2話 落ちこぼれ魔術師とA級魔獣
ロックゴーレムが地面を蹴った。
巨体が一気に迫り、振り下ろされた拳を横へ跳んでかわす。
直後、岩の塊が地面へ深くめり込み、腹の底まで響くような轟音とともに洞窟全体が大きく揺れた。
体は大きいが、決して愚鈍ではない。
ヴァンを吹き飛ばした拳もそうだったが、見た目から想像するよりずっと速い。
まともに受ければ、無事では済まないだろう。
俺は着地と同時に右手を向ける。
「《雷撃》!」
掌から放った雷がロックゴーレムの胴体へ直撃する。
青白い電流が岩肌を駆け抜け、薄暗い洞窟を一瞬だけ照らした。
しかし、ロックゴーレムはびくともしなかった。
「……やっぱり初級魔法程度じゃ駄目か」
それなら、刀はどうだ。
腰の愛刀を抜き、こちらへ伸びてきた腕を避けながら懐へ潜り込む。
狙ったのは右脚。体重を乗せて刀を叩きつけると、甲高い音とともに火花が散った。
刃は岩肌をわずかに削っただけで、すぐに弾き返される。
普通に斬った程度じゃ全く通らない。
ロックゴーレムが腕を横薙ぎに振るう。
その動きを見た俺は、足裏に雷を発生させ、その反動で地を蹴った。
巨大な拳が鼻先を掠め、背後の岩壁へ叩きつけられる。
雷は通らない。刀も弾かれる。
実に相性のいい相手だ。もちろん、悪い意味で。
出し惜しみをしている場合じゃない。
距離を取りながら刀を鞘へ納め、腰を低く落とす。
右手を柄へ添え、ロックゴーレムの動きを窺う。
巨体がこちらへ向き直り、地面を揺らしながら迫ってきた。
俺も足元へ魔力を集中させる。
「《雷瞬》!」
足元で雷が爆ぜ、一気に間合いを詰める。
それと同時に、鞘の中の刀身へ雷を纏わせ、魔力を乗せていく。
《雷瞬》による加速に、雷を纏わせた抜刀術を重ねる。
これが俺の必殺技――
「《牙狼》!」
抜刀と同時に、雷を纏わせた刀身を一気に振り抜いた。
雷鳴とともに斬撃がロックゴーレムの右肩へ直撃し、衝撃で岩の破片が辺りへ飛び散る。
そのまま巨体の横を抜け、数歩先で地面を滑るように着地した。
「すげぇ……」
後方から、ヴァンの感嘆した声が聞こえた。
だが、振り返った俺の目に入ったのは、肩の表面をわずかに削られただけのロックゴーレムだった。
分厚い岩盤の奥までは、刃が届いていない。
「くそっ……これでも通らないか」
普通なら、《牙狼》をまともに受ければそこで終わる。
どうやらこいつに、普通という言葉は通じないらしい。
「ルロイ! 後ろ!」
ヴァンの叫びに反応して振り向く。
すでに巨大な拳が目の前まで迫っていた。
「――《雷障壁》!」
咄嗟に突き出した両手の前へ雷を集め、障壁を展開する。
直後、ロックゴーレムの拳が激突した。
雷の障壁が激しく明滅しながら衝撃を受け止める。
だが、数秒と持たずに弾け飛び、押し切られた俺の身体はそのまま後方の岩壁へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
背中に鈍い痛みが走り、肺の空気が一気に押し出される。
それでもどうにか倒れず、岩壁へ手をついて身体を起こした。
直撃こそ避けたが、それでもこれだけの威力だ。
次にまともに喰らえば、おしまいだろう。
ロックゴーレムはもう次の一歩を踏み出している。
攻撃は通らず、防御しても簡単に魔法壁を突破してくる。
正面から力比べをして勝てる相手じゃない。
「……悪い夢でも見てるみたいだ」
何か策はないか。ロックゴーレムの全身を覆う岩盤へ目を凝らす。
腕を動かすたびに岩と岩の継ぎ目がずれ、わずかな隙間が生まれている。
「……そうだ! ルロイ!」
岩壁の窪みから、ヴァンの声が飛んできた。
「ゴーレムなら、どこかにコアがあるはずだ!」
「コア?」
「ああ! 身体を動かす魔力の核だ! そこを壊せば倒せる!」
ロックゴーレムへ視線を向ける。
