第二章 癒しの花の冒険 前編 その12 依り代の完成
「精神の覚醒」
ザガルの声が聞こえると同時に私の意識は現実へと引き戻されました。
目を開くと、そこにはザガルの顔がありました。
「うあっ! びっくりした~」
「目が覚めたか」
ザガルはどこか物憂げのある笑みを浮かべていました。
「どうかした?」
「いや、悪かったな。本気で殴っちまって」
そういうことでしたか。
「大丈夫だよ。この通り元気だしさ」
上体を起こし笑顔でザガルと向き合うと、鳩尾あたりに痛みを感じました。
「んっ!」
突然の痛みに驚き、笑みがほんの少し引き攣った笑みになってしまいました。
「やっぱり痛みがまだ残ってるんだな……」
しゅんとザガルは俯いてしまいました。
慌てて私はそれを否定します。
「ザガルのせいじゃないよ。私が弱かったのがいけなかったんだし。だから頭を上げて」
「だがな……」
それでもザガルは頑なに頭を上げようとはしません。
「ザガル!」
そんなザガルに嫌気が差した私は、ザガルの名前を叫んでいました。
「今回は弱いくせにザガルと正面からぶつかった私が悪いの。だから責任を感じないで」
「それもそうだが……」
「そうったらそうなの。いい? ザガル、女として言わせてもらうとね。俯いている男ほどかっこ悪いものはないの。だから堂々としていて。ね?」
「そうか……よしっ! ありがとうキュア。ちょっと元気が出てきたかも」
「ふふっ、それなら良かった」
「ところで、キュア」
「? 何?」
「気分はどうだ?」
「あっ」
そうだ。私は死にたいほど辛い気持ちになったから、ザガルとアイナから逃げて来たんだ。でも、いつの間にかその辛い感情はどこかに行ってしまっていました。
「!」
私はザガルを見つめます。
「やっぱり辛い時は身体を動かすのが一番だな」
にぱっと笑って胸を張るザガルを見て、私はドキッとしました。
「…………本当」
私は声を弾ませ、自分でも驚くほど晴れやかな笑顔で答えました。
あんなに重かった胸の痞えがいつの間にか消え失せていました。
「ザガル、ありがとう。私、もう大丈夫みたい」
「そうか」
私とザガルは互いに見つめ合いました
「…………」
「…………」
二人の間に長い沈黙が訪れた後、ザガルが口火を切りました。
「帰るか」
「そうだね」
ザガルは私の手を握ります。私もそれに応えるようにザガルの手を握り返しました。
そして二人同時に魔術を唱えます。
「「瞬間移動」」
○
翌日。
私は早起きして〝冥巌鉱物〟を加工していました。
「ふんっ、ふふんっ、ふふ~ん」
私はやけに上機嫌でした。何故でしょう。
遂に! やっと! アイナの依り代の原形が完成したぞ~‼
「〝通過〟」
説明しよう。
〝通過〟とは、その名の通り、結界とか障壁を通り抜けるための能力。自分だけでなく、対象に術式を付与することにより、その対象にも同じ効果を与えることができるのだ。
「ふぅ。んっん~」
朝日の眩しさに目を細めながら、腕を空に向かって突き上げ、背伸びしました。
「終わったぞ~~~」
「あっ! キュア」
「おはよう。ザガル」
「んっ!」
ザガルは急に何か気付いたような素振りを見せると、耳と頬を赤くしました。
「あれ? どうしたの?」
「いや、その、うん、まあいいや」
「? そう。 んっん~」
私はずっと作業していてまだちょっと腰が痛かったので、背伸びをしたまま体を右や左へと揺らしました。
「ちょっと待て。キュア」
額を指で押さえて気まずそうにしているザガルが急に話し掛けてきました。
「んっなに~? ん~」
「この際だからハッキリ言っておくが、服の袖から……が見えてる」
「えっ? わっ本当だ!」
慌てて私は突き上げていた腕を下ろします。あっでも……
「ザガルなら見ていいよ」
