第12話 森に潜むもの
深い森。
朝靄の中を、一台のEAAの車両が走っていた。
運転席に座る博士は、無言で前方を見つめている。
助手席には護。
後部座席には未来が座っていた。
「……博士」
護が口を開く。
「何ですか?」
「今回の任務って、本当に生物研究施設の調査だけなんですか?」
「ああ」
博士は短く答えた。
「昨日の夜から、森の中にあるEAAの研究施設と連絡が取れなくなった」
「通信障害じゃないんですか?」
「最初はそう思った」
博士はハンドルを握り直す。
「でも、施設から最後に送られてきたデータが妙なんや」
「妙?」
未来が聞き返す。
「森の植物が、異常な速度で成長している」
博士はそう言って、
「まるで、森そのものが生き物になったみたいや」
と呟いた。
しばらくして。
三人は森の中にある研究施設へ到着した。
しかし――。
「……何だ、これ」
護が車から降りて、建物を見上げる。
研究施設の壁。
屋根。
窓。
そして周囲の木々。
いたるところに、白いキノコが生えていた。
「……キノコ?」
未来が呟く。
博士の表情が変わる。
「触るな」
「え?」
「絶対に触るな」
博士は慎重に近づき、白いキノコを観察する。
「こんな種類……この辺りには生息していないはずや」
「じゃあ、どこから?」
「それを調べる」
博士は施設の扉を開ける。
「中へ入るぞ」
施設内は静まり返っていた。
照明は点いている。
だが、人の気配がない。
護が周囲を警戒する。
「誰もいませんね」
「いや」
博士が足を止める。
床を見る。
そこには、
大量の靴跡が残っていた。
「……いた」
「でも、どこへ?」
未来が辺りを見回す。
その時。
「博士……?」
奥から女性の声が聞こえた。
三人が振り返る。
二人の女性研究員が姿を現した。
どちらもEAAの研究員だった。
「無事だったんですか!」
未来が安堵する。
しかし博士は、二人をじっと見つめていた。
「何があった?」
一人の研究員が答える。
「昨日の夜から、研究員が次々と倒れて……」
もう一人が続ける。
「それから、施設の中にあのキノコが広がり始めたんです」
「怪我人は?」
「何人か医務室にいます」
「案内してくれ」
博士が歩き出す。
だが、
研究員の一人がもう一人を睨む。
「……彼女には気をつけてください」
護が振り返る。
「え?」
「彼女、昨日から様子がおかしいんです」
言われた女性研究員が反論する。
「違います!」
「おかしいのは、あなたの方でしょう!」
未来が二人の間に入る。
「落ち着いてください!」
博士は二人を見比べる。
「……妙やな」
医務室。
倒れている研究員たちを博士が診察する。
幸い、命に別状はない。
しかし、
全員の身体に共通した異常があった。
「体温は正常」
「脈拍も問題なし」
博士が検査結果を見つめる。
「でも……神経活動だけがおかしい」
護が聞く。
「何が起きてるんです?」
「分からん」
博士は答えながら、壁を見る。
そこには白い菌糸が広がっていた。
博士が近づく。
「……やっぱり、こいつや」
「何です?」
「この菌が、人間の神経に入り込んでいる」
未来が息を呑む。
「寄生しているんですか?」
「ああ」
博士は頷く。
「しかも、ただ寄生するだけやない」
「宿主の神経を利用して、情報を読み取っている」
護が眉をひそめる。
「じゃあ……人間の考えていることまで?」
「可能性はある」
その瞬間。
施設の奥から、
ドン!
という大きな音が響いた。
「何だ!」
護が立ち上がる。
廊下。
壁を突き破って巨大な菌糸が伸びてくる。
「逃げろ!」
護が叫ぶ。
研究員たちが走り出す。
菌糸が床を這い、
天井を覆っていく。
その先端から、
無数の胞子が噴き出す。
「マスクを!」
博士が叫ぶ。
未来が研究員にマスクを渡す。
しかし一人の研究員の足に菌糸が絡みついた。
「きゃあっ!」
「今、助けます!」
未来が駆け寄る。
護も一緒に菌糸を引き剥がす。
だが、
菌糸はさらに強く締め付ける。
「くそっ!」
護が力を込める。
博士が薬品を吹きかける。
菌糸が一瞬だけ緩んだ。
「今や!」
護が研究員を引き抜く。
「ありがとうございます……」
研究員が震えながら礼を言う。
博士はその顔を見つめる。
そして、
「……まだ終わってない」
と呟いた。
地下研究室。
博士が一人、古い資料を探していた。
そこへ護が入ってくる。
「博士、何をしてるんです?」
「昔の研究記録や」
「昔?」
博士は一冊のファイルを取り出した。
「数年前、森の中で未知の菌類を発見したことがあった」
「この施設で研究されていたものと同じですか?」
「恐らくな」
博士は苦い顔をする。
「当時、俺はこの菌が持つ特殊な神経伝達能力に興味を持った」
「でも、危険すぎた」
「研究を中止したんや」
護がファイルを見る。
「じゃあ、誰かが研究を再開した?」
「そういうことになる」
その時。
博士の目が止まった。
「……これや」
資料の中に、
菌を死滅させるための薬品の設計図があった。
護が驚く。
「これなら……!」
「ただし」
博士が言う。
「大量に使えば、施設そのものが壊れる」
