9.共犯者たちの化かし合い
ロレナを侯爵家に残し、馬車はゆっくりと出発した。
遠ざかる屋敷。
暖かな陽の光を受ける歴史ある屋敷は、何故か陰鬱な空気を纏っていた。
馬車の中にはエリオスとリーネの二人きり。
二人は斜向かいに座り、それぞれ窓の外を眺めている。リーネが思い出したように結界を張り、中の声が漏れないようにした。
「も~。エリくん、たまには結界張ってよ~」
「そっちの方が魔力が高いんだからそっちが張るべき」
「大司教のくせに~。まぁ、純粋な魔女じゃないからしょうがないけどさぁ……」
文句を言いつつもリーネは笑っている。エリオスはリーネのやや棘のある言い方に小さくため息をついた。
「俺はあんたとは違うんだよ。わかりきったことを一々言うのやめてくれる?」
「えへへ。ごめんね~?」
棘には棘を。リーネに効果がないと知りつつ、言われっぱなしでいるエリオスではない。
ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべているリーネの顔から視線を背け、窓の外から見える市街を眺める。
市街はいつも通り賑やかだ。
侯爵令嬢が首を吊って自殺をして魔女になったなんて、当然ながら誰も知る由はない。
――昨夜から今日にかけてのことを思い出す。
リーネの使い魔である黒い犬、ベルが教会の自室を訪ねてきたのが始まりだった。
ベルはリーネの伝言を簡潔に伝えてきた。
『シュタールベルク侯爵家のロレナ嬢が首を吊って死に、魔女へと蘇りを果たした。彼女は”家族”に復讐するつもりらしい。
興味があれば、明朝シトロン子爵家にお忍びで来て欲しい』
リーネらしい嫌味な伝言だった。
自殺。家族への復讐。
エリオスの心に引っかかるワードを入れて、「興味があれば」なんて、さも親切ぶった言い回しを使う。エリオスを確実に釣るための言い回しなのは、聞かされてすぐにわかった。
ただ、わかっていても無視はできなかった。
まんまとリーネの手のひらの上で転がされてしまうことへの嫌悪はあれど、ロレナ自身にその手の感情はない。
後妻と義妹から軽んじられている哀れな侯爵令嬢。
それがロレナへの印象だった。
「で、どうだった?」
「何が」
「ロレナちゃん。美人系だし磨けば光るタイプだよ~。協力してあげたお礼に害虫よけになってもらったら?」
はあ。と、これみよがしに溜息をつく。
リーネは完全にロレナとエリオスの間に何かが芽生えることを期待している。
「俺達を暇つぶしに使うのやめてくれる?」
「だぁって、暇なんだもん~。ロレナちゃんの復讐劇には興味があるし、協力はしてあげるけど~。
わたしがやるわけじゃないから……どうしても、ね? もうちょっと刺激が欲しいって言うか?」
リーネは足を軽くばたつかせながら笑った。人前に出る時はそれなりの態度でいるが気を抜くとこれである。というか、エリオスが彼女に舐められているのだ。
魔女と、そうでない者。
絶対的な力の差ゆえに。
「そういう刺激は自分で作ればいい。あんたなら簡単なはずだろ」
「やってたけどつまんないんだもん~。自分で書いた小説を読んでも、驚きとか新鮮味がないっていうか~」
「はいはい……。……今はシュタールベルク嬢の復讐で我慢しなよ」
ロレナを生贄に捧げているようで気が引けるが、だからと言ってリーネの暇つぶしの道具になるつもりはない。
リーネは「もう」と頬を膨らませたきり、黙り込む。
静かになったことに安堵しながら、窓の外の流れる景色を眺める。
走り回る子供と追いかける母親。父親と手を繋いで歩く少女。楽しそうに店の手伝いをする兄弟や姉妹。
”模範的な家族像”はそこらに溢れているのに、シュタールベルク家はそうではない。
