7.蘇りの魔女と共犯者たち
「エ、エリオス様?! な、なぜ……!?」
ロレナはガタッと音を立てて椅子を押して立ち上がっていた。
エリオスは教会の重鎮だ。こんな風に子爵家を訪ねるなんて、よほどのことがないとあり得ない。
彼はどこからともなく現れ、当たり前のような顔をしてガゼボの中に入ってきて、空いた椅子に腰かけてしまう。
「や。シュタールベルク嬢、久しぶり。まさか君が魔女になるとは思わなかった」
「えっ。えっ? えぇっ?! な、ななん、」
動揺のあまり挨拶すら忘れ、間抜けな声を上げる。リーネがおかしそうにお腹を抱えて笑っていた。
「国でもトップクラスのモテ男が現れたらそりゃびっくりするよね~」
「モテてるのは『若くして大司教』って肩書があるから。俺自身がモテてるわけじゃない」
「またまた~。カッコイーってきゃあきゃあ言われてるくせにぃ」
「うるさいよ」
二人はやけに親しげだった。
その気安さは普段遠くから見るエリオスからは考えられない。
エリオス・ロイエンタールと言えば、表面上は穏やかであっても塩対応で有名だからだ。塩どころか氷対応とまで言われることもあるほどである。その上、面倒くさがりでもあるらしい。
これまでどんな美女や美少女に言い寄られても全てあしらってしまい、浮いた噂一つとしてない。
難攻不落の氷の大司教。
そんな人物だった。
「あ、誤解しないでね。シュタールベルク嬢」
「えっ?! 誤解とは……?」
不意に話しかけられ、オウム返しになってしまった。エリオスは軽く肩を竦める。
「シトロン嬢とは何もないから。ただの……なんだろ? 知り合い?」
「えぇ~? せめて友達とか言ってよぉ」
「……友達認定もしたくないというか」
「ひどーい」
この気の置けない会話。どこをどう見て”何もない”という言葉を信じればいいのか。
反応に困っているとリーネがテーブルに頬杖をついて指先をくるくると回した。その動作に思わず身を硬くする。魔法を使われるかと思ったからだ。
「お、良い反応~。そういうのって大事だよ。今は何もしないから安心して」
「……もう何かしたわけ?」
「とにかく。わたしとエリくんが侯爵家まで付き添うよ~」
”エリくん”という呼び方に驚き、二人がわざわざ侯爵家までついてくるということに更に驚いた。
テーブルに手をつき、唇を震わせる。
「お二人が……どうしてそこまで……?!」
声を震わせながら尋ねると、二人はほぼ肩を竦めた。
「言ったでしょ~。手伝う、って。それにロレナちゃんがどんな風に復讐するのか興味あるんだよ、わたしは。
もう長く生きすぎて暇で暇でしょうがないんだよね~。折角の復讐劇を特等席で見たいんだ~♪
あ、邪魔だけはしないから安心して」
ね。とリーネは人懐こく微笑みかけてきた。
一旦口を閉ざし、次にエリオスを見つめる。エリオスは頬杖をついたまま目をすっと細めた。
「知ってる? シュタールベルク家が一部から白い目で見られてるの」
「……え?」
「侯爵が後妻とその娘を引き取ってから、君は社交の場にあまり姿を見せなくなったよね?
でも、熱心な教会派だから家族連れ立って教会に訪れる――……その場に不似合いな格好をした君を連れて」
最後の一言にカッと頬が赤くなる。羞恥ゆえに。
エリオスの気怠げで淡々とした語り口。語られる言葉は事実である。
ドレスは流行遅れの古いものを除き、ほとんどアデルに盗られてしまった。実父と継母が新しいものを買ってくれることもない。
だが、教会へ行く日は別だった。当日になると既製品の安っぽいドレスや靴などを用意され、サイズが微妙に合わないドレスや靴を身に纏って教会へと赴いた。ドレスはブカブカなのに靴は小さく、靴擦れを起こす……まるで苦行のようだった。
教会の中だけでは、馬鹿みたいな家族ごっこが繰り広げられるのだ。
その時のことを思い出し、思わず奥歯を噛み締めた。
「あの三人は上手くやっていたつもりだろうけど……大根役者しかいない白々しい家族劇はなかなか見ものだったよね。
……一部の鋭い連中の間では噂されてるよ。いっそ君を連れて来ない方が良いものを……。もちろん、あの茶番に騙されている連中もいるけどね」
「……エリオス様は、お気付きだったのですね」
「これでも一応大司教だからね」
エリオスが得意げに笑う。その笑みを見て、ふっと肩の力が抜けた。
「君の同級生がいる家庭は、学園での噂のせいで罰か何かだと思ってるみたいだけど」
「え~? なになに、学園での噂って」
