第二章 癒しの花の冒険 前編 その5 失われた記憶②
「うっ! ここは?」
「よう! 目が覚めたか」
少女が眠ってから丸二日やっと目が覚めた。
「あなたは一体?」
「俺はザガルだ。お前は?」
「キュアフローラ。キュアフローラ・ラティブルー」
「そうか。じゃあ、キュアフローラ。お前俺に核撃魔法を撃ったこと。覚えてるか?」
「核撃魔法⁉ 私そんなの撃てるわけないじゃないですか!」
「そうか」
つまり俺はこう考えた。
(記憶を失っていることから、あの少女は今目の前にいる少女とは別人である可能性がある。しかし丸二日、俺が付きっ切りで看病したんだ。その時怪しい行動は一切していなかった。じゃあ違う人格だったということか。第一人称も〝俺〟から〝私〟になっているし。もし人格が違うのなら、今の人格を追いやり、記憶を定着させないことも可能かもしれない)
考えを確かなものとするために、少女にいくつか質問することにした。
「お前って人格が急におかしくなったり、情緒不安定になると時々意識が闇に落ちたような感じになるか?」
「う~ん。そういうことはあんまり無かったような気がするけど……」
「けど? どうした」
「多重人格ってことはあるかもしれない。だって毎日街の人に虐められるから」
(そういうことか!)
俺は確信した。
(少女は正義心の強い娘で、無意識のうちに子供達を助けようとしたんだ。だが、失敗。それからというもの彼女は街の人々から迫害を受け、新しい人格が形成された。そして時々、その人格になり記憶が無いまま暴れたりしたんだろう。だがその人格とは一体?)
「ちょっとキュアフローラ、いいか?」
そして俺は王城の中の魔法訓練場に少女を連れて行った。どのぐらい魔法を扱えるのか確かめるためだ。
訓練場には攻撃魔法を練習するため大量の的がある。
「よしじゃあ、そこの的に魔法を放ってみろ」
「いや無理です! 魔法なんて一度も使ったことがないんですから!」
「取り敢えず撃ってみろ!」
こういう時はゴリ押しだ。
「分かりました! 火球!」
かっこよくいった割に、小さな小さな小石サイズの火球がポンっという可愛らしい音を出して出現しました。
「やった。成功です。初めての魔法です!」
やっほ~と騒ぐ少女を目の端に追いやり、思案に明け暮れる俺だった。
(えっ! えっ弱くない。あの時の核撃魔法はどうしたの? んっ! ちょっと待て。人格が魔術や魔法に長けた知識を持つ人格だったとしたら、あれは別人格にならないと放つことができない威力だが、少女の身体自体にスペックがないと放つことが出来ない。つまりは鍛えたらめちゃくちゃ強くなるということ! それならまずは褒めないと! 人間は褒めたら伸びるとか言うしな)
「すごいな! それなら次はもっと強い魔法を撃ってみるか」
「はい!」
そしてそんな具合に少女が魔法を放ったら、その魔法よりも少しだけレベルの高い魔法を覚えさせて放たせる。これを日没まで繰り返した。
「お前ももう一日だけで結構強くなった。だけど俺にはまだまだ及ばないぜ」
「ハイ師匠!」
師匠と呼ばれるのは何だかむず痒かったが、そこまで悪い気持ちにはならなかった。むしろ心の底からじ~んと温まるのを感じて何だか嬉しかった。
俺は今まで孤独だった。自分の魔力が生まれつき多いが故に、同族からも家族からも見放され捨てられた。だが俺は必死に生きた。同族を見返すために。そうして独り立ちできるまで育った頃に主様に拾われた。
だから俺の力を恐れず、師匠と言ってくれるキュアフローラを見ると心が温まった。
「師匠?」
気が付くと彼女が俺を覗き込んでいた。俯いて無口になっていたのだろうそりゃ心配するわけだ。
「大丈夫だ。ちょっと考え事しててな」
「そうですか。安心しました」
「じゃあ俺は風呂に入ってくるから、そこの食堂で先に飯食っといてくれ」
「嫌です!」