「それに、この菌がすでに怪獣化していたら……」
博士は言葉を止める。
その瞬間。
地面が大きく揺れた。
施設の外。
森が揺れている。
木々の間から、
巨大な何かが立ち上がる。
無数のキノコ。
絡み合った菌糸。
そして巨大な身体。
「グオオオオオオッ!」
怪獣が咆哮する。
「……マイコス」
博士が呟いた。
「菌類寄生生命体……マイコスや」
ガーディアンの戦闘機が到着する。
「目標を確認!」
攻撃が開始される。
ミサイルがマイコスに命中。
しかし――。
爆発と同時に、
大量の胞子が周囲へ飛び散った。
「胞子が拡散しています!」
マリアから通信が入る。
博士が叫ぶ。
『攻撃を中止しろ!』
『これ以上攻撃したら、人間に被害が出る!』
戦闘機が攻撃を停止する。
マイコスは森の奥へ進み始める。
護が叫ぶ。
「このままじゃ、街に出ます!」
未来も頷く。
「止めないと!」
「行こう!」
二人は森の奥へ走る。
森の中。
二人は立ち止まる。
護が未来を見る。
「……変身する」
未来が頷く。
「うん」
二人は互いの手を重ねる。
「光よ――」
「私たちに力を!」
その瞬間。
二人の身体から光が溢れ出す。
一つの巨大な光となって、
森を包み込む。
そして――。
巨大な光の戦士、
スピアが姿を現した。
マイコスが襲いかかる。
スピアが受け止める。
巨大な腕を押し返す。
しかしマイコスの身体から胞子が噴き出す。
スピアは後退する。
その時、
護の意識が強くなる。
「こいつを倒さなきゃ!」
スピアの身体に赤い光が走る。
ブレイブフォーム。
力が増幅する。
スピアがマイコスを押し返す。
「これなら!」
しかし未来の意識が響く。
『待って!』
『中に人がいる!』
護が戸惑う。
『でも、このままだと被害が広がる!』
『だからって、倒したら寄生されている人たちまで……!』
スピアの動きが止まる。
赤い光と、
藍色の光が交錯する。
マイコスが襲いかかる。
スピアは防御するしかない。
その頃。
博士は地下研究室で薬品を完成させていた。
「これや……」
マリアから通信が入る。
『博士、スピアが苦戦しています』
「分かっとる」
博士は薬品を見つめる。
「護……未来……」
しかし博士は、
二人のことをスピアと結びつけてはいない。
ただ、
「頼むぞ、スピア」
と呟く。
マイコスが再び突進する。
スピアが吹き飛ばされる。
地面に倒れる。
護の声が響く。
『未来……』
『うん』
『俺は……こいつを倒したい』
未来は答える。
『私も、みんなを守りたい』
『でも……』
『うん』
『助けられるなら、助けたい』
護が黙る。
そして、
『……分かった』
『俺たちなら、できる』
未来が微笑む。
『うん』
その瞬間。
二人の光が完全に重なる。
赤と藍の光が混ざり、
スピアの身体を包む。
新たな光の力が生まれる。
しかし、それはブレイブフォームでも、
ルナフォームでもない。
護の「守る力」。
未来の「救う力」。
その二つが融合した力だった。
スピアは立ち上がる。
マイコスが突進。
スピアは避けない。
両手を広げる。
巨大な光が森全体へ広がっていく。
胞子が光に触れた瞬間、
次々と消えていく。
マイコスの身体から菌糸が剥がれ始める。
「グオオオオオッ!」
怪獣が苦しむ。
スピアは攻撃しない。
ただ光を送り続ける。
その時。
博士の作った薬品が、
施設から散布される。
光と薬品。
二つの力が重なる。
マイコスの身体が崩れていく。
そして、
巨大な身体の中から、
寄生されていた研究員たちが次々と姿を現した。
「今だ!」
スピアは両手を前に伸ばす。
優しい光がマイコスを包む。
怪獣の身体が小さくなっていく。
最後に残ったのは、
一匹の小さな白い菌類生命体だった。
スピアはそれを攻撃しない。
森の奥へ静かに放つ。
小さな生命体は、
森の中へ消えていった。
翌朝。
研究施設。
負傷した研究員たちは無事だった。
二人の女性研究員も無事である。
互いを疑っていた二人は、
少し気まずそうに顔を合わせる。
「……ごめんなさい」
「私も」
「あなたが寄生されていると思ってた」
「私も、あなたが……」
二人は苦笑する。
未来が微笑む。
「もう、いいじゃないですか」
「二人とも無事だったんですから」
少し離れたところ。
博士は壊れた研究施設を見つめていた。
護が近づく。
「博士」
「何や?」
「ありがとうございました」
博士は少し照れたように笑う。
「俺は研究者や」
「自分の研究で生まれた問題なら、自分で片をつける」
未来もやってくる。
「でも、博士がいなかったら助かりませんでした」
「……そうか」
博士は森を見る。
「なあ、護」
「はい?」
「スピアって……何なんやろな」
護の表情が一瞬だけ固まる。
「……分かりません」
未来も答える。
「私たちも……」
博士は二人を見る。
「そうか」
それ以上、何も聞かなかった。
そして三人で森を歩き始める。
その頃。
森の奥。
小さな白い菌類生命体が、
一本の木の根元にいた。
やがて、
その身体に一瞬だけ赤い光が走る。
しかし、
誰にも気づかれることなく、
静かに消えていった。
――まだ、この森には、
何かが残っている。




