水没区間
昼食がてら休憩を取った私たちは探索を再開する。
道中に現れた魔物たちもジュリオとミャーコが難なく撃退し、想定外だった行程の遅れもだいぶ取り戻せたと思う。
そして……問題の地点へと到達した。
「ここからが例の水没区間ってことね」
ここまでの道中は光が差し込まない暗い洞窟区間だったけど、その場所は再び天井から陽光が照らす開けた空間になっていた。
洞窟は更に奥の方に続いているものの、事前に聞いていた通り道が水没している。
完全に水中になっているというわけではなく、頭一つ分くらいの空間はあるみたいなので、途中で息継ぎすることはできそう。
天井が低すぎるので舟で通るのは無理でしょうね。
「荷物はここに置いてかねえとだな……」
「私の鞄は防水だから、必要なものがあれば預かるわよ。流石にあなたの荷物を全部こっちに入れるのは無理だけど」
見た目は普通の革製鞄だけど、完全防水のスグレモノよ。
容量には限りがあるから、私の荷物もすぐに使わないものはいったんここに置いていきましょう。
「助かるぜ。といっても、ここを突破すりゃもう目的地だからな。武器は手に持つとして、あとは……」
ランタンや非常食、救急キットに予備の武器である短剣、そのほか細々したものを私の鞄に移し替える。
「よし、こんくらいか。んじゃここに置いてく荷物はあの辺の岩陰に隠しとこう」
彼が指差した方には背の高い岩が衝立みたいになってる場所があった。
少しのあいだ荷物を隠しておくのにはちょうどいいかもしれないわね。
それに水着に着替えるにもちょうどよさそう。
「ちょっと待っててね。着替えちゃうから。……覗いちゃダメよ?」
「だ、誰が覗くかってーの!!」
多分にからかいを含んだ私の念押しに、彼は顔を赤くして否定した。
けっこう初心なのね。
変にスレてななくて、おねーさん安心したわ。
「ニャ、ミャーコが見張ってるですニャ」
「だから覗かねーっての!!」
そうは言ってもミャーコが見張っていてくれた方が私も安心できる。
前世の記憶があるぶん今の実年齢より精神年齢が高い自覚はあるけど、覗かれて平然としているほど枯れているわけでもない。
今は紛れもなく「うら若き乙女」ですから。
ともかく、私は水着に着替えるために岩場の陰に入って鞄から水着を取り出した。
上下のセパレートだけど黒一色で布地の面積は広く、前世の感覚からすれば随分と大人し目のデザインのもの。
まあレジャーに来てるわけではないし、ジュリオ相手に変に色気をアピールする必要もない。
それから私は今着ている服を脱ぎ始めた。
岩場の陰とは言え、外で着替えるのは流石に恥ずかしさを覚える。
さっさと着替えてしまおう……と思いながら上半身裸になった時のことだった。
ボトッ……と、何の前触れもなく何かが私の頭の上に落ちてきた。
反射的に手を伸ばして払うと、それは地面に落ちた。
いったい何なのかしら……と、私はそれに目を向ける。
モゾモゾと蠢く何か。
その正体を理解した瞬間。
「っぎゃあぁーーーーーー!!!???」
私の口から「うら若き乙女」にはあるまじき絶叫が迸った。
「マスター!!??」
「どうしたっ!!??魔物かっ!!??」
叫びを聞きつけたミャーコとジュリオが駆けつけてきた。
私は腰が抜けて地面にへたり込みながら、震える手でそれを指差した。
その正体は……
「……あん?ただのムカデじゃねぇか」
拍子抜けした声でジュリオは言い、構えていた剣を下ろした。
だけど私にとっては大の天敵である。
視界に入れる事すらおぞましい。
「い、いいから早くどこかに追い払って!!」
「ニャ……処分してきますニャ」
ひぃっ!?
素手で掴んだ!?
ひょいっとムカデを掴んだミャーコに私は戦慄した。
頼もしいけど……ちゃんと手は洗うのよ!
「やれやれ。とんだ大騒ぎ…………」
警戒を解いたジュリオが何となく私の方を見て……固まった?
ジュリオの視線は私の顔よりも少し下の方に向いている……
「どうし…………」
その疑問の声は途中で止まった。
そうだ、たしか私はまだ着替えてる途中だった……
それを認識した瞬間、再び私の感情が爆発する。
「きゃあぁーーーっっ!!??」
それこそ「うら若き乙女」の絶叫が洞窟内に響き渡った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……なぁ、悪かったって。あれは不可抗力で……」
「……分かってるわよ。別に怒ってないわ。ただ、もう蒸し返さないでほしいわね……嫌な記憶はさっさと忘れたいから」
「お、おう……」
ムカデも、裸を見られたことも、どっちも記憶の彼方に封印よ。
ジュリオに見られたからって別に何てこともないけど!
「とにかく!もう準備は良いわね?」
「あ、ああ……こっちは大丈夫だぜ」
「ミャーコも準備万端ですニャ!」
ジュリオは革鎧と服を脱いで、泳ぎやすいようハーフパンツだけの格好に。
ミャーコもいつの間にか私とお揃いの水着姿になっていた。
私とジュリオが脱いだ服や靴は私の鞄の中に。
ここに置いていく荷物は私が着替えに使った岩陰に隠した。
「よし……じゃあ行きましょう!」
そして私たちは最後の難関を突破するため、青く揺蕩う水の中へと潜っていくのだった。




