第15話 ガンナーの少女アリカ
【ガンナーの少女アリカ視点】
酸っぱい安酒と汗、それから粗悪な煙草の煙が入り混じった臭いが、鼻の奥をツンと刺激した。
分厚い一枚板の扉の向こうに広がる『冒険者&傭兵ギルド』のホールは、今日もむさ苦しい男たちの怒鳴り声と、下品な笑い声で満ちていた。
このクーデの街は、太古に墜落した神の巨大な骨を削り出して造られているという。街並みはどこも白く滑らかで綺麗だけれど、ギルドの中だけは別だ。
顔に傷のある傭兵や、分厚い鎧を着込んだ野蛮な連中が、大きな木のジョッキをぶつけ合って酒を飲んでいる。
アタイは大陸の中央を支配する機械化帝国から、この辺境の街までわざわざやって来た。
神の血を燃やし、歯車と蒸気で動く帝都の空は、昼夜を問わず鉛色の煤煙で覆われている。それに比べれば、この街の抜けるような青空と澄んだ空気は悪くない。
でも、集まっている冒険者たちのレベルの低さにはウンザリだ。
さっきだって、筋肉ダルマみたいな大剣使いに「俺と組まねえか」と声をかけられたが、一秒で断ってやった。あんな動きの鈍い的、一緒に行ったら足手まといになるだけだ。
帝国にとって、神は過去の遺物であり、単なる資源でしかない。
神の血をエネルギーとして撃ち出す帝国の武器こそが、この世界で最も優れているのだ。野蛮な剣や、頭の痛くなるような魔法なんて時代遅れもいいところだ。
「だから! アタイにふさわしい相棒を出せって言ってるの!」
アタイは受付のカウンターを、ドンッと両手で力いっぱい叩いた。
革の手袋越しでも、手が少し痛い。
「このガンナーのアタイが、一番強いヤツと組んでやろうって言ってるのさ! だから一番強いヤツを出しなよ!」
背中に背負った愛銃――帝国の最新技術が詰め込まれた、黒光りするライフルを見せつけるように胸を張る。
アタイの剣幕に、カウンターの奥にいた赤い髪の受付嬢は、深く、長いため息をついた。
この受付のお姉さん、アタイが昨日から何度文句を言っても全然動じないから調子が狂う。
「ええ、ですから、さっきから何度も言っているでしょう。この街で一番強い冒険者を探しているなら、そこにいらっしゃる名誉戦士のガイアくんとリリアさんかと……」
受付嬢が、羽根ペンの先でホールの隅を指し示した。
名誉戦士。
その響きだけは立派だ。
きっと、身の丈ほどもある巨大な剣を背負った歴戦の猛者か、あるいは魔法を極めた賢者のような威厳ある人物に違いない。
アタイは期待に胸を膨らませて、指し示された方向を振り返った。
ホールの隅にある、丸い木のテーブル。
そこに座っていたのは――。
「あーん、ガイアくん。お肉ばっかり食べないで、パンも食べてね」
「分かってるって。でもこの串焼き、すごく美味しいんだよ。リリアも一口食べる?」
「食べるー!」
平和だった。
恐ろしく平和な光景が、そこにあった。
男の方は、アタイと同じくらいの年齢に見える少年だ。
冒険者らしい厳つい鎧なんて着ていないし、何より背が低い。アタイより頭一つ分は小さいんじゃないか。
しかも、その傍らの壁に立てかけられているのは……なんだあれ。
ただの細長い木の棒?
いや、よく見たら先端に洗濯物を干すような跡がついている。
隣に座っている女の子も、栗色の髪をふんわりと揺らし、ニコニコと笑いながら串焼きをかじっている。どう見ても、街のパン屋かどこかの普通の女の子だ。
アタイはあんぐりと口を開けたまま、ゆっくりと受付嬢に向き直った。
「……ねえ。嘘でしょ?」
「嘘じゃないわよ。森の危機を救って、領主様から直々に『名誉戦士』の称号をもらった、正真正銘のギルドの英雄よ。まあ、常識はいろいろと欠けてるけどね」
「英雄……?」
信じられない。
アタイは肩を怒らせ、ズカズカとそのテーブルへ向かって歩いていった。床を蹴る革靴の音が、ギルドの喧騒の中でもやけに響く。
二人のテーブルの前へ立ち止まり、アタイは腰に手を当てて仁王立ちになった。
少年と少女が、きょとんとした顔でこちらを見上げる。
少年の口の周りには、串焼きの甘辛いタレがべっとりとついていた。
「はあっ!? こんなヒョロいボクと女の子のどこが強いかわかんないんですけどー!?」
アタイが声を張り上げると、ギルドの中の冒険者たちがニヤニヤとこちらを見始めた。
少年――ガイアと呼ばれた少年は、串焼きの肉をゴクリと飲み込んでから、困ったように眉を下げた。
「いやー、そう言われても困るなぁ」
「困りますぅ……」
隣の女の子、リリアも同調するように首をすくめる。
なんだ、この気の抜けた態度は。
歴戦の猛者どころか、ちょっとでも凄めば泣き出しそうじゃないか。
こんな連中が、クーデの街で一番強い『名誉戦士』だなんて絶対に認められない。
「いい? アタイは帝国から来たエリートガンナーなの! そんな棒きれを振り回してるヤツと一緒にされたら、アタイのライフルが泣くわ!」
アタイは背中のライフルを外し、自慢げに突き付けた。
鈍く光る鋼鉄の銃身と、美しい真鍮の歯車。この美しさと破壊力は、こんな辺境の田舎者には一生理解できないだろう。
「それじゃ、魔物を何匹狩れるか勝負よ! アンタらがアタイに勝てたら、仲間になってあげる!」
アタイの宣言に、ガイアは大きくため息をついた。
そして、手の中の串の最後の一切れを口へ放り込むと、やれやれという顔でアタイを見る。
「なんで勝負する前提なんだろう……」
「いいから! 名誉戦士っていうなら、アタイにその実力を見せてみなさいよね!」
強引に話を進めてやった。
このくらいしないと、アタイの気は収まらない。
こうして、奇妙な魔物狩り勝負が始まった。
(ふんっ! こんなヤツら倒して、帝国のライフルの良さをもっと広めるんだからっ!)
アタイはライフルを肩に担ぎ直し、意気揚々とギルドの出口へ向かって歩き出した。
後ろから、
「えー、今から行くの?」
「お腹いっぱいなのにぃ」
という情けない声が聞こえてきた気がしたが、アタイは一切無視することに決めた。
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