↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の骸でできた世界で、蠢く部位たち~心臓を宿した少年の暗黒譚~  作者: 塩野さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/28

第21話 巡礼の旅

【ガイア視点】


 クーデの街を治める領主の館は、静寂とほのかな香木の匂いに包まれた、厳かな空間だった。


 高い窓から差し込む陽光が、磨き上げられた白い床へ幾何学模様の影を落としている。

 僕はその冷たい床を踏みしめながら、領主であるソーン様の前に立っていた。

 謁見の間には、僕とソーン様、そして背後に控えるリリアとアリカのかすかな息遣いだけが響いている。


 僕たちは次の目的地である聖都(せいと)へ向かうための、安全な手段を探していた。そのため、この街の領主であるソーン様に知恵を借りようと考えたのだ。


「――というわけで、僕らは聖都へ向かいたいのです」

「なるほど。お前たちの事情はよく分かった」

「何か、良い手立てはないでしょうか?」

「来週、このクーデの街から聖都へ向かう巡礼団(じゅんれいだん)が出発する。それに混ざってはどうだ?」


 ソーン様は、豊かな白い顎髭を撫でながら、深く穏やかな声で提案してくれた。


 巡礼団。


 聖都へ向かう敬虔な信徒たちの群れに、僕らが紛れ込むという発想はなかった。

 でも、それは理にかなっている。

 魔物や野盗が潜む街道の治安は、決して良いとは言えない。少人数で旅をするよりも、護衛のついた大きな集団に同行した方が、ずっと安全だ。


 ソーン様は僕らの身なりを一目見ると、ふっと小さく笑った。


「もちろん、ただでとは言わん。相応の路銀(ろぎん)は必要になるがな」

「問題ありません。出発は一週間後ですね」

「ああ。それまでに準備を整えておくといい」


 これで方針は決まった。


 ソーン様へ深く頭を下げ、僕たちは領主の館を後にした。

 重厚な扉が開くと、外の喧騒と熱気が一気に押し寄せてくる。

 見上げた空は、どこまでも高く澄み切っていた。


◇◆◇


 一週間という時間は、短くもあり、長くもあった。


 僕たちは巡礼団へ同行するための路銀、つまり旅の資金を稼ぐために奔走した。

 クーデの街は、相変わらず活気に満ちている。


 石畳の路地には商人たちの威勢の良い声が響き、露店からは香ばしく焼けた魔物肉の匂いや、甘い果実の香りが漂ってくる。


 その誘惑に耐えながら、僕たちはギルドや市場で日銭を稼ぐ仕事に明け暮れた。


 荷運び。

 商人の護衛。

 時には、近くの森での薬草採取。

 泥にまみれ、汗を流し、手のひらにできた豆が潰れては、また硬くなる。


 夕暮れ時。


 僕の古い馬小屋で硬貨を数えるたび、その冷たい金属の感触が、少しずつ旅の準備を形にしていった。


(あと少し……これで足りるはずだ)


 数え終えた硬貨を革袋へしまい込む。

 チャリン、と小気味良い音が響いた。

 僕たちは顔を見合わせ、ほっと息を吐く。


 身体のあちこちは痛んでいたけれど、必要な路銀はどうにか集まった。

 夜が深くなる頃には、遠くの酒場から陽気な歌声が風に乗って聞こえてきた。


 明日は、いよいよ出発の日だ。

 僕は干し草の上へ身体を横たえ、深い眠りについた。


◇◆◇


 そして、約束の朝が訪れた。


 空はまだ薄暗く、夜と朝の境目が淡い藍色に染まっている。

 冷たい朝霧が立ち込めるクーデの正門前には、すでに大勢の人々が集まっていた。


 白い法衣(ほうい)をまとった神官たち。

 荷馬車を引く馬のいななき。

 そして、小さな声で祈りを捧げる信徒たちの群れ。


 吐く息は白く、朝の冷たい空気が肌を刺す。

 僕たちは巡礼団の片隅へ、なるべく目立たないように並んだ。

 周囲からは、ほのかに焚かれた乳香(にゅうこう)の甘く重い匂いが漂ってくる。


「いよいよだね」

「ああ。長旅になりそうだ」

「気を引き締めていこう」


 リリア、アリカと短く言葉を交わし、僕は前方を見つめた。


 巨大な木製の門が、ギギギ、と重々しい音を立てながらゆっくり開いていく。

 その先に続く一本の街道は、昇り始めた朝日に照らされ、遠い地平まで伸びていた。

 巡礼団の先頭に立つ神官が、高く澄んだ声で祈りの歌を紡ぎ始める。


 美しく、荘厳な歌声だった。

 人々はそれに合わせて祈りの言葉を唱え、一歩、また一歩と歩き始める。

 荷馬車の車輪が軋む音。


 無数の足音。

 それらが重なり合い、巡礼団全体が一つの巨大な生き物のように、ゆっくりと街道を進んでいく。


 僕たちも、その波の中へ混ざって歩き出した。

 背中を照らす朝日は暖かく、吹き抜ける風は新しい旅の始まりを祝福しているようだった。


 だけど僕の胸には、少しだけ奇妙な気持ちがあった。

 周囲では、信徒たちが熱心に祈りを捧げている。

 彼らは心の底から神の加護を信じ、救いを求めて、遥か遠い聖都を目指しているのだ。


 でも、僕たちは違う。

 路銀を貯め、この神聖な巡礼団へ混ざっているけれど、僕たちには彼らが崇める神への信仰心なんて、欠片もない。


 それどころか。

 僕の胸の中には、彼らが神として崇める存在の心臓が宿っている。


 そして僕たちは、その神の『目』に会うために聖都へ向かっているのだ。

 なんとも奇妙な巡礼だった。


 そんな滑稽な矛盾を胸に抱いたまま、僕らは朝靄に包まれた街道を歩き続けた。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。