6.ロレナの魔法と、謎の大司教
リーネに言われた通り、シャナに絡みついている自身の魔力を手で払い除けた。一瞬で魔力が霧散していくのがわかる。同時に苦しげだったシャナの表情は和らぎ、痙攣も収まった。
ホッとしていると、リーネが後ろでパチパチパチと拍手をした。
「いーよいーよ。すごくいい。さて、この後の処理はわたしに任せてね~」
リーネはそう言って指輪のついた指をシャナに向ける。すると、シャナはふっと目を覚まして、不思議そうな顔をしながら周囲を見回した。足元に散らばった焼き菓子を見て、さぁっと青ざめた。
「ああっ?! お菓子が……!」
「シャナ~。ごめんね、わたしが急に大声出すからびっくりしちゃったねぇ。ほんっとごめんね?」
「い、いえ! お話のお邪魔をしてしまい申し訳ございませんでした!」
「気にしないで~」
そう言ってリーネは笑ってひらひらと手を振る。ロレナに「戻ろ」と声をかけて、ガゼボへと戻っていった。ロレナもその後を追う。
結界の中に入ったところでリーネが密やかに笑う。
「さっきの記憶は消しといたからね。変な悪夢を見たってことは覚えてないよ」
「あ、ありがとう……。……あの、悪夢って……?」
結界があるとはいえ、どうしても気になってしまって声を潜めた。リーネがくすりと笑う。
「わたしの見立てが正しければ、ロレナちゃんは夢を操る能力がある。……チャコちゃん、合ってるよね?」
「……うん、合ってるよ。夢を見せるためには相手に眠ってもらわなきゃいけないから、強制催眠もセットだね」
「おお~。いいねいいね。使い勝手良さそ~」
夢を操る能力。強制催眠。
口の中で小さく反芻しながら椅子に座り直した。
シャナがお菓子や皿を片付けて庭園を後にする。再び、庭園にはリーネと二人きりになった。
「つまり――首を切り落とす夢や、体を潰す夢をいくらでも見せられるということね?
ふ、ふふっ、無限に痛めつけられるってことかよ! あのウジ虫ファミリーに相応しい悪夢のフルコースを見せてやらねぇとなぁ……!」
復讐にぴったりではないかと気分が高揚し、またもや汚い言葉が口をついて出てしまった。
リーネは手を止めて目を丸くしている。
我に返ったロレナはかぁっと頬を赤く、両手で頬を覆う。
「ご、ご、ごめんなさい……わ、私ったら、一度ならず二度までも淑女にあるまじき言葉を……」
「ぷはっ、ロレナちゃんかわいー。だいじょぶだよ~、ちょっとびっくりしただけ。
溜め込んでないかって心配だったからよかったよぉ。わたしの前では気にしないでいいからね」
そう言ってリーネはサンドイッチに手を伸ばしながらけらけらと楽しそうに笑う。彼女がサンドイッチを美味しそうに食べるのを見て、ようやく自分の空腹を思い出した。
おずおずと手を伸ばし、サンドイッチを口に運ぶ。
(……美味しい。こんなに美味しいものを食べるのなんていつ以来かしら……)
何の変哲もないサンドイッチである。なのに、これまでで一番美味しく感じた。
シュタールベルク家では”何の変哲もないサンドイッチ”すら出てこなかったのだ。アデルとエルネスタの嫌がらせで残飯のようなものばかりが目の前に置かれた。父親が家にいる時はそこまで露骨ではなかったけれど。
サンドイッチの美味しさを噛み締めていると、横からチャコが「一口~」と言いながらサンドイッチを食べた。それを微笑ましく思っていると、リーネが目を細めた。
「使い魔とも仲良くやってけそうで良かったねぇ。
復讐、するってことでいいんだよね?」
問いかけは気軽なものだった。ごくん、とサンドイッチを飲み込み、真っ直ぐにリーネを見つめる。
「ええ、もちろん。このまま終わるなんてできないわ、絶対に」
「りょーかーい。じゃあ、ご飯食べてちょっと休憩したら、シュタールベルク家に戻ろうね~」
「……えっ?!」
ロレナは素っ頓狂な声を上げ、手に持ったサンドイッチを取り落としそうになった。
(も、戻る?! あの屋敷に……!?
……ちゃんと計画を練った方がいいんじゃないの……?)
リーネの言葉は予想だにしなかったもので、ロレナは混乱してしまう。だが、そんなロレナを見てリーネがころころと笑った。二つ目のサンドイッチを手に取り、少々行儀が悪いがサンドイッチをゆらゆらと揺らして見せる。
「だぁって、ロレナちゃんは首吊って死んだんでしょ~? 早めに戻らないと葬儀やっちゃうんじゃない?
まぁ、死体がなくなってるから流石にしばらくは大丈夫だろうけど……あ、それとも死者の呪いって感じで復讐したい感じ?
個人的には死んだと思った人間が笑顔で帰ってきた方が怖い気がするな~」
サンドイッチを持ったまま、「ううん」と考え込んだ。復讐を決意しているが、具体的にどうするかまでは考えてなかった。
どうしようかと考え込んでいるとリーネが猫のように目を細める。
「……ロレナちゃんが死んだし、アデルちゃんとテオくんが正式に婚約しちゃうんじゃない? 何の躊躇いもなく」
グシャッ!
手の中でサンドイッチが潰れ、折角シャナが用意してくれたドレスの上に落ちてしまった。ドレスには染みが広がっていく。まるでロレナの中にある黒い感情のように。
チャコが肩からふわりと降り、落ちたサンドイッチを食べてしまう。手首を伝う野菜の水分やソースを、チャコが舐め取っていった。
「それは――不愉快だわ。あの、クソゲスビッチと脳みそ空っぽナルシストを円満に結びつけるなんて有り得ないもの」
ふつふつと滾る怒りを抑えたつもりだったが、どうしても抑えきれなかった。指先が震える。
リーネは満足気にうんうんと頷いていた。
「なら、やっぱり戻らないとね~。んふふ、ロレナちゃんが爽やかに戻った時の家族の顔が楽しみだね~。
わたしが、さいっこーに面白楽しい帰宅を考えたからね~」
「最高に、面白楽しい帰宅……?」
「うん。手伝うって言ったでしょ~? ちゃんとフォローするからね。もちろん、魔法のことも。
で、面白楽しい帰宅のためにある人を呼んでるから……もうちょっと待ってね~。
彼と軽く打ち合わせしながら帰ろ?」
リーネは何やら色々と考えてくれているらしいが、ロレナにはちんぷんかんぷんだ。
「か、彼?」
「もうちょっとで――……あ、来たみたい」
「……あのさぁ。人を呼んだなら、ちゃんと出迎えてくれない?」
涼し気な声が届く。リーネが手を振っている方を見ると、そこには一人の青年が立っていた。
淡い銀髪、空色の目が気怠げな――線の細い青年。
エリオス・ロイエンタール。
若くして『ノルニア教』の大司教を務めており、国内で知らぬ者はいない。
そんな彼が何故――と、戸惑っているとエリオスはロレナを見て、微かに笑みを浮かべた。何を考えているのかわからない上辺だけの笑みを。