「どうしてだ?」
「だってさっきからみんなが私のことジロジロ見てくるから」
「あっ!」
少女は涙目になってしまった。
(やべえ~。そうだった。一部の種族からすると人間の血はご馳走だったんだ。道理でさっきから視線を感じるわけだ)
「悪かった。じゃあ一緒に風呂入るか?」
「はい!」
(三歳児だから一緒に風呂に入っても大丈夫だろう)
この時そう甘く考えていた俺は、後に痛い目を見る。
「わぁ~、広いですね。お城のお風呂」
「だろ。自慢の風呂だ。ちなみにこの温泉は俺が掘り起こしたんだぜ!」
ちょっと自慢気になる俺だった。
「お風呂なのに泳げそうです」
はしゃぎだす少女。可愛いな。
なんせ俺生まれてこの方少女なんて見たことなかったし。
魔族は成長が早く寿命が長い。だから出産の必要性は極めて低い。赤子なんて生きているうちに数回見ることができるかどうかというぐらいだ。
「はあぁ~」
お風呂に浸かって情けない声を出すキュアフローラだった。
よほど気が張っていたんだろう。そりゃそうだ。恐ろしい大人がそこら中にいるんだ。そりゃ怖いだろう。俺だって怖い。生まれたての小鹿が虎の群れのど真ん中に放置されたみたいなものだろう。
……それをよく三歳児が耐えられたものだ。
俺は〝彼女〟に近付き、頭に手を置いた。
「よく頑張ったな」
そう言って彼女を激励した。
「うっ——」
「! はぁ~。泣いてもいいんだ。泣かないのが強さじゃない。人は涙の数だけ強くなれるんだ」
「——っ! うっぐっふっあっ! あぁぁぁあぁぁぁ————————」
夜の城にまだ幼い少女の鳴き声が響いた。
それに共鳴して泣いてしまった心優しき主様がいたとかいないとか。
「ありがとう。ザガル。私に気付いて慰めてくれて」
「当然だろ。辛い気持ちになってる人を助けるのは」
俺は彼女に向けて微笑んだ。
「ッ⁉」
彼女の顔が一気に紅蓮に染まる。
「どうした? 風呂に入って逆上せちまったか?」
「今度は……私が……お礼をしないとね」
「? それはどういう——」
俺は意味が分からず聞き返そうとした。だけどそんな暇はなく——
彼女が俺の後頭部に手を回して自らの顔へと引き寄せ、その唇を俺のそれに押し当てた。
わずか数秒の出来事のはずが、まるで時間が止まってしまったかのような錯覚に陥る。
その時俺の心臓は爆発寸前だった。
俺は今まで恋愛というものに無関心だった。故に〝好き〟という感情さえ知らなかったぐらいだ。
だけど今やっと〝好き〟という感情がどういうものか分かった。
(心が温かくなってずっと一緒に居たいと思うことが〝好き〟ということなんだ)
と、理解することができた。
そして彼女が押し当てていた唇を離した。
その顔は先程よりも赤く染まっている。
「私は、ザガルのことが好きになった。あなたは私のことをどう思っているの?」
唐突の出来事に頭がついていけてなかった。きっと俺の顔は今真っ赤になっているだろう。そして口を開く。
「俺も……お前のことが……〝好き〟みたいだ」
これは自然と口から零れ落ちた言葉だった。
それを聞いた彼女は、天使のような笑みを浮かべた。
その笑顔に心が温まるのを感じた。
そして俺と彼女の間にしばしの沈黙が流れた。
先に言葉を発したのは彼女だった。それは会話ではなく独り言だった。
「はぁ。もっと身体が大人だったら……」
それはおそらく嘘偽りのない本心なのだろう。彼女はとても悲しそうな瞳をしていた。その様子を見ていると、胸が苦しくなった。何かしてあげたいという衝動に駆られた。
その瞬間、凄まじいほどのエネルギー反応を感じた。
それは彼女から発しられていた。
そのエネルギーを俺は感じたことがある。
——超能を会得する時だ。
それはつまり彼女に超能が宿ろうとしているということだ。
「何これ⁉ 身体が熱い⁉」
「大丈夫だ! それはお前自身のエネルギーだ。エネルギーの流れに身を任せろ!」
