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第二章 癒しの花の冒険 前編 その11 キュアの憂鬱

「う~ん。とは言ったものの本当にできるのだろうか?」


 ここは〝乖離(ワールド)された世界(・デタッチメント)〟の中。

 周りへ影響が及ばないようにザガルが結界を張ってくれました。

 私もできるのに——。


「お前ばっかに負担掛けられねぇよ。俺にも何かさせてくれ」


 だそうです。あの時の照れ臭そうにしてるザガルも可愛かったなぁ。

 おっと、浮かれてる場合じゃありません。作業、作業。

 現在私は、〝冥巌鉱物(イモータル)〟を加工する作業をしています。

 とてつもなく硬いので、魔術を使います。

 具体的には、朧影(ろうえい)魔術:影の(アンブラーネ)侵蝕(クローシス)という魔術を駆使して、〝冥巌鉱物(イモータル)〟を少しずつ刈り取っていき、アイナの姿に似せていく作業です。

 半日掛けて頭だけしか完成させることができなかったです。

アイナの綺麗な顔を再現していたら、いつの間にか日が落ちていました。

あんなに意気込んでいたのに、全然できていなくて幻滅されてしまったでしょうか。


「術式干渉(インベイジョン)」


 私は〝冥巌鉱物(イモータル)〟を無限収納にて収納したのち、〝乖離(ワールド)された世界(・デタッチメ ント)〟を強制的に解除しました。


「キュア! 大丈夫か!」

 

 〝乖離(ワールド)された世界(・デタッチメント)〟を解除した瞬間、ザガルが飛んできました。

 嬉しかったです。でも今はそんな気分にはなれません。


「ごめん。考えさせて。瞬間移動(テレポート)」

「キュア!」


 私はまたザガルから逃げてしまいました。

 適当な座標に合わせて転移した先は、自殺しようとしたあの湖でした。


「神は私に死ねと言っているのかな……」


 私はぼそっと呟きました。

 ですがそれを否定するかのように背後から抱き着かれました。

 抱き着く硬い腕、人間らしい身体の温もり、視界の隅に見える角。

 ザガルでした。

 ザガルは私が辛い時、死にたい時に真っ先に駆けつけて慰めてくれます。

 私の頬を涙が伝いました。

 ザガルが来てくれて嬉しいけれど、その優しさ故に胸が締め付けられるような痛みを感じます。


「私、駄目だね。矛盾してる駄目な女だね」


 私は、ザガルとの間に流れる沈黙が気まずくて自らのことを自嘲しました。

 しかしザガルは何も言うことなく、抱き締める力をより一層強めました。


「ザガル?」


 私がそう問い掛けても、ザガルが反応することはありませんでした。


「ザガ——」


「キュア!」


 私の名前を叫ばれたかと思うと、私を拘束していた腕が解かれ、大きな掌が滑るように移動して私の両肩をがっしりと掴み取りました。

 抗う間もなく、強引に、けれど優しく私の身体はくるりと反転させられました。

 私は至近距離でザガルと対峙する形になりました。

 そこにあるのは、私を射抜くようなあまりに真っ直ぐで、あまりに残酷な〝優しさ〟を堪えた瞳でした。

 私は思わず俯いてしまいました。

 ザガルとのこういうシチュエーションが嫌だった訳ではありません。

 ただ、今ザガルの顔を見るのが少々辛かっただけなのです。


「キュア!」


 もう一度名前を叫ばれて私の身体は震えました。


「顔色悪いな」


「へっ⁉」

「アイナさんの依り代作る前までは顔色が良かったのに、帰ってきたら顔色が悪い。何かあったんだろ?」

「さあ、周りが暗いから顔色も悪く見えるんじゃない?」

「はぁあぁぁあぁー」

「何?」


 何かイラついたので私は強めに当たりました。


「キュア。お前、一人で抱え込み過ぎだぞ。もっと俺を頼ってくれてもいいんだぜ。どうせお前の性格だから、アイナさんの依り代が全然作れなくて、俺とアイナさんに幻滅されるのが怖かったんだろ」