リーネが無邪気に割り込んでくる。興味津々と言わんばかりだ。
これまでなら思い出したくもない過去だったが、今は不思議と他人事のように感じる。
リーネを見つめ返し、不格好に笑ってみせた。
「私がアデルを虐めてるって噂があったの。
……まぁ、アデル本人が目の前で転んだり水を被ったり、教科書を捨てたりというのが真相だけど」
「え。ひっど。っていうかお粗末~。そんなんでロレナちゃんが悪者にされちゃうんだ?」
「あの子、状況証拠を作るのは上手かったから……」
控えめに言うと、リーネがむっと頬を膨らませた。
「なにそれ~。流石クソゲスビッチだ~。ボッコボコにしてやらないとね! っていうかこの言い方気に入っちゃった~」
リーネはロレナの言葉を疑うこともせずに何かを殴る素振りをした。
これまでロレナの言葉を信じる人間は皆無だったのでその反応が新鮮で――嬉しかった。思わず頬がほころぶ。
が、エリオスは不思議そうに首を傾げた。
「? クソゲスビッチって何?」
「ななななんでもありません! どうかお気になさらず……!」
「ふーん?」
慌ててぶんぶんと首を振る。流石にあの暴言の数々をエリオスの耳に入れるのは耐え難い。エリオスはあまり気にしてない様子だったのが幸いだ。
ロレナが膝の上で手を握りしめて縮こまっていると、エリオスがふっと笑って目を細めた。
「で、俺がどうして君に協力するか、だけど……。
まぁ、一言で言えばシュタールベルク侯爵家が気に入らないからだね」
「……き、気に入らない……? うちの教会への寄付額は――」
「額の問題じゃない。シュタールベルク侯爵には品性がない。それが気に入らない」
エリオスは思いのほかはっきりと、汚らわしいと言わんばかりに吐き捨てた。語気の強さに肩が震える。
リーネはニヤニヤしながらエリオスの顔を眺めていた。彼が苛立つのが楽しいと言わんばかりだ。
「”家族の絆と、家庭という聖域を大切にせよ”って教義があるのは知ってるだろ? にも関わらず、わざわざ君を連れて教会に通う神経がわからない。
……ていうか、人前でだけ大切ぶってればいいと思ってんの? 教義ってそういうもんじゃないんだけど? アレなら教会なんて一度も顔出さない方がマシだし、あの後妻と義妹はどう見てもあんたのことを家族や家庭の一員とは見てない。だから、教義に背いてないと思ってる……あーもう、思い出すだけでムカついてきた……!」
先ほどまでの落ち着いた様子からは考えられないほどに苛立った言葉がつらつらと紡がれる。
目と口を開けて、エリオスを凝視してしまった。
エリオスはロレナの視線に気付かず、テーブルを人差し指でコツコツと叩き続けている。何気ない動作なのにガゼボ内がピリつき、ロレナは思わず息を呑んだ。
その様子を眺めていたリーネがニヤニヤしたまま、エリオスの肩をそっと叩く。
「エリくんエリくん」
「何?」
「素が出てるよ~、ロレナちゃんびっくりしてる。んふふふふ……」
エリオスはハッと我に返り、わざとらしくゴホンと咳払いをした。今更取り繕ってもという感じだが、彼にも体裁というものがある。
「ごめん。ちょっとヒートアップした。
……とにかく、目に余る存在ってこと。教義的には教会が口を出し辛いからさ。勝手に家庭崩壊してくれるなら、教会としても大司教としても”教育的に”非常に喜ばしいことなんだよね」
なるほど。世間に露呈したとしても、”教義に反した者たちが女神ノルニアの裁きを受けた”と解釈されるわけだ。
その解釈の裏付けはエリオスがやってくれる。
自らの復讐の他に女神の裁きまで――。ロレナは人知れず恍惚とした笑みを浮かべる。
そんなロレナを見たリーネが薄ら笑う。
「ロレナちゃん、そろそろ行く~? やる気、出てきたんじゃない?」
「ええ、リーネさん……ヤる気なら、もう十分すぎるほど漲ってるわ。
お二人とも、どうか私に力を貸してください」
二人の顔を真っ直ぐに見つめ、はっきりとした言葉で伝える。
リーネもエリオスも、楽しそうに、それでいて悪い笑みを浮かべて静かに頷いた。
――嫌で嫌で仕方なかった家が、今ではおもちゃ箱のように思える。どうぶち壊しやろうか、ロレナは彼らの歪む顔を想像するだけで愉快な気分になるのだった。
読んでくださってありがとうございます!
毎日更新はここまでとなり、来週からは火木土の21時以降の更新となります。
ブクマ、評価、リアクションいただけると励みになります。引き続き、よろしくお願いします。




