何がや?」
隣に博士が座る。
山盛りのカレーを持っていた。
「訓練です」
「まだ一日や」
「一日で十分です」
博士は豪快に笑った。
その時だった。
食堂のテレビにニュースが映る。
先日の怪獣被害の特集だった。
崩れた街。
壊れた家。
避難生活を送る人々。
護の表情が曇る。
あの日、自分は何もできなかった。
いや――。
本当に何もできなかったのだろうか。
脳裏に浮かぶ黄金の光。
巨大な人影。
そして。
『護』
あの声。
護は拳を握る。
「どうした?」
博士が尋ねた。
護は首を振った。
「何でもないです」
言えるわけがなかった。
自分でも理解できていないのだから。
――司令室。
未来はマリアと向かい合っていた。
「マリアって休憩しないの?」
「必要ありません」
「眠くならない?」
「なりません」
「いいなぁ……」
未来は少し羨ましそうだった。
マリアは数秒考える。
「結城未来」
「うん?」
「あなたは疲れています」
未来は驚いた。
「分かるの?」
「表情と脈拍から推測しました」
未来は苦笑する。
「凄いね」
「ありがとうございます」
マリアは答える。
しかし、どこかぎこちない。
未来は微笑んだ。
「お礼を言われた時はね」
「はい」
「『どういたしまして』って返すんだよ」
マリアは少し黙った。
そして。
「……どういたしまして」
未来は思わず吹き出した。
「今のは違うかな」
「失敗しました」
「でも百点」
マリアは首を傾げた。
その意味がよく分からなかった。
だが。
なぜか少しだけ嬉しい気がした。
――夕方。
アーク展望デッキ。
護は一人、空を見ていた。
雲海の向こうに夕日が沈んでいく。
その光景は綺麗だった。
「ここにいたのか」
振り返る。
未来だった。
「そっちは訓練終わったのか」
「うん」
二人は並んで空を見る。
しばらく沈黙が続いた。
やがて護が口を開く。
「なぁ」
「うん?」
「お前、信じてるか?」
「何を?」
護は少し迷った。
だが、口にした。
「あの日の光」
未来の表情が変わる。
護は続けた。
「俺さ」
「うん」
「本当にあったのか分からなくなってきた」
未来は黙って聞いている。
「巨大な光の戦士とか」
「うん」
「そんなの現実じゃないだろ」
護は笑う。
だが、その笑顔は弱々しかった。
未来は静かに答えた。
「でも」
「?」
「あの日、私達は生きてる」
護は顔を上げる。
「もし本当に光が助けてくれたなら」
未来は夕日を見つめた。
「私はありがとうって言いたいな」
護は何も言えなかった。
その時だった。
ビーッ!
ビーッ!
ビーッ!
警報が鳴り響く。
二人は顔を見合わせる。
アーク全体に緊張が走った。
司令室ではマリアがモニターを見つめている。
「海上都市エリア7」
「異常気象発生」
隊長が立ち上がる。
「詳細は?」
「高温熱源を確認」
モニターに巨大な赤い影が映し出された。
「生物反応あり」
十文字が険しい顔になる。
「怪獣か」
マリアが頷く。
「未確認生命体」
「コードネームを付与します」
モニターに燃え上がるような巨影が映った。
その身体から放たれる熱だけで海面が揺らいでいる。
隊長は静かに言った。
「ガーディアン出動だ」
その頃。
遠く離れた海上では。
灼熱の熱波をまとった巨大怪獣がゆっくりと姿を現していた。
まるで世界そのものを焼き尽くそうとするかのように――。




