第22話 突入
【ガイア視点】
どこまでも続く土埃の道を、白い法衣をまとった信徒たちの列がゆっくりと進んでいく。
荷馬車の車輪が軋む音と、絶え間なく捧げられる祈りの歌声が、熱を帯びた風に乗って耳へ届いた。
僕たちは巡礼団の中ほどに紛れ込みながら、周囲の目を気にして声を潜めていた。
日差しを遮るために深くかぶったフードの下で、僕はリリアとアリカへ顔を寄せる。
「実は、神殿の奥に、目玉の化け物がいるんだ」
「もしかして、それを倒すの? この前の指みたいに?」
「うん」
「おもしろそうじゃない! やりましょう!」
リリアが目を丸くして確認すると、アリカは口元に好戦的な笑みを浮かべて即答した。
敬虔な巡礼団のただ中で交わすには、あまりにも不敬で物騒な相談だ。
だけど、二人の頼もしい言葉に、僕の胸にあった緊張が少しだけ和らいだ。
◇◆◇
それから数日の旅を経て、僕たちはついに目的地へ辿り着いた。
地平線の向こうに姿を現したのは、まぶしいほどの白亜の城壁に囲まれた巨大な都市だった。
天を突くような尖塔からは、人々の魂まで震わせるような重厚な鐘の音が響き渡っている。
ここが、すべての信徒たちが憧れる聖都だ。
城門の入口では、厳しい顔つきの神官たちが巡礼者の持ち物を改め、喜捨を受け取っていた。
信仰の証として農作物を捧げる者や、手織りの布を差し出す者もいる。
僕たちは、あらかじめ用意しておいた路銀の一部を硬貨にして盆の上へ置いた。
無事に門をくぐり抜けると、街の中は外の荒野とは別世界だった。
石畳は塵一つないほど磨き上げられ、通りには清らかな水路が引かれている。
僕たちは目的の場所へ向けて、迷うことなく足を進めた。
街の中央にそびえ立つ大神殿。
その巨大な扉を押し開けると、ひんやりと冷たい空気が頬を撫でた。
高い天井には色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれ、神聖な光の柱を床へ落としている。
でも、その荘厳な空間には、場違いなほどの緊張感が張り詰めていた。
奥の間へと続く大通路には、豪華な祭服を着た高位の神官たちと、銀色の鎧に身を包んだ聖騎士たちがずらりと並んでいる。
誰もが武器に手をかけ、険しい表情で油断なく周囲を警戒していた。
(うん。たぶん、僕を警戒しているんだろうな)
僕が神の力を宿していることを、すでに神殿の上の人たちは知っているのだろう。
突き刺さるような視線を感じながら、僕は奥にある重厚な扉へ目を向けた。
そのときだった。
『いるぞ。この奥だ』
胸の奥で、心臓が地の底を這うような低い声を響かせた。
直後。
ズドォォォンッ!!
地響きのような轟音とともに、奥の間の巨大な扉が内側から吹き飛ばされた。
舞い散る木片と土煙の向こうから姿を現したのは、おぞましい異形だった。
家屋ほどの大きさがある、巨大な『左手』。
青白い皮膚には無数の血管が浮き上がり、小指だけが欠けている。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
「ば、化け物だ! 逃げろ!」
神聖な空間に現れた悪夢に、聖騎士たちはおろか、祈りを捧げていた信徒たちまで悲鳴を上げた。
人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「ホントに化け物いたねっ!」
「見てっ! 奥にデッカイ目玉!」
リリアの声に続いて、アリカが奥を指差した。
うごめく巨大な左手の向こう。
薄暗い祭壇の奥から、血走った巨大な眼球がこちらをギョロリと睨みつけていた。
「任せてっ! 制限解除! ファイブアローッ!」
僕は瞬時に魔力を練り上げ、左手を突き出した。
五本の光の矢が一斉に放たれる。
空気を切り裂き、鋭い軌道を描きながら目玉へ殺到する光。
だが、巨大な左手が素早く動いた。
盾のように目玉の前へ立ちはだかり、五本の光の矢をまとめて受け止める。
ズドォォンッ!!
鼓膜を揺らす衝撃音が神殿に響いた。
それでも、左手の青白い皮膚には焦げ跡が刻まれただけだった。
「くっ、指一本の比じゃない! 強い!」
「じゃ、これならどうかしら?」
僕が唇を噛む横で、アリカが一歩前へ出た。
彼女がバサリとローブを開く。
その内側には、安全ピンのついた無骨な金属の玉がいくつもぶら下がっていた。
機械帝国の火器らしい。
アリカは流れるような動きで金属の玉を一つ掴むと、ピンを歯で引き抜いた。
「くらいなさい!」
渾身の力で投げつける。
金属の玉は放物線を描き、巨大な目玉の手前へ転がった。
一瞬の静寂。
ドガーンッ!!
鼓膜を破るような爆発音が神殿内へ響き渡り、猛烈な爆炎と黒煙が吹き上がった。
煙が晴れていく。
巨大な左手と目玉が、忌々しそうにアリカを睨みつけていた。
明らかな敵意。
自分たちを傷つける、厄介な相手だと認識したらしい。
『いかん。あの機械帝国の娘を守れ!』
心臓の切羽詰まった警告が、頭の中へ響いた。
その瞬間。
目玉の瞳孔が、不気味に収縮した。
青い光が一気に膨れ上がる。
バシュッ!
一直線に放たれた光線が空気を焦がしながら走り、アリカの腕を正確に撃ち抜いた。
「キャアッ!」
「アリカちゃん! ヒーリング!」
鮮血が舞い、アリカが苦痛の声を上げて膝をつく。
だが、間髪入れずにリリアの澄んだ声が響いた。
淡い緑色の光がアリカの身体を包み込む。
焼けた肉と流れる血が、見る見るうちに塞がっていった。
痛みが引いたのか、アリカはすぐに立ち上がった。
血のついた腕を振るい、不敵な笑みを浮かべる。
「よくやったわね! もう一発くらいなさい!」
再びローブから金属の玉を引き抜く。
ピンを弾き飛ばし、そのまま目玉へ投げつけた。
だが、化け物も同じ手は食わなかった。
巨大な左手が俊敏に動き、目玉を守るように空中で金属の玉を掴み取る。
ボンッ!!
手の中で、くぐもった爆発音が響いた。
黒煙が指の隙間から噴き出す。
それでも、分厚い皮膚を破るまでには至らない。
だけど、その瞬間。
巨大な左手は目玉を守るために動き、その視界を大きく塞いでいた。
「いまだっ、ワンショット!」
僕は左手の小指へ、すべての魔力を集中させた。
狙うのは、目玉の中央。
あの巨大な瞳孔だ。
小指の先に、禍々しい赤黒い光が凝縮していく。
限界まで圧縮された魔力が、空間そのものを震わせた。
「いっけぇぇぇっ!」
バシュウウウウウウウッ!!
極太の赤黒い光線が、小指から撃ち出された。
光線は巨大な左手のすぐ横をかすめ、その背後にある目玉へ一直線に突き進む。
そして。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!
巨大な瞳孔の中央を、無慈悲に貫いた。
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