俺はすかさずアドバイスを送った。
「うん!」
笑って元気よく笑い返すキュアフローラ。
超能を会得する時は超能が魂に定着するため、精神面にダメージを与える。そのダメージは超能を会得したら消えるが、痛みは相当なもののはずだ。笑って耐えられるものではない。
それなのに彼女は笑う。俺を心配させないために。
俺はの頬を涙が伝う。そしてそれと同時に俺は決意した。
(こいつは絶対にしなせちゃなんねぇ。俺の命に替えても!)と。
その時、膨大なエネルギーが消失した。
彼女の魂にエネルギーが定着したのだ。
「何が? あったのでしょう?」
彼女は自分の身体に異常がないか確かめる。
三歳児とは思えぬほど冷静だ。
頬を伝う涙を拭い、彼女に提案した。
「なあ。心臓に手を置いて鼓動を確かめてみな」
「うん」
彼女は俺の提案をすぐに受け入れ、心臓に手を置いた。
そして俺は超能:『鑑定』を起動した。
(心拍数は毎分190回。相当な興奮具合だ。体温は異常なし。臓器及び筋肉にも異常なしだ。さて、肝心な超能は——)
「ッ‼ おい喜べ。お前結構すげぇ超能を手に入れてるぞ! 知りたいか?」
「はい!」
俺は思わず叫んでいた。なんせとてつもない超能を手に入れているんだからな。
俺の興奮具合から凄いことが伝わったのだろう。キュアフローラも前傾姿勢で早く教えて欲しそうにしている。
「よく聞けよ。お前の超能は『昇華』だ。人や物をもう一段階上の状態へと成長させることができる権能だ。これにどんな利用方法があるかというと、物質の『高純度化』と『新素材生成』だ。ただのごみを純度の高い燃料や希少な金属へと、鉄の剣を『魔力を通す霊鉄』へ、ただの布を『物理無効の霊布』へと、劇薬を副作用のない『蘇生薬』に、そして人体には『機能拡張』といった効果が見込める。視力を『透視・遠見』へ、聴力を『真偽判定』へ、睡眠を『完全な精神回復』へ、食事を『即時魔力返還』へ、超能を使いこなせば細胞の老化という現象を恒久的な『自己再生』へ昇華させ寿命を超越できるかもしれない。他にも現象やエネルギーの『法則変換』で、攻撃が回復になったり、ただの怒鳴り声を物理的な『破壊衝動』へ。過去の恐怖心を、絶対に折れない『鉄の意志』にすることだって可能かもしれない。お前の超能はそれほどの可能性を秘めたものなんだよ」
だいぶ早口で言ってしまったが、通じただろうか。
ちらっと彼女を見たが、興奮で深紅の瞳がキラキラ輝いていた。
「すごいです! それなら私の身体もすぐに大人の身体になる訳ですね! すぐにザガルの隣に立つことだってできるわけですね」
良かった。自分の力の恐ろしさ故に自らを壊してしまうのではと思ったけど、どうやら余計な心配だったみたいだ。
「それでお前はこれからどうしたいんだ」
一通り彼女の興奮が収まったところで、尋ねてみた。
「う~ん。今はまだ悩んでいるかな。私はザガルと一緒に居れたらそれでいいよ」
俺はドキッとした。
「つまりはその……俺のことが……その……〝好き〟ってことでいいんだよな?」
「うん。私はザガルのことが好き。付き合いは今日一日だけだけど、私はザガルのことが好きになった」
「そうか」
そして俺は湯の中で彼女の手を握った。
「っ!」
一瞬びっくりしていた彼女だけど、すぐに笑顔になって、満天に広がる星空を眺めた。
「おやすみ。ザガル」
「あぁ、おやすみ。キュア」
俺たちは風呂から出てすぐに〝一緒に〟寝ることにした。
キュアからの提案だった。
ちなみに〝キュア〟というのはこれも彼女からこう呼んでくれと頼まれた。
実際俺も〝お前〟とかだと味気ないので賛成している。
それにしても今俺は大ピンチだ。
初めての彼女と一緒に同じベッドで寝るのだから。
スースーと寝息を立て気持ちよさそうに寝ているキュアの寝顔にドキドキして全然寝られないし、もうどうしよう!