私はそう言って、もう一度腕を空へと突き上げました。
「えっ、いや、そんなこと言われると照れるのだが」
そう言うとザガルはそっぽを向いてしまいました。
「かわいい」
「……!」
ザガルの顔が更に沸騰しそうなほどに赤くなっていきました。
「さあて、朝の戯れも済んだことだしザガルに聞きたいことがあったんだ」
「済ませちゃうのかよ。で、何だ?」
私とザガルは纏う雰囲気を変え、互いに相手を見据えました。
「〝冥巌鉱物〟が精霊に及ぼす具体的な内容を教えて欲しい」
「何だ、そんなことか。お安い御用だ。その前に教えておく。〝冥巌鉱物〟の毒性を取り除く魔術は存在しない」
「えっ……」
「それじゃ説明するぞ。まず精霊族は、天使族には魔族にも属さない中立の種族だ。それ故に精霊族は、天使族の〝聖〟の魔力、魔族の〝魔〟の魔力に対抗するすべがない。それをよく理解して聞いてほしい。〝冥巌鉱物〟はニヴルヘイムの死の瘴気と怨念の魂が封じられていることは知っているな。そのため〝魔〟の魔力を宿した。〝冥巌鉱物〟のもとはオリハルコン。オリハルコンは〝聖〟の魔力を持つ。そして〝聖〟の魔力と〝魔〟の魔力が混じり合い、〝聖〟や〝魔〟とは全く異なる性質の魔力を宿す鉱石となった。精霊族の魔力と同じように〝聖〟と〝魔〟のどちらにも属さないが、精霊族の魔力と一つだけ違う点がある。それは対抗する手段があることだ。〝冥巌鉱物〟の魔力の性質は〝無〟だ。ありとあらゆる魔力を無に還し、無力化する権能を持っている。つまりだ、これを精霊族や悪魔族の依り代とすると、依り代に宿ったものの魔力を無力化し続けてしまう。それは即ち〝死〟を意味する。ちなみに普通の人間は触れるだけで即、死ぬ」
「……………」
「だが!」
「?」
「お前の超能:『昇華』があれば、その問題も関係ないだろ?」
「あっ……」
恥ずかしいことに責任感に追われ超能の存在を忘れていました。
「教えてくれてありがとう。やってみる! 〝通過〟」
私は居ても立ってもいられず、〝乖離された世界〟の中に走り込みました。
「やっとやる気になったか。頑張れよ、キュア」
と、ザガルは一言残して去っていきました。
「よし! 頑張りますか」
私はわざとそう言葉にして顔をパチンっと叩き気合を入れました。
「超能:『昇華』‼」
直後〝乖離された世界〟の中は私の魔力によって、溢れんばかりの光に包まれました。
その光の中で、私は超能:『昇華』を制御し、アイナの依り代となる〝冥巌鉱物〟に『昇華』のエネルギーを照射します。
「〝冥巌鉱物〟よ! 私の呼びかけに応え、生命の存在すら〝無〟へと還すその零落の毒素を生命に恵みを齎す悦楽の毒素と化せ‼」
アイナの依り代となる〝冥巌鉱物〟にそう命じると、周りの光をも呑み込むほど白く眩しく輝き出しました。
「んっ………」
その眩しさに目を細めていると、脳内に突然元気な声が響き渡りました。
「とうとう私の依り代が完成したのだな!」
「えっ……」
私が問い返そうとした途端、〝冥巌鉱物〟の輝きは消え失せました。
「一体どうなっているの?」
呆然と佇んで様子を見守っていましたが、また光り出すことはありませんでした。
「本当に何が? お~い、アイナ~」
「ん? キュアラ、どうかしたのか?」
「…………」
「…………」
依り代の中にアイナが宿っている。その事実を呑み込むまでにしばらくの時間が必要でした。
「あ……やったぁ‼ 成功だ‼」
私が拍子抜けしたような声を上げると、アイナは嬉しそうに微笑みました。
「本当に、ありがとうなのだ」
「うん、これからもよろしくね。アイナ」
「こちらこそなのだ」
そして友情の証として、アイナの両手をぎゅっと握ろうと腕を伸ばしました。
——ですがその時、アイナの表情が一転します。