ちょうど巨大な腕が持ち上がった瞬間、胸部を覆う岩盤の隙間から赤い光が覗いた。
目を凝らすと、幾重にも重なった岩の奥で菱形の結晶が淡く脈打っている。
「あれか」
問題は、その手前を覆う岩盤だ。
ロックゴーレムが拳を振り下ろしてきた。
俺は横へ飛んで拳をかわし、その脇をすり抜ける。
続けて振るわれた左腕を身体を沈めて避け、そのまま巨体の背後へ回り込んだ。
ロックゴーレムの攻撃は速いが、動き自体は単純だ。
俺が位置を変えれば、必ず身体ごとこちらへ向き直り、正面から潰しにくる。
なら、その動きを利用できる。
距離を取りながら右手を前へ出し、掌を上へ向けた。
足元に青白い魔法陣が浮かび上がる。
幾何学模様を描く光の線が次々と繋がり、魔法陣の縁を細い雷が走った。
呼応するように俺の右腕にも青白い電流が絡みつき、やがて開いた掌の上へ雷が集まり始める。
「迸る稲妻よ――」
詠唱とともに、掌へ集まる雷が激しさを増していく。
「我が掌に集い、その力を解き放て」
魔法陣が強く輝き、集結した雷が一つの塊となって右手の上で激しく明滅した。
雷の中級魔法――《サンダーボルト》。
「なっ……」
後ろで誰かが息を呑んだ。
ヴァンを含めたクラスメイトたちが、あっけに取られた顔で俺を見ている。
構わず、掌に雷を留めたままロックゴーレムへ向かって駆ける。
青白い火花を散らす俺を捉え、巨体が右腕を振り上げた。
――食いついた。
振り下ろされる拳の直前、足元で雷を弾けさせ、一気に懐へ潜り込む。
そのまま地面へ突き刺さった太い腕へ足を掛け、岩肌を蹴りながら肩まで駆け上がった。
ロックゴーレムが身体を大きく揺らし、俺を振り落とそうとする。
その前に肩を蹴って跳んだ。
「《サンダーボルト》!」
掌に留めていた雷を、至近距離から一気に解放する。
爆音とともに白い雷光がロックゴーレムの顔面で炸裂し、凄まじい衝撃に巨体の頭部が大きく仰け反った。
岩肌が砕け、飛び散った破片が洞窟の壁を激しく叩く。
《サンダーボルト》を至近距離から受けても、まだ倒れる気配はない。
最初から倒すために撃ったわけじゃない。あの雷光で視界を奪えれば十分だ。
ロックゴーレムの動きが止まった。
――今だ。
空中へ雷を集中させ、一瞬だけ足場を作る。
それを蹴った瞬間、足元で雷が弾け、その反動で身体がさらに上へ押し上げられた。
「げっ……お前、そんなこともできんの!?」
ヴァンの声を背中に聞きながら、ロックゴーレムの頭上へ回り込む。
眼下では、ようやく視界を取り戻したロックゴーレムが俺を探すように辺りを見回している。
あの位置からなら、すぐには攻撃できない。
そして今、俺とコアを遮っているのは、あの分厚い岩盤だけだ。
《牙狼》でも破れなかったのなら――それ以上の力で、無理やり剥がす。
俺は空中で両手を左右へ広げ、呼吸を整えた。
「――雷よ」
詠唱を始めた瞬間、周囲の空気が震えた。
両腕から溢れた雷が空中を走り、俺を中心に幾重もの魔法陣が展開される。
「我が示す座標へと集束せよ。その威をもって――」
魔法陣が一斉に輝き、散っていた雷が両手の間へ集まっていく。
「お、おい……」
下からヴァンの声が聞こえた。
「その詠唱……まさか……」
両手を合わせる。圧縮された雷が激しい音を立て、指の隙間から白い光を漏らした。
「嘘だろ……なんでお前が……」
今から使うのは、中級魔法どころじゃない。
Aクラス以上の魔術師が扱う上級魔法だ。
「敵を、穿て――」
両手を腰へ引き絞る。全身の魔力が腕を伝って掌へ流れ込み、収束した雷が今にも弾けそうなほど膨れ上がった。
そのとき、ロックゴーレムが俺を見つけた。
巨体がこちらを見上げて咆哮を上げると、地面から岩の塊を掴み上げる。
「おい、ルロイ! 来るぞ!」
ロックゴーレムが大きく腕を振りかぶり、巨大な岩塊を投げ放った。
ここで詠唱を中断すれば、もう一度最初からやり直しだ。