ロレナは家族への復讐を決意し、いずれは家族と決別するだろう。
哀れな侯爵令嬢だったはずのロレナの顔がぼやける。
「……シュタールベルク嬢は、復讐をちゃんとやり遂げられるのかな」
「え? そりゃあ、やり遂げるに決まってるよ~。わたしがちゃんとアドバイスしたしね。
”誰かさん”と違って、中途半端には終わらせないと思うよぉ?」
独り言のつもりだったのに、リーネにしっかり拾われてしまった。舌打ちをしそうになるのをぐっと堪え、リーネを睨む。
「わぁ、こわぁい」
「うるさいな」
「いざとなったらわたしがちゃーんと協力するしね。
……まぁ、ロレナちゃんが途中でくじけたり、ビビッたりしないことを祈るくらいかな~」
リーネは眉を寄せて腕組みをした。
――確かに。存外、復讐というのはパワーを使う。用意にも実行にも。その途中でロレナが折れないとも限らないのだ。
強い意志を見せてはいても、どんなイレギュラーや心境の変化が起こるかわからない。
「一番嫌なのは絆されることなんだよね~。
継母と義妹はともかくとして、父親と婚約者の存在が気になるところ。
父親とはフツーに血が繋がってるしぃ、婚約者とも最初は仲良かったみたいだしぃ?」
思わず眉を寄せる。父親はともかく、婚約者?
エリオスの表情の変化に気付いたリーネが口元に手を当てて、にまぁっと笑った。
「あれれ~? エリオス大司教さま、ロレナちゃんの婚約者をご存じない?
テオドール・ウルティア。ウルティア侯爵家の長男だよ。ロレナちゃんのことを嫁がせるつもりだったみたい。
まぁ、義妹が寝取っちゃったせいで、そのへんもどうなるんだかわかんないけど~?」
嫌味ったらしいリーネの言葉に溜息しか出てこない。
何か反応すれば面白がられるだけなので、ふいっと顔を背けて無視をすることにした。
年齢的にも家柄を考えても、婚約者がいるのは当然のことだ。
しかし――義妹に寝取られた?
(……まさか、婚約者を愛していたから自殺を図った? ……そういう感じじゃなかったけど。
愛が憎しみにひっくり返るなんて珍しくもない……けど。確かに、絆されるかも知れないと思うと面白くないな……)
そんなことを考えながら小さく息を吐く。
彼女がそのあたりも逆手に取って復讐を成し得てくれればいいが、これは彼女の復讐だ。彼女が納得するかしないか、それが全てである。
余計なことを考えないようにと、ゆるく首を振った。
「……余計なことをして引っ掻き回さないで。彼女はあんたの暇つぶしの道具じゃないんだから」
「やだなぁ~、余計なことなんてしないよ。――ロレナちゃんが腑抜けない限りね」
効果がないとわかっていても釘を差さずにはいられなかった。
案の定、リーネはヘラヘラと笑うだけだ。
言うんじゃなかったと思っていると、リーネはすうっと猫のように目を細めた。
「エリくんこそ、ロレナちゃんがやろうとしていることが”家族への復讐”だからって、変な期待しちゃダメだよ~?」
「……どういう意味?」
「ロレナちゃんはきみがやり切れなかった復讐を代わりにやってくれる存在じゃないんだからね~」
にこり。と、リーネは笑顔を浮かべた。
まるで自分のおもちゃに手を出すなと牽制するように。
膝に置いた拳が、微かに震える。リーネの言葉はしっかりと蓋をしたはずの古い記憶を呼び覚ましてしまう。
「なら、なんで声をかけたんだよ……」
「楽しさのおすそ分けだよぉ。でも、予想よりもずぅっとロレナちゃんに期待しちゃってるみたいだから?」
「してない、期待なんて。――彼女自身の復讐だって理解してる」
「んふふ、どうだかね~」
これ以上話しても無駄だと悟り、今度こそ口を閉ざす。
教会に着くまで二人はずっと無言だった。――結界なんて意味がないくらいに。




