『酔うと面倒臭いタイプの赤鬼』
山のてっぺんに、赤鬼が住んでいた。
角は立派、体はでかい、顔は怖い。だが中身は、拾った石ころを「かわいい」と言って棚に飾るくらいには繊細だった。
悩みがあった。人間と仲良くなりたいのである。
試しに洞窟の入り口に看板を立ててみた。
**『気さくな鬼の家 どなたでもどうぞ』**
一週間、誰も来なかった。二週間目に猟師が来たが、看板を見るなり踵を返して全力で走り去った。三週間目には看板ごと燃やされた。
「なんでだ……」
赤鬼はひざを抱えて洞窟の奥にこもった。そこへ、隣の山から青鬼がやってきた。幼なじみで親友で、この世でいちばん赤鬼の扱いに慣れた存在である。
「どうした、また看板燃やされたのか」
「アオ……おれ、人間と友達になりたいだけなんだよ」
「知ってる」
「なのになんでだ。おれのどこがいけないんだ」
「顔」
「顔は変えられん」
「あと角」
「角も変えられん」
青鬼はしばらく考えて、膝を打った。
「一つ、いい作戦がある」
青鬼の提案はシンプルだった。自分が村に乗り込んで暴れる。そこへ赤鬼が現れて撃退する。村人の目に「人間の味方をした鬼」として映れば、打ち解けるきっかけになる、というものだった。
「でも、お前がそんなことしたら……」
「村を出ていけばいい。どうせおれは一人でも平気だ」
青鬼はけろりと言った。赤鬼は目を潤ませた。
「アオ……」
「泣くな、まだ何もしてない」
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翌日、青鬼は村の広場に降り立った。
「うおおおおおっ! 人間ども、覚悟しろ!」
演技とは思えぬ迫力だった。村人は悲鳴をあげて逃げ惑い、村長は卒倒しかけた。そこへ赤鬼が飛び込んできた。
「やめろ! 青鬼! 人間に手を出すな!」
取っ組み合いの末、青鬼は「ぐぬぬ、覚えておれ」と捨て台詞を残して山へ消えた。名演である。
村人たちはおそるおそる赤鬼を見た。
「た……助けてくれたのか?」
「そうだ! おれは人間が好きなんだ! 友達になりたかっただけなんだ!」
赤鬼の目から、本物の涙がぼろぼろ落ちた。村人たちはざわめき、やがて拍手が起きた。村長が手を差し出した。感動の瞬間だった。
そこで赤鬼は、懐から酒瓶を取り出した。
「よし、祝おう!」
青鬼が遠くの山の陰からそれを見て、小さく呟いた。
「あ、やばい」
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一時間後、村の広場は宴会場と化していた。
「お前ら! おれはなあ! ずっとお前らのことが好きだったんだよ! ずっとだぞ! わかるか! ずっとだ!」
赤鬼は村長の肩を抱いて離さなかった。村長は愛想笑いが限界を超え、もはや能面のような顔になっていた。
青鬼は回収に来たのだが、玄関で捕まっていた。
「アオ! お前が一番の親友だ! お前がいなきゃおれはだめだ! な! そうだろ! な!」
「わかったから離せ、臭い」
「泣くなよアオ! おれも泣くから!」
「泣いてない」
「おれが泣いてる!」
赤鬼は本当に泣き始めた。青鬼は天を仰いだ。
そうこうするうちに赤鬼は「武勇伝」を語り始めた。かつて川で子どもを助けた話である。細部が毎回違うが、今日は川が滝になっていた。聞いていた若者たちは、最初は感心していたが、三回目の繰り返しに入ったところで静かに席を立ち始めた。
「待て、まだ終わってないぞ!」
「お、おれ、そろそろ……」
「まあ飲め!」
赤鬼は逃げ場をふさぐように仁王立ちした。青鬼はため息をついて若者の隣に座り直した。こうなると夜明けまでかかる。経験上わかっていた。
村長の奥さんが青鬼に小声で言った。
「大変ですね、いつもこうなんですか」
「毎回だ」
「仲いいんですね」
青鬼は答えなかった。
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翌朝、赤鬼は洞窟の前で目を覚ました。なぜそこにいるのか、まるで記憶がなかった。手に村長からもらったらしい手ぬぐいが握られていた。
「……昨日、なんかあったっけ」
「いろいろあった」
青鬼が岩の上で腕を組んで座っていた。目の下に隈がある。
「村人と仲良くなれたか?」
「なれた」と青鬼は言った。「ただし、友達というより、飲み仲間として認識されている」
「それでいい!」
「よくない」
赤鬼は会心の笑顔だった。青鬼はまたため息をついたが、口元がわずかに緩んでいた。
後日、村から赤鬼のもとへ使いが来た。秋祭りに呼びたい、とのことだった。
赤鬼は飛び上がって喜んだ。青鬼は使いの者に静かに確認した。
「酒は出るか」
「はい、たっぷりと」
「……介抱料はもらえるか」
使いの者は首をかしげた。青鬼は諦めて空を見上げた。山の向こうに、秋の雲が流れていた。
まあ、いい。こいつの面倒を見るのは、昔からおれの役目だ。
誰に言うでもなく、そう思った。