だったら――先に撃つ。
飛来する岩塊へ狙いを定め、その向こうにいるロックゴーレムまで射線を合わせる。
俺は引き絞っていた両手を、一気に突き出した。
「――《ライトニングボルト》!!」
雷光が爆発した。
両手から解き放たれた雷が一直線に洞窟を走り、飛んできた岩塊へ激突する。
轟音とともに岩が粉々に砕けた。
放たれた雷は止まらない。
砕け散った岩の向こうを突き抜け、そのままロックゴーレムの胸部へ直撃した。
凄まじい衝撃に巨体が大きく仰け反る。
雷光が全身を包み込み、胸部を覆っていた岩盤に亀裂が走った。
耐えきれなくなった岩が次々と砕け、剥がれ落ちていく。
「いけぇぇぇっ!!」
さらに魔力を送り込む。
ロックゴーレムが両腕を前へ出し、雷を押し返そうとする。
しかし、腕を覆っていた岩盤にも亀裂が広がり、次々と崩れ落ちていった。
そして、胸部を守っていた最後の岩盤が弾け飛ぶ。
その奥から、赤い光が現れた。
コアだ。あとは――あれを破壊するだけだ。
重力に引かれ、身体が落下を始める。
腰の刀へ手を伸ばし、鞘の中の刀身へ残った魔力を流し込んだ。
眼下ではロックゴーレムが体勢を立て直そうとしている。
剥き出しになった胸部では、赤いコアが激しく脈打っていた。
もう一度、空中に雷の足場を作る。
そこへ着地すると同時に、深く踏み込んだ。
「《雷瞬》!」
雷が爆ぜた。落下の勢いに《雷瞬》の加速を重ね、一気にロックゴーレムの胸元へ迫る。
ロックゴーレムも俺を迎え撃つように拳を振り上げた。
その拳が届くより先に、柄を握る。さっきは届かなかった一撃。
だが、今度は違う。
「――《牙狼》!」
抜刀とともに雷を纏った刃が走り、剥き出しになったコアを捉えた。
硬い感触が手に伝わり、一瞬、刀が止まる。
「くっ……!」
両手で柄を握り、そのまま押し切った。
刃が赤い結晶へ食い込み、そこから亀裂が広がっていく。
その感触を確かに捉えた瞬間、俺は力の限り刀を振り抜いた。
赤いコアが、真っ二つに割れた。内部から眩い光が溢れ出す。
「――っ!」
俺は危険を察知し、咄嗟に後ろへ跳ぶ。
次の瞬間、砕けたコアから魔力が弾けた。
爆風が洞窟を駆け抜け、砂埃と細かな石片が周囲へ飛び散る。
腕で顔を庇いながら着地する。
しばらくして砂埃が晴れると、そこにはもう動かなくなったロックゴーレムの残骸だけが残っていた。
「……終わったか」
全身から力が抜ける。さすがに魔力を使いすぎた。
できることなら、今すぐサボり部屋で横になりたい。
刀を鞘へ戻したところで、後ろから声がした。
「……す」
振り返ると、ヴァンがこちらを見ていた。
「すっげぇぇぇぇぇぇ!!」
洞窟中に声が響いた。
「お前なんだよ今の!? 《サンダーボルト》使ってたよな!? っていうか最後のあれ《ライトニングボルト》だろ!? なんでお前が上級魔法なんか――」
「……うるさい、一気に喋るな。頭に響く」
「いやいやいや! 無理だろ! なんでそんな冷静なんだよ!」
怪我人とは思えない元気さだ。
少なくとも、これだけうるさければ死ぬ心配はなさそうだ。
……安心した。
だが、ヴァンとは対照的に、他のクラスメイトたちは静かだった。
その視線は、倒したロックゴーレムではなく俺に集まっていた。
理解できないものを見るような戸惑いが、その目には浮かんでいる。
そして、その奥にあるのは――恐怖。
無理もない。初級程度の雷魔法しか使えない、万年Cクラスの落ちこぼれ。
そんな俺が、目の前でA級魔獣を倒してしまったのだから。
これで、明日からも今まで通り――とはいかないだろう。
……面倒なことになったな。
そのときだった。
「……?」
誰かに見られている。クラスメイトたちとは違う。
洞窟の奥――暗闇の向こうから、こちらを窺うような視線を感じた。
気のせいか――いや。
あの視線には、覚えがある。