 図星でした。どうしてザガルは私の考えることを当てられるのでしょうか。


「それに今回だけじゃねぇ。あの時だってそうだ。知らない城に連れてこられて一人だけ人間で……お前は我慢しすぎだ。もっと人を頼れ」

「でも! おこがましいって思われたら……」

「そんなのやってみなきゃ分からない。困っている奴をほっとく奴は俺がぶちのめしてやる」

「——っ! あ……りがとう」


 全く、ザガルは優しすぎます。


「キュア」

「あっ」


 ザガルは私の肩から手を離しました。

 そして自らの頬を指差して笑顔で言い放つのです。


「日頃の鬱憤を込めて俺を殴れ」

「えっ! そんなことできる訳が——」

「できるだろ」


 ザガルは真顔で私の目を見つめます。


「本当に……いいの?」


 私も熱い視線をザガルに向けます。


「もちろん」

「じゃあ、全力で……」


 私は拳に力と魔力、術式、そして日頃の鬱憤を込めます。


 ドッパァァァァァァァァァンッ‼


 音を置き去りに放たれた私の拳は、鈍い音を立てザガルの右頬に直撃しました。


「えっ」


 それでも何故かザガルは動じることなく耐えて見せました。


「ほら、大丈夫だったろ。もう一発行くか?」


 ザガルは綺麗な白い歯を見せて、爽やかな笑みを浮かべました。


「——っ……~~っ!」


 うわぁぁ、何今の笑顔、尊い。天使かな? 破壊力ヤバい。もう反則でしょ~。


「んん~~~」


 声にならない悲鳴を上げ、その勢いのまま私はザガルの鳩尾に向かって上から斜め下へ強烈な打ち下ろしを喰らわしました。


「うん! 良いパンチだ」

「えっ⁉」


 えっ⁉ いや、なんで急所への強烈な一撃を笑顔のまま耐えられるの? あぁ~、その笑顔はやっぱり

ダメ~。

 私は足に力を込め、蹴り上げました。

 すると股間にクリーンヒット‼

 これならザガルも悶絶することでしょう。男の子なんだから。

 私はそんなことを期待して、ザガルの顔を見ました。


「うん! 良いキックだ」

「えっ⁉」


 そこには何事もなかったかのようにケロッとした笑顔を浮かべるザガルがいました。


「どうして、急所への強烈な一撃をそんな顔で受けられるの⁉」


 驚きのあまり心の声が漏れてしまっていました。


「? 何でだと思う?」

「質問を質問で返さな——」


 そこで私はある答えを導き出しました。

 〝ある魔術を使っているのではないか。〟


 知りたい! その魔術を! 


 私は強くそう思いました。


「よし。殴ってこい」


 ザガルが私の心の中を探るように目を閉じ、頷くと私にそう言いました。


「——んっ」


 私は無言のままザガルに殴りかかると、ザガルは「それ来た」とばかりにお腹を突き出して私の拳を受けます。


「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ、んっ……ヤッ!」


 私は鋭いラッシュをザガルの股間、喉元、顎、鳩尾、肝臓に叩き込みます。


「全然効かねぇな……」


 身体を大の字にして依然、余裕を崩さず笑っています。


「余裕を言っていられるのも今のうちだよ。ザガル!」


 私は、この時既にザガルの身体を纏う外套の術式理解に勤しんでいたのです。

 具体的には——。

 まずザガルの身体に拳が触れる一瞬の間に術式に干渉します。

 そして術式に全くの別系統の術式を押し当てます。そうすることで術式に歪みが生じ、その歪みを感じることで術式を理解します。

 これを延々と繰り返します。

 簡単な術式ならこのような手間もいらず、見るだけで理解できるのですが、ザガルが今使っているような高位な術式は、このような作業を行わないと理解することができないのです。

 まあ、ザガルは『鑑定』っていう便利な超能があるからこんな作業必要ないのですが。


「んっ! キュア、そんなことしても意味ないぞ」


 私が術式に干渉していることを超能:『鑑定』で察知したザガルは不敵に笑い、術式を暗号化させます。


「めんどくさいな……」

「さあどうする。キュア」

「こうする!」


 私は最終手段として超能:『昇華』を発動させます。


「それは反則だろ……!」

「『鑑定』を使っている人が何を言ってるのかな?」


 私は足に力を入れ、全力で魔力を練り上げます。砂埃が巻き上がり、視界が奪います。


「喰らえ‼」


 ドゴン‼


 鈍い音と共にザガルの股間に全力のパンチを叩き込みました。

 砂埃が晴れザガルの影が見えてきたところ、その影がぐらっと大きく揺れます。

 勝った! と内心激しくガッツポーズを決めました。


「やるな」


 そう端的に告げられた言葉に、喜びは打ち砕かれました。強烈なカウンター攻撃が私を襲ったのです。


「ぐっ‼」


 あまりの衝撃に、私の意識はどこか遠い空へと遠のいていきました。



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