5.無意識の覚醒
リーネに案内されたのは敷地内にある庭園だった。
作りは素朴でいかにも『田舎貴族』の庭園である。しかし、どこかホッとする庭園だった。
案内されるがまま、