遭遇戦
舟に揺られて青の洞窟に入った私たち一行。
入り口からしばらく進むと水路の終点が見えてきた。
細長い水路を進んだその先に、ひときわ広い空間が待ち受ける。
そこは天井から幾筋もの光が差し込み、辺り一面が鮮やかな青に染まった天然のプールが広がっていた。
凪いだ水面を切り裂き波を立てながら舟が進むと、最後は白い砂地に乗り上げて止まる。
「ここもとても素敵ね……この世にこれほどの『青』があるなんて」
果たして、私の絵筆でこんな青が描けるだろうか……?
画家の端くれとして、それは畏怖の念を抱かせる光景だ。
自然の神秘が生み出した色を人の手で再現するなど烏滸がましいとすら思えてくる。
空に満ちる光と、深淵にたゆたう海が出会って生み出された奇跡の光景。
柄にもなくそんな詩的な言葉さえ浮かんできた。
私はそんなふうにこの絶景に見惚れていたのだけど、他の二人は……何故か厳しい顔をして洞窟の奥を睨んでる?
「あ〜、感激してるところ悪いんだが……」
「……なにか来るですニャ」
「え……ま、魔物が来るの!?」
どうやら二人が魔物の気配を察知していたのだと知り、私はつい慌ててしまう。
舟から降りて直ぐに遭遇するなんて……心の準備がまだ出来てないわよ。
でも護衛役の二人は落ち着き払ってそれぞれの武器を手に構える。
その姿はとても頼もしいのだけど、私のドキドキは収まらない。
「……来たな。あれは……」
「大っきい蟹さんですニャ。食べられるかニャ……?」
二人が睨む先、洞窟奥の方の暗がりから姿を現したのは、ミャーコの言う通りの巨大な蟹だ。
何本もある脚をわしゃわしゃと動かしながら、音もなく近づいてくる。
脚の先から反対の先まで、その横幅はおよそ2〜3メートルくらいはあるだろうか。
分厚い真っ青な甲羅に覆われた本体はそれだけで数十キロはありそう。
そして二つのハサミは私の胴体くらい簡単に切断してしまいそうなほど巨大なものだ。
飛び出した二つの目がこちらを見つめ、まるで獲物を前にして涎を垂らしているかのように口から泡を吐き出している。
そんな巨大蟹が三体。
その魔物は……
「殺人蟹!!甲羅は硬いから関節を狙って!!あと、見た目によらず素早いから気をつけて!!」
事前に調べていた情報から魔物の種類を断定して二人に伝える。
その物騒な名前の通り、人間も襲って捕食してしまう危険な肉食蟹だ。
その甲羅は鉄の鎧並みと言われ剣槍の類でダメージを与えるのは難しいけど、関節部分という節足動物に共通する弱点がある。
あとは……背中側の装甲は非常に頑丈だけど、腹側はそうでもない。
「りょーかい。ま、先ずは肩慣らしだ」
「マスターを守るですニャ!」
そう言いながら二人は武器を構える。
気負った様子もなく自然体で敵を待ち構える姿が頼もしいわね。
ミャーコの目はまさに獲物を狙う猫のよう……あ、そうだった。
「毒があるから食べられないわよ!ミャーコ!」
敵を見た彼女の最初のセリフを思い出して、念のため注意しておく。
大きい蟹はさぞかし食べごたえがありそうに見えるけど、残念ながらアイツは毒持ちなのよ。
色も食欲をそそられるようなものではないしね。
「ニャ……残念ですニャ」
へにゃ……と尻尾が下がって本当に残念そうね。
ともかく、もう戦闘開始のときは間近に迫っている。
私も魔法で援護しないと……!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
途中まではゆっくりと近づいてきた魔物たち。
しかし、前衛二人まであと数メートルというところで一気に跳びかかってきた。
そこから戦闘開始となったのだが……
「でぇりゃあぁっっ!!!!」
気合一閃、カウンターで振り下ろされたジュリオの剣が殺人蟹の甲羅を真っ二つに割った。
……私のアドバイス、聞いてた?
更にもう一匹がミャーコの方に跳びかかってきたが。
「ニャニャニャっニャっっ!!!」
攻撃を素早く躱した彼女は幾筋もの銀光を閃かせ、殺人蟹の足は全て根本から切り離された。
トドメとばかりに双短剣がひっくり返った蟹の腹に突き刺ささる。
そして最後の一匹だ。
「雷針!!」
私が放った雷撃の初級魔法が、最後に残った一体に突き刺さる。
これだけで倒すことはできないけど……
「うぉーりゃぁっっ!!!」
「うニャーっっ!!」
電撃で痺れて完全に動きを留めた最後の殺人蟹に、ジュリオとミャーコが同時に斬りかかると、またたく間にバラバラに分断されてしまった。
……ちょっとオーバーキルじゃないかしら。
ともかく、青の洞窟での初戦闘はあっけなく終了した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ま、準備運動にはなったかな。それよりも……なかなかやるじゃねーか、ミャーコ嬢ちゃん」
「ジュリオも強かったですニャ」
そう言って二人は互いの実力を認め合い、拳を突き合わせた。
「二人とも頼もしいわ。殺人蟹ってここでは割と強い方だったはずだけど……相手にならなかったわね」
青の洞窟はそこまで強い魔物は出ないとは言え、駆け出しの冒険者だと苦労する程度の魔物は出現する。
さっきのは普通だったらもっと奥の方に出るはずの強めの魔物だったのだけど……瞬殺だったわね。
それにしても、硬い甲羅もものともせずに斬り倒すとは思わなかったわ。
「ジュリオはかなり強くなったみたいね」
「おうよ。最後にアンタの依頼を受けたのは……1年くらい前だっけか?その時からけっこう経験積んでるからな」
男子三日会わざれば刮目して見よ……と言うくらいだものね。
それくらい経ってるのであれば、成長著しい若手冒険者なら当然なのかもしれない。
「さて、コイツらだが……何かの素材にはなったっけ?」
倒した魔物の残骸を見渡しながらジュリオが言うけど、残念ながらこれと言った用途は無かったと思う。
甲羅は頑強だけど、死ぬと脆くなるから防具の素材になるわけでもないし。
「硬くて倒しにくいし、毒持ちで食べられないし、何かの素材にもならない……まあ、ハズレの魔物よ」
「そいつは残念。んじゃ、さっさと先に行くか。目的地はもっと奥の方なんだろ?」
言葉ほど残念そうな様子もなく、奥に続く道を指差しながら言った。
「そうね……水天蘭玉が採取できるのは最深部あたりだったはず。一応途中のポイントで他の素材も採取しながら行きましょう」
「りょ〜かい。護衛は任せておけ」
「頑張りますニャ!!」
初っ端から魔物に遭遇するなんて幸先が悪いなんて思ったけど、この頼もしい仲間たちなら何の問題も無いでしょう。
そして私たちはいよいよ本格的な探索を始めるのだった。