歓喜に揺れていた瞳は一瞬で凍り付き、私の背後を射抜くような隠しきれないほどの殺意を露わにしました。
「……アイナ?」
「大地の咆哮‼」
突然の叫び。同時に、私の後方一キロメートルにも及ぶ地面が、悲鳴を上げるかのように激しく震えだしました。一点に凝縮された大地の魔力が、爆発的な勢いで天へと解き放たれます。
突き出した巨大な岩槍は、まるで獲物を貫く牙のようでした。
「んっ……! ふぅ~」
不機嫌そうに眉間に深い皺を寄せて一気に脱力するアイナに、私は恐る恐る問い掛けました。
「アイナ。今何したの?」
「あぁ、誰かに見られてる気がしたのだ。だから念のため一発な」
いや、一発って。心の中で突っ込みをしていると、アイナが私を睨み付けました。
「だがな。相手は傷一つ付いていないようだぞ。なかなかに厳しい戦いになりそうなのだ。キュアラも早いところ覚悟を決めた方が良いのだ」
「うん」
私はゴクリと生唾を飲み込んで、相手が来るのを待ちました。
しかし、10分経っても相手が来ることはありませんでした。
「もぉ~~~、遅いのだ!」
あんなに意気込んでいたアイナはすっかり拍子抜けして、胡坐で座り込んでしまっていました。
「それにしても遅いね。ちょっと呼び寄せてみるよ。〝挑発〟」
「〝火球〟」
私が〝挑発〟を発動した瞬間、突如天空から巨大な火球が降ってきました。
「何っ⁉」
「これ、ただの火球なのだな⁉」
「くっ! 〝無限収納〟‼」
咄嗟に収納空間と現実世界を繋げると、巨大な火球は亜空間へと吸い込まれていきました。
「魔術の高速展開も上手くなったな」
そう言って天空から舞い降りてきたのは、ザガルでした。
「ちょっと、何で火球なんか撃ってくるのさ。ザガルは炎攻撃が得意だから威力が段違いなんだよ」
「そうなのだ!」
「悪い悪い、ちょっと悪ノリが過ぎたわ」
「もう! ザガルったら!」
「悪かったって」
「じゃあ私も一発撃っていい?」
「どんと、こい!」
「いくよ。〝火球〟」
ザガルが軽く片手をヒュっと払っただけで、火球は雲散霧消しました。
「これ、で借りは返したってことでいいんだよな」
「「⁉」」
「やっぱり流石だね、ザガルは」
「そうだろう。そうだろう」
「ははぁ~。一生付いて行きます」
「んっ⁉ まっまあ、そうだな。じゃあそろそろ洞窟に戻ろうぜ」
「? うん、そうだね」
「じゃあ、行くか」
「あっ、ちょっと待って。〝術式消滅〟」
危ない危ない。〝乖離された世界〟を放置しておくと、大変なことになるのでちゃんと消しておかないと。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
そして私とザガルは、手を繋いで洞窟へと歩くのです。
「…………」
キュアフローラとザガルが去った後、アイナが一人ポツンと残されていた。
「…………ラブラブだなぁ」
アイナは一人でぽつりとどこか遠い空を眺めて、呟いた。
○
「今度こそ、これからどうするのだ?」
只今洞窟ではプランニングを行っていました。
「ん~、俺は王国に行きたいと思っている。ソレスナのことも気になるしな」
「ちょっと待って。私は故郷の村に行きたい。駄目かな?」
勇気を出して私は提案しました。
「そうだったな。家族に会うんだったな」
「私の依り代を作ってくれたキュアには貸しがあるのだ。付き合うぞ」
二人とも二つ返事で承諾してくれました。
本当に周りの人に恵まれているなぁ。
「キュア」
「何?」
嬉しさに思わず笑みがこぼれてしまいました。
「出発はいつにする?」
「今から!」
私は二人の手を取ります。
「OK!」
「それじゃあ、出発なのだ~!」
「〝瞬間移動〟」
私は魔術を発動させました。家族や国の人に認めてもらえることを期待して。




