『祖父の遺言が箇条書きだった』
祖父は几帳面だった。
引き出しはラベル付き、本棚はあいうえお順、冷蔵庫の中も賞味期限順。
とはいえ、流石にやりすぎだと思った出来事がある。
遺言が箇条書きだったのだ。
葬儀の翌日、居間で三人が遺言を聞いた。健二、母、叔父。
母が紙を読む。
「・通帳は引き出しの左」
実務的な祖父らしい始まり。
その後もいくつか、事務的な箇条書きが読み上げられていく。
すると、唐突に母の読み上げ止まった。
二度、三度と紙の上を目が滑っている。
「・田辺さんのご飯は引き出しの右」
読み上げた母の声は僅かに戸惑っていた。
全員が首を傾げた。
叔父がぽかんとしている。健二が母を見た。母は紙をもう一度見て、また読み上げた。
「・田辺さんのことが好きだった」
居間の空気が変わった。
叔父が顔を上げた。「誰だ」と言ったが、声が出ていない。健二の心臓が速くなった。
祖母が亡くなって、十年以上経っている。
祖父にも色々あったのかもしれない。
母は続きを読む。感情をなくしたように、淡々と。
「・バイクで北海道を走ったのが一番楽しかった」
「・アキコに謝れなかったことがある」
母の声が詰まった。
「・健二は小さいころ泣き虫だった。よく足にひっついてきて、可愛かった」
健二は目頭が熱くなった。小学校まで、祖父の家に預けられるたびに泣いていた。昔ながらの和風の家は、幼心には何故か怖く思えた。
祖父は何も言わず、ただそばにいた。
「・人生で怖いと思ったことは一度もない」
叔父が頷きかけた。
「・嘘だが」
叔父の頷きが止まった。
母が最後の項目を読んだ。
「・ありがとう」
二行分のスペースがあるのに、一行だけ。
叔父が先に泣いた。それから母。最後に健二。誰も喋らなかった。
しばらくして、猫が廊下からひょこりと入ってきた。
白い小柄な猫。祖父の足元によくいた。仏壇の前で座った。
健二はふと、立ち上がった。直感だった。
引き出しの右を開ける。
猫のエサの袋が入っていた。
健二が猫を見た。
「……田辺さん?」
猫が、にゃあと鳴いた。




