深淵
「うぉっ!!?冷てぇっ!!」
先に水に足を入れたジュリオが悲鳴を上げた。
それを聞いた私も恐る恐るつま先を入れると……確かに、肌を刺すような冷たさを感じる。
もともと夏でも肌寒さを感じるほどの洞窟内、その中を流れる水中なのだからこの冷たさも当然と言えるかもしれない。
「あまり長時間は浸かっていられないわね」
「そうだな……多少は慣れるとは思うが、さっさと抜けた方が良いのは確かだ」
「ミャーコは冷たいのは平気ですニャ。でもさっさと抜けるのは賛成ですニャ」
直ちに危険は無いと思うけど、あまり長時間だと体温が奪われて身体に変調をきたしてしまうかもしれない。
「ちょうど中間地点あたりには上陸できるポイントもあるみてぇだから、辛かったらそこでいったん休憩を入れてもいいぜ。あとは気合と根性で乗り切ってくれ」
確かに、ジュリオの資料にはそんな注意書きもあったわね。
緊急時に避難できそうな場所があるのは助かるわ。
無理する必要もないし、ありがたく利用させてもらいましょう。
そうと決まればさっさと……と言いたいところだけど、冷たさに慣らすためゆっくり慎重に水の中に身体を沈めていく。
「うぅ〜……冷たい〜……」
しっかり準備体操はしておいたけど、それでも心臓が止まりそうなほど冷たい。
ここまで来たらもう少しだから我慢我慢……と自分に言い聞かせながら、時間をかけて肩まで水中に沈ませた。
水はかなり澄んでいて明かりの魔法で底まで見える。
深さは私の身長の2〜3倍ほどはありそうかしら。
もちろん足は付かないので立ち泳ぎだ。
「ミャーコ、大丈夫?」
水に入るのを嫌がっていたことを思い出し、心配になった私はミャーコに声をかけたのだけど……彼女は犬かきならぬ猫かき(?)で、水中に沈まないように必死に顔を出していた。
「ぶくぶく……大丈夫ですニャ……」
ま、まあ、テンションはだだ下がりではあるけど、泳ぎは問題なさそうかしらね……
本人が言ってた通り、水が冷たいのは問題なさそうだし。
ともかく、これが最後の難関。
無事に突破して『水天蘭玉』を手に入れましょう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
青の洞窟の最深部に向かい私たちは水没区間を泳いでいく。
仄暗い水路は明かりの魔法に照らされ、これまでとはまた違った深淵の青色を見せていた。
ジュリオの地図の情報によればこの区間はそこまで長い距離ではないみたいだけど、一気に無呼吸で行けるほど短くもない。
幸い完全に水の中というわけではなく、天井にわずかな隙間はあるので息継ぎしながら進むことができる。
ただ天井の高さは一定ではなく、場所によっては潜らないと通れないことも。
天井が低いところは頭をぶつけないように気をつけないと……と思ってると、ちょうどそんな場所にさしかかる。
「そこ低くなってるぞ。気をつけろ」
先頭を泳ぐジュリオが注意を促してくれた。
彼に倣っていったん水中に潜って通り抜けてから、再び頭上に注意しながら浮上。
ミャーコもちゃんとついてきてるのを確認してから、また水面を泳いでいく。
そんなふうに何度か水中に潜ったりしてずいぶん進んだと思うのだけど、冷たい水が着実に体温を奪って身体の動きが鈍くなってる気がする。
「ジュリオ、中間の上陸ポイントはまだかしら?」
「そうだな……もうそろそろのはずだ。……少し休憩しようか?」
彼自身はまだまだ余裕そうだけど、私の方を見て心配そうにそう言ってくれた。
先ほどの注意喚起といい、頼れるお兄さんっぷりを発揮してる。
昔は生意気な悪ガキって感じだった彼がレディを気遣えるようになるなんて……と、ちょっとだけ感激したわ。
それはともかく。
今の感じだと一気に泳ぎ切ることも出来るとは思うけど、冷水の中を泳ぐのはかなり体力を削られる。
別に無理する必要もないし、ここは素直に彼の厚意に甘えましょう。
「まだ限界と言うほどではないけど、いったん身体を温めたいわ」
「分かった。無理は禁物、休める時には休んだ方がいい」
「冒険者の鉄則ね」
「そうだ」
まあ私は冒険者じゃないけど。
そうしてるうちに件の上陸ポイントらしき場所に辿り着く。
これまでよりも水路の幅が広くなり、天井も高く緩やかなカーブを描いている。
そのカーブの外側が岸になっていて、そこに上陸できるらしかった。
「すっかり冷えちゃったから、あそこで火をおこして暖を取りましょう」
早く上がって暖まりたい……そう思いながら岸に向かおうとしたときのことだった。
「きゃっ!?」
何かが右脚に絡みついてきて私は悲鳴を上げた。
そして、そいつはものすごい力で引っ張ってくる。
「マリカっ!?」
「マスターっ!?」
「た、たすけてっ!!あぶっ!?」
何とか助けを叫んだところで、私は完全に水の中に引きずり込まれてしまった。
振り返って見れば、私の脚に絡みついているのはヌメヌメとした粘液に覆われた太い触手のようなもの。
ゴムのように靭やかで弾力があるそれは、振りほどこうとしても全くびくともしない。
その触手の出どころを辿っていくと……私の脚を掴んでいるのと同じような触手を何本も生やした巨大な影が水底に潜んでいるのか見えた。
……あんな魔物がいるなんて聞いてないわよ!




