想定外
必要十分な藍銅鉱鉱石を確保し終えたころ、ジュリオが戻ってくる。
特に怪我をした様子もなく無事な様子なのだけど……何かしっくりこないような微妙な表情をしていたので、私はその理由を聞いた。
「どうしたの?魔物はいなかったんでしょ?」
「いや、魔物には遭わなかったんだが……道、こっちで合ってるか?」
逆に聞いてきた彼の言葉に私は目を丸くする。
『道が合ってるか?』って聞くってことは……
「え?……もしかして行き止まりなの?」
「ああ。この先は特に分岐もなくて一本道だったんだけどよ、しばらくすると行き止まりにぶち当たった」
それを聞いた私は採掘セットを鞄にしまい、代わりに手帳を取り出してページを繰る。
これまで何度も分岐を確認してきたし、特に間違ってないはずなんだけど……
「う〜ん……採掘ポイントは合ってたし、間違ってはいないはずだけど……ほら、今はココで、目的地はココ……だと思う」
手帳の地図をジュリオにも見せ、道順は間違っていない事をアピールする。
でも現にこの先は行き止まりなのよね……
「……なぁ、その地図って何から書き写したんだ?」
「え?何って……お母さんから貰った『世界鉱物大全』って本の巻末付録に、王都近郊の採掘マップが載ってたから…………はっ!?まさか!?」
お母さんの蔵書だったという点に、私は気付いてしまった。
「……メイリュール様のだったら、下手したら百年前とかの情報かもしれねーな」
「あ、あり得る……」
「崩落したような形跡があったんだけどよ、ここ数年のものでは無さそうだったな」
ど、どうしよう……迂回する道はあるかしら?
でもそれも正しいとは限らないし……
そんなふうに私が悩んでいると、ジュリオが背嚢を下ろして中身を漁りながら言う。
「ちょっと待ってろ。もしかしたら前にギルドの資料からここの地図も書き写してたかもしれねぇ。前に何かの採取依頼を受けようとして、結局そんときゃ受けなかったんだが……」
それから彼は、私のより分厚い手帳を取り出してページを繰る。
「……あった、これだ!え〜と、現在地は多分ここだろ。そんでこの先は……あぁ、やっぱこっちの地図だと行き止まりになってるな」
「あぁ、やっぱり……迂回路はあるかしら?」
ここまで来て目的地に辿り着けないのは痛すぎる。
この洞窟はけっこう入り組んでるからルートは一つだけじゃなかったと思うのだけど……
「ん〜、どうかな…………お!こっちのルートならどうだ?けっこう戻ることになるけど、こっからこう大回りして……」
そう言いながら彼が指し示したルートは、確かに目的地まで通じているように見える。
だけど……
「ここ、目的地の手前に何か注意書きがあるけど?」
「水没区間だな。ここは水中に潜る必要があるらしいぜ」
「潜る……ってことは舟は使えないんだ。いちおう水着は持ってきてるけど……」
水辺の洞窟だから念のために用意はしてたのよ。
何事も備えあれば憂いなし……とは言うけど、事前に調べた限りでは水着を着る機会なんてないと思ってたわ。
まあ、用意はしてあったからそれは良いんだけど、ふと気になってミャーコの方を見ると……それはそれは情けない顔をしていた。
「ニャ……頑張りますニャ……」
耳も尻尾もへにゃりとさせながらも健気にそう言う。
泳げないわけじゃないらしいのだけど、水に濡れるのが本当に嫌みたい。
「無理しなくても良いのよ?手前のところで待っててくれれば……」
「ニャっ!例え火の中、水の中でも!ミャーコはマスターをお護りしなければならないですニャ!」
気遣う私の言葉に彼女はむしろ奮起したみたいで、ふんすっ!と気合を入れて言う。
やる気になってくれたのは良いのだけど、あまり無理はしないでね。
「とにかく、いったん引き返しましょうか。ちょっと想定外だったけど、ジュリオが地図を書き写してくれていて助かったわ」
「ははっ、基本しっかりしてんのに変なとこで抜けてるよな、マリカは」
「……返す言葉もないわ」
まあいいじゃないの。
藍銅鉱だって必要だったんだから、どのみちここまで来なきゃだったんだし……
こうして私たちは来た道を引き返すことになった。
その道すがら、分岐点の一つで魔物に遭遇した。
現れたのは、体長2〜3メートル程もある海蜥蜴という大型のトカゲ。
この洞窟の中ではかなり高ランクの魔物で、非常に獰猛で力が強く動きも速い難敵のはずなんだけど……ジュリオとミャーコが瞬く間に倒してしまった。
連携の息もピッタリで、二人とも本当に頼りになるわ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらく道を引き返し、私たちは目的地に至るであろう迂回ルートへの分岐点にやって来た。
「ここで良いのよね?」
私は自分の手帳の地図を彼に示しながら確認した。
もちろん、ジュリオの地図を元に情報を更新してある。
「どれどれ……あぁ、間違いないな。こっからけっこう距離があるから一休みしてくか?」
「そうね……そろそろお腹も空いてきたし、そうしましょうか」
薄暗い洞窟の中だと時間感覚が分かりにくくなるけど、多分もうお昼くらいにはなってると思う。
今いる場所は少し開けていて魔物の襲撃も察知しやすいし、座るのにちょうどおあつらえ向きの岩なんかもあったりするから、休憩するなら今のうちね。
そうと決まれば……と、私はさっそく鞄からお弁当を詰めた重箱を取り出した。
『ニャ!ゴハンですニャ!』
ミャーコが目を輝かせる。
この娘けっこう食いしん坊なのよね。
「たくさん用意してきたから、ジュリオも食べてね」
「お!良いのか?保存食はハラ満たすだけだからなぁ……ありがたくいただくぜ!」
あら、こっちも食いしん坊さんだったみたい。
予想以上の反応に苦笑しながら重箱を並べると、二人ともますます目を輝かせる。
「「おぉ〜!」」
「朝が早かったから簡単なものばかりだけど……」
食事が淋しいとモチベーションも下がるから、頑張って用意したのよ。
まあ今言った通り、それほど時間がかからない簡単な料理ばかりだけど。
「いや、十分に豪勢だぜ。そんじゃ遠慮なく……」
そう言って彼が手を伸ばしたのは、様々な具材を挟んだサンドイッチ。
ひょいっと一つ掴んで、一口二口とあっという間に食べてしまった。
「もぐもぐ……ん、凄え美味えぜ!」
「口に合ったようで良かったわ。ほら、あなたも遠慮しないで食べていいわよ」
「ハイですニャ。頂きます……ニャ」
そう言ってミャーコは手を合わせて食前の挨拶をしてから、ジュリオとは別の箱に手を伸ばした。
うん、お行儀が良くて偉いわね。
こうして、私たちは束の間の休息をとるのだった。




