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第二章 癒しの花の冒険 前編 その8 洞窟の精霊


「うふっ、おはよう。貴方たちが私を使ってくれている人たちね」


 それはそれは、とても綺麗で透き通った声でした。


「はいそうです。貴方にお礼がしたくて呼び出しました。ご迷惑でしたか?」

「あらあら迷惑だなんて。私も誰かと喋りたいと思っていたから好都合だったわよ。それとそんなに畏まらなくても大丈夫よ。友達感覚でいきましょう」


 笑顔もとても素敵でした。


「ありがとう。それじゃ名前教えてくれないかな?」


 私は知っていた。精霊には本来名前がないことを。


 それじゃあ、なぜ聞いたかって?

 それは彼女から他の精霊にはないオーラを感じたからです。


「ご明察。私の名前はアイナ」

「私の名前は、キュアフローラ。キュアって呼んで」

「ありがとう。それじゃあキュア。よろしく」

「こちらこそ」


 そしてアイナと握手をしようとした、その時でした。


「ちょっと待った」


 ザガルが横から割り込んできました。


「どうし——」


 尋ねる間もなくザガルは私の手を強くつかみました。その表情には明らかな焦燥が浮かんでいます。


「ちょっと来い」


 訳の分からぬまま、私は腕を引かれ洞窟の隅へと連れて行かれました。

 ザガルは私の背中を岩盤に合わせるようにして手を離すと、そのまま空いた手を私の頭の横に叩きつけました。

 ——所謂〝壁ドン〟です。

 あまりに急なことに、私の心臓はうるさいほどに跳ね上がりました。

 ザガルの口から洩れる吐息が私に当たり、すごくドキドキするシチュエーションです。


「ザガル……その……どうし……たの?」


 私は赤くなった顔を隠すように、そっぽを向きました。


「キュア。その……〝キュア〟って呼び方は二人だけの特別な呼び名にしたいんだ。だから……その……俺以外の誰かに言われたくないんだ。二人だけの愛の証にしたいんだ!」

「ザガル…………」

「勝手なのは分かってる! だけど他の人に呼ばれると何か胸が苦しくなるんだ………」


 そこまで言うと、ザガルは下を向いてしまいました。

 ここはザガルの背中を押してあげるべきね。私も期待してるし……。

 そう考えた私は顔を上げこう言い放ちました。


「ザガル。そんなことも言えない貴方のことなんか私は好きじゃないわ」


 ここまで言ったらザガルも黙っていないでしょう。


「キュア…………。お前の気持ち、よく分かったよ。キュア、俺と約束してほしい。〝キュア〟という呼び名は二人だけの愛の証にすると」


 よく言いました。


「約束します。ザガル」


 私はザガルの首に手を回し、ザガルの耳元でこう囁きます。


「大好きです」


 私は気付きました。

 私たちがしていたことは〝本当の恋〟ではないことに。

 私たちが付き合い始めていたときは、キスを交わしたことでしょう。

 ただ「好きだ」と言葉にしキスをしたとしても、それは〝本当の恋〟の姿ではないのです。それはただの〝恋の真似事〟です。

 〝本当の恋〟とは互いに愛の証を持ち、その上で苦楽を分かち合い幸せに暮らしていくことなのではないでしょうか。

 私は回した手に力を入れ、ザガルを引き寄せます。

 そして私は自らの唇をザガルの唇に押し当て、こう笑顔でザガルに言うのです。


「ザガル。私に出会ってくれてありがとう。あの時私を助けてくれてありがとう。私を好きでいてくれてありがとう。私に愛の証を与えてくれてありがとう。これからもずっと大好きだよ」

「俺もだよ、キュア。生まれてきてくれてありがとう。俺に出会っても怖がらずにいてくれてありがとう。俺も一方的な好意を受け入れてくれてありがとう。これからもよろしくな」

「うん」


 私たちはもう一度キスを交わすのです。

 それは経験未熟な私が〝真実の恋〟の一端に触れた瞬間でした。


「ごちそうさま」


 その声を聞き、私ははっとなります。

 そうでした! アイナが居たのでした。


「アイナ。え~っと、これはね」


 私はあたふたと必死で言い訳を考えます。


「キュア。今更だろ」


 ザガルの一声で私は冷静になります。

 アイナはこの洞窟の精霊です。つまりは………今まで洞窟でやってきたことの全てを知られているということです! 恥ずかしい!


「あのね。アイナ——」

「私は貴方達のことを大好きよ。退屈だった私に楽しいものを見せてくれるんだもの」


 アイナは笑顔で言い放ちます。

 そんな笑顔で言われたら、反論の術がない……。

 私はがっくりとうなだれます。

 そんな私の肩にザガルが手を置き、慰めます。


「いいじゃないか、キュア。俺たちは正真正銘〝カップル〟だろ」


 慰めてませんでした。見られていたことをヤバいと感じないのでしょうか?


「——別に見られていること自体はどうだっていいんだ。だってそこら中に精霊は在るだろ。俺が問題にするのは、見られた後だ。ネタにされなきゃそれで良し。ネタにされたら改心させる、それだけだ」


 実にザガルらしい考えです。そういうとこ好きですよ。


「キュア。それと本当の目的がまだ済んでねぇだろ」


 そうでした。ザガルに割り込まれたので、話が途中でした。


「アイナ。呼び名の件は保留にして、今までこの洞窟を使わせてもらって本当にありがとう。この洞窟はとっても安心感があって、安心して命を預けることができた。ここを離れるのは寂しいけど、アイナのことは忘れないからね」

「——っ! こちらこそ本当にありがとう。キュアラとザガル、あの魔神さんがこの洞窟を使ってくれて嬉しかったわ。貴方たちの生活は詰まらないことが全然なくて見ているこっちまで楽しくなったわ。ありがとう」

「アイナ」「アイナさん」


 私は泣いてしまっていました。そんな私の背中にザガルは手を回してくれました。

 そういうザガルも瞳に涙を滲ませていました。


「あらあら………」


 アイナが困ってしまいました。

 確かに別れは泣いて別れるものではないですね。

 私は涙を拭い、アイナと向き合いました。


「アイナ………」「キュアラ………」

「「ありがとう」」


 私たちは惜別のハグを交わしました。


「良い話だな………」


 ザガルは感動で涙を流し出していました。全く……。


「ほらザガルも挨拶」

「ああ、ごめんな。アイナさん、本当にありがとう。俺はこの洞窟で過ごした時間は短かったが、キュアの言う通りとても安心できた。人間の国よりよっぽど名。まだここに残りたい気持ちもあるが、俺たちは行かなければならない。本当にありがとう」

「どういたしましてなのだ」


 二人は清々しい笑顔を交わし、別れの挨拶を終えます。

 これぞ理想の別れ。

 感動で泣きそうです。


「おいキュア。大丈夫か?」


 今ならザガルの気持ちが分かります。


「別れって辛い………」


「何言ってるんだ? まだ別れと決まったわけじゃねぇぜ。これから生きていく中でもう一度会うことがあるかもしれねえ。その時までまたなってだけだ」


 ザガルはいつもの笑顔を崩しません。さっきは泣いてましたが。


「うん。そうだね」


 そんなザガルに私も笑って返すのです。


「ところでお二人さんよ」

「「うん。何かな?」」

「まだ出発しねぇぞ」

「さっきのムードを返して‼」「さっきのムードを返すのだ!」


 私とアイナは揃って怒りました。


 その夜、私たちは焚火を囲み日付が変わるまで談笑し合いました。

 


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