「あっ!」
俺は名案を思い付いた。自分に睡眠魔法を掛けた。
自分の魔術耐性を自分で下げておけば、抵抗することはない。
そうして俺は深い眠りに就いた。
翌朝、身体に柔らかい感触を感じて目が覚めた。
「んっんっん~~~」
カーテンから差し込める朝日が気持ちいい。
俺は身体を伸ばし、キュアを起こそうとした。
だがそこには、あの小さな少女はいなかった。
代わりに、瑠璃色の綺麗な髪を持つスタイル抜群の八頭身の美女が気持ちよさそうに眠っていた。
「誰⁉」
驚きのあまり、朝一で出た声がこれだった。
「んん……おはよう。ザガル」
そこで俺は気付いた。こいつキュアだと。
「キュア、どうしてそんな身体になった? 別にいいんだけどさ、気になって」
俺はキュアを指差して問い掛けた。
「えっ」
それで何かに気付いたキュアは自分の身体を見た。
「えぇぇええぇぇぇぇ~」
城中に聞こえるのではというほどの大音量で叫んだ。
「えっ何で? わぁあぁ~すごい。谷間だ~。八頭身だ。わぁあぁぁ~視点が高~い」
完全にパニック状態だ。
「おい。大丈夫か?」
俺は心配して声を掛ける。
するとキュアがこちらを見て、何かを思い出して涙目になった。
「ザガル、今の私嫌い?」
俺の身長は一七五センチ、キュアの身長は一八〇センチ、キュアが俺の前でちょっとだけ中腰の形になり覗き込んで問う。俺はちょっとだけ悔しかった。そこで違和感を覚えた。
「? ちょっ!」
俺は重大なことに気付いた。キュアの服が少しはだけていたことに。
俺は服の襟から見える胸を見ないように顔を逸らした。
「本当に?」
逸らした俺の視線を追うように顔を俺の顔に近付ける。
芳しい匂いが俺の鼻腔を満たし、頭に血が上った。
「本当だ!」
そして俺はこれ以上こんなやり取りをしていたら、意識が持たないと判断しキュアに近付くそっと抱き寄せた。
「あっ」
キュアは小さな吐息を漏らし、俺の背中に手を絡ませた。
ずっとこのまま抱き着いていたいと、俺はより強くキュアを抱き寄せる。
それと同時にキュアもより強く俺を抱き締める。
どのくらい時間が経ったのだろう、俺はキュアから手を離す。そしてキュアも手を離した。しばらく見つめ合い、俺は宣誓した。
「俺はキュア、お前のことを一生愛すると誓い、キュアに一途の想いを抱くことを約束する。俺は今のお前も、少女のお前も大好きだ」
キュアはそれを聞き、涙ぐむ。そして俺と同じように手を上げ、こう誓う。
「私はザガル、貴方のことを一生愛し、一途の愛情を捧げます」
そして俺たちはキスを交わそうとする。
その瞬間、部屋の壁が崩壊した。
「っ! あれ⁉ どこも怪我してない!」
俺が咄嗟に魔力障壁を出したおかげだ。キュアには被害はない。
この気配は——天使だ。それも上位の。おそらく大罪天使クラスだ。
「私、天界の王の側近。七柱の大罪天使が一柱〝嫉妬〟のソレスナ。よろしく」
そこには水色がかった白髪を靡かせ、紫の瞳でこちらを凝視する少女がいた。彼女の背には自由を象徴するような大きな羽が備わっており、その身体には一枚の白布が精錬に巻き付けられている。その姿は冷徹なまでの美しさを湛えた天使そのものだった。
俺は歯を噛み締めた。大罪天使は、普段の俺と互角もしくはそれ以上の力を保持している。勝てる見込みはあるが、今の段階でその力を開放してしまうと、暴走してしまう。
「俺は〝黒焔〟のザガルだ。彼女を連れて行くなら俺を通してからにしてもらおうか」
「私の目的すぐ理解。お前、やる。相当な手練れ」
ソレスナは一瞬驚いたような素振りを見せたが、すぐに元の冷徹な表情に戻った。
そうソレスナの目的は、新たな超能覚醒者を洗脳し自らの手駒とするつもりだ。
俺はそんなこと絶対にさせない。
「消えろ。黒き業火の牢獄」
この技は黒焔で作った結界内の全ての対象を焼き尽くすという技だ。
(通用してくれ!)
そう考えたうえでの俺の攻撃だった。
しかしソレスナには効かなかった。
身体の数か所に軽い火傷を負っただけだった。
「中々やる。だけど私には効かない。転移術式、展開」
そしてソレスナはキュア共々どこかへ行ってしまった。
「キュア……」
取り残された俺は呆然と壊された壁から見える朝日に向かってそう呟いた。
後で聞いた話だが、ソレスナは天界に王の力を借り受けていたようだ。




