第24話 聖都観光
【アリカ視点】
抜けるような青空の下、白亜の石畳が陽光を反射して、まぶしく輝いていた。
ここは、すべての信徒が憧れる聖都。
昨日、大神殿の奥でガイアが『神の左手』と『神の目玉』をぶっ飛ばして吸収してしまうという、とんでもない大事件を起こしたばかりだというのに、街は驚くほど平穏だった。
神殿の上の連中が必死に情報を隠しているのか。それとも、街の人たちには関係のない雲の上の出来事だと思われているのか。
ともかく、広場には香ばしい焼き菓子の匂いが漂い、色鮮やかな織物を売る商人たちの威勢の良い声が響き渡っている。
平和なものだ。
宿屋でぐっすり眠って体力を回復させたあたいたちは、せっかくの機会だからと、三人揃って聖都観光へ繰り出していた。
(あんな化け物と戦った直後だってのに、本当に呑気なものね)
あたいは前を歩くガイアの背中を見つめながら、小さく息を吐いた。
彼の身体には、恐ろしい神の一部がいくつも宿っているはずなのに、見た目はごく普通の少年のままだ。
隣を歩くリリアが珍しい工芸品を指差してはしゃぎ、ガイアがそれに優しく相槌を打っている。
そんな二人の平和な姿を見ていると、あたいの肩の力も自然と抜けていった。
街路を歩き回り、露店で買った甘酸っぱい果実水を飲んでいると、やがて街の奥まった一角へ辿り着いた。
そこからは、周囲の澄んだ空気とは違う、ふわりとした白い湯気と、かすかな硫黄の匂いが漂ってきている。
「聖都名物の温泉だって。旅の疲れも吹き飛ぶらしいよ」
ガイアが案内板を見上げながら、振り返って笑った。
癒やしの温泉。
その言葉の響きは魅力的だった。
連日の旅と昨日の激闘で、あたいの身体もバキバキにこわばっている。
だが、案内板の横に書かれた注意書きを見て、あたいは思わず顔を引きつらせた。
(こ、混浴……!?)
神聖な教えにより、この温泉では老若男女が隔てなく、自然の恵みを分かち合うのが習わしなのだという。
いくら湯着のようなものを身につけるとはいえ、ガイアと一緒のお湯に浸かるなんて。
脱衣所の前で、あたいは真っ赤になった顔を隠すように腕を組み、わざとらしく顔を背けた。
「ふんっ、別にアンタに肌を見せるために入るんじゃないからねっ! ただの思い出づくりよっ!」
「あははっ、アリカちゃんツンツンモードだね」
「はははっ、ちゃんと大事なところは隠すよ!」
あたいの精一杯の強がりに、リリアがコロコロと鈴を転がすように笑う。
ガイアも苦笑いしながら、両手を上げて降参の格好をした。
馬鹿にされているような気がして腹が立ったけれど、ここで引き下がるのも悔しい。
あたいは足音を荒げながら、女性用の脱衣所へ飛び込んだ。
◇◆◇
湯気で白く霞む浴場は、広々とした岩造りになっていた。
かすかな硫黄の匂いと、岩肌を流れ落ちるお湯の音が心地よく響いている。
支給された薄手の湯着をしっかり身体へ巻きつけ、お湯に足を入れた。
「あっつ……」
ピリッとした熱さが、じんわりと身体の芯まで染み渡っていく。
緊張しながら肩までお湯に浸かったものの、予想していたような恥ずかしい展開にはならなかった。
「なんか、若い人いないわね」
「うん」
周囲を見渡して、あたいは思わず呟いた。
隣で同じようにお湯へ浸かっているガイアが、力なく頷く。
広い温泉を占拠しているのは、顔中を皺くちゃにして気持ちよさそうに目を細める、おばあちゃんたちの集団だったのだ。
若くてピチピチした女の子なんて、あたいとリリアしかいない。
しかも、おばあちゃんたちは、見慣れない若い男の子であるガイアに興味津々だった。
「あんた、可愛い顔してるねぇ。どこの生まれだい?」
「ほら、お肩を揉んでやろうかねぇ」
「あ、いえ、その、大丈夫ですっ! お構いなく!」
四方八方から伸びてくる皺だらけの手に囲まれ、ガイアは顔を真っ赤にして縮こまっている。
昨日、神の目玉を撃ち抜いたときの凛々しさは見る影もない。
完全に、おばあちゃんたちのペースへ巻き込まれていた。
そんなガイアの様子がおかしくて、あたいとリリアは顔を見合わせ、くすくすと笑い合った。
結局、あまりゆっくりくつろげる雰囲気ではなかったものの、お湯の質は最高だった。
肌はすべすべになり、手足のだるさも綺麗に消えている。
お湯から上がったあたいたちは、休憩所で冷たい牛乳の瓶を受け取った。
「ぷはーっ! 生き返るわ!」
腰に手を当てて一気に飲み干す。
冷たくて甘い牛乳が、火照った喉を爽快に通り抜けていった。
すっかりさっぱりした気分になり、あたいたちは大満足で温泉の建物を後にした。
◇◆◇
しかし、表へ出た途端、あたいの足はピタリと止まった。
風が急に冷たくなったように感じる。
のどかな温泉街の風景の中、そこだけ異質な空気が漂っていた。
建物の前には、豪華な金糸の刺繍が入った祭服をまとう高位の神官が立っている。
その背後には、銀色の甲冑に身を包んだ聖騎士たちが、ずらりと並んでいた。
ガチャリ、と重々しい金属音が鳴る。
一瞬で周囲の空気が張り詰めた。
(昨日の今日で、やっぱり捕まりに来たのね……!)
あたいは反射的に身構え、懐の爆弾へ手を伸ばしかけた。
ガイアもわずかに表情を硬くし、リリアをかばうように一歩前へ出る。
だが、進み出てきた神官の顔に浮かんでいたのは、怒りでも敵意でもなかった。
すがるような、切実な表情だ。
「すみません。神のことで、ご相談があります」
神官が深々と頭を下げた。
思いがけない言葉に、あたいたちは面食らったまま立ち尽くす。
そのときだった。
突然、ガイアの顔に異変が起きた。
「え……?」
ガイアの左目が、何の前触れもなく動き始めたのだ。
パチパチ、パチパチ。
本人の意思とは関係なく、不自然なリズムで瞬きを繰り返している。
まるで、何かの合図を送る信号のようだった。
それを見た神官が、ハッと息を呑んで目を見開く。
「そっ、その信号は!」
次の瞬間。
「皆の者! このお方こそが神である!」
「えっ?」
神官が感極まったような叫び声を上げた。
そして彼と、背後に控えていた屈強な聖騎士たちが、一斉に石畳の上へ膝をつく。
そのまま、ガイアに向かって深々と平伏した。
圧倒的な静寂。
湯上がりの爽快感は、どこかへ吹き飛んでいた。
あまりにも予想外すぎる光景に、あたいたちは開いた口が塞がらないまま、ただその場に立ち尽くしていた。
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