青の洞窟《グロッタ・アズーラ》
太陽の海岸に沿って歩くこと約一時間ほど。
砂浜の海岸はやがてゴツゴツとした岩場になり、海と岸壁に挟まれた細い道に変わる。
道……と言っても自然の地形なので足元が不安定で、歩きのペースはかなり落ちている。
だけど目的地はもうすぐのはず。
「あの岬を回り込んだ先に入口があるって話だが……そろそろ道もなくなりそうだぞ」
「ええ。この岩場も無くなって、あとは切り立った崖になったゃうみたいね。……と言うか、もうそこで終点ね」
ちょうど話が出たところで、私たちは岩場が途切れる場所までやって来た。
右手には切り立った崖、左手には底が見通せないくらいに深い海。
徒歩で来れるのはここまでが限界のようね。
「んで、どーすんだ?まさか泳いで行くわけでもないだろ?」
「ニャ……ミャーコは泳ぐの苦手ですニャ……」
行き止まりに立って岬の先端の方を指差しながらジュリオが私に問いかければ、へにゃっと猫耳を伏せて困り顔で言うミャーコ
猫は水に濡れるの嫌がるものね……
「ちゃんと考えてるって言ったでしょ。え〜と……」
ジュリオの問いに答えながら私は鞄に手を入れて中身を探る。
そして目的の物を見つけ、それを取り出した。
「じゃじゃんっ!!これを使うのよ!」
そう言って私が二人に見せるのは、手のひらに収まるくらいの木製の小さな手漕ぎ舟だった。
一見して精巧に作られた模型のようなそれを見て、ジュリオは怪訝そうな顔になる。
「なんだそりゃ?オモチャじゃねーか。まさかそれに乗れってのか?」
「そうよ。もちろんこのままじゃ乗れないけど……見ててね」
そう言って私は岩場が低くなっているところ、波が穏やかなところに舟を浮かべる。
そして……
「真の姿を取り戻せ」
舟に魔力を注ぎながらキーワードを呟く。
するとそれはぐんぐんと大きくなっていく。
「お、おぉっ!!」
「船が大きくなったですニャ!!」
三人が乗れるくらい十分な大きさになった舟に、ジュリオとミャーコは驚きの声を上げた。
ふふふ……その反応が見たかったのよ。
「魔法絵の具現化の術式を逆転して応用したの。つまり、現実にあるものを仮初めのカタチにしていたのよ」
そう言いながら私は舟を指差す。
そこには船縁をぐるっと一周するように色とりどりの複雑な文様が描かれていた。
「……いや、本当に何でもアリだな」
「そんな事ないわ。母さんみたいに空間魔法が使えれば、こんな手間かけなくても済むのだし」
「だからそれは比較対象がおかしいっての。……まあいいや。とにかく舟があるなら問題ないな。早く行こうぜ」
「行くですニャ!」
「ええ、行きましょう。……あ、そうだ。あなた舟は漕げるかしら?」
私も一応漕げるけど、波があると女の細腕ではなかなか進まないと思うのよね。
ここは男子たるジュリオに期待したいところだけど……
「おう。それくらいは任せとけ」
そう言って彼は腕まくりをして力こぶを見せる。
うん、頼もしいわね。
本来は護衛依頼に含まれる仕事じゃないと思うけど、そこは知った仲だからあまり細かいことを言われないのは助かるわ。
それから私たちは舟に乗り込んで海へと漕ぎ出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
比較的波が穏やかな海上を、岬の岸壁に沿ってゆっくりと手漕ぎ舟が進んでいく。
船縁から身を乗り出して見ると、とても透明度の高い海はかなり深いところまで見える。
それでも底は見えないくらいの深さがある。
一応泳げはするけれど、海に落ちたら……と思うとちょっと怖いわね。
色々な魚が泳いでいる姿も見え、ミャーコが獲物を狙う目になってウズウズしている。
それも猫の習性なのかしら?
「もうすぐ岬の先端だ。ちょっと波が出てくるから落ちないように気を付けろよ」
一定のリズムで力強くオールを漕いでいたジュリオが注意を促す。
確かに少しずつ波は高くなってきたけど、それでもまだ穏やかな方だと思う。
でも念のため、言われた通りに注意はした方がいいわね。
そして舟は岬の先端にさしかかる。
前世で言うところの『〇サスの崖』っぽい。
ジュリオが言ってた通りに波は少し高くなったけど、舟の進むスピードはそれほど変わらない。
ゆらゆらと揺れながら舟は岬を回り込み、岬の反対側に向う。
そして……
「……見えたぞ!!アレだよな!?」
ジュリオが叫びながらオールを持ち上げて指し示した先……切り立った岸壁に裂け目が見えた。
それは事前に調べていた情報から想像していた光景とも確かに合致する。
「間違いないわ。あそこが『青の洞窟』の入り口よ」
「よっしゃ!こっからが本番だな!」
「腕が鳴るですニャ!」
洞窟には魔物が出るって話だから護衛役の二人は気合を入れてるみたい。
遭遇しないで済むならそれに越したことはないんだけどね。
そして舟は一直線に岸壁の裂け目へと向う。
近付いてみると、その裂け目は遠目に見えて想像していたよりも幅がかなり広い。
私たちの乗った舟なら五、六艘は横に並べられそうなくらい。
両側は切り立った高い壁に挟まれてるけど、ちょうど太陽の光が入り口や天井から真っ直ぐに入り込む位置関係らしい。
奥に行くに従ってだんだんと浅くなり、深い紺碧から晴れ渡った空色へと変化していく。
底が白い砂地になっていて、光の加減で綺麗な青を生み出しているみたい。
そして舟がどんどん奥へと進んでいくと、岸壁の裂け目から続く洞窟の入り口が見えてきた。
幅はそのままに、天井も十分に高いその洞窟に舟は入っていった。
鍾乳石らしき岩肌は海水に濡れてキラキラと青白く輝き、水面は美しいマリンブルー。
あまりに幻想的で美しい光景に私は暫し無言になって見惚れる。
ジュリオもオールを漕ぐ手を止めて溜息をつきながらぐるりと周囲を見渡し、ミャーコはあんぐと口を開けて驚いた表情をしていた。
「綺麗……まさに青の洞窟ね。これを観るだけでもここに来た価値があるわ」
「ふわぁ〜……ですニャ」
「もっとアクセスが良かったら人気観光地になりそうだよな」
確かに。
想像より広いとは言え流石に大型船では入れないし、小舟を漕いで来るにはちょっと遠い。
前世みたいにモーター付きのボートでも無いと気軽には来られないでしょうね。
でも、おかげで観光客でごった返すこともないし、じっくりこの絶景を楽しめる。
頑張ってここまで来た人の特権ね。
洞窟の奥に入っても、ところどころ天井に空いた穴から光が差し込んできて、よりいっそう美しく彩っていた。
そんな神秘的ですらある光景をゆらゆらと小舟に揺られながら堪能し、私たちは青の洞窟の更に奥の方へと進んでいくのだった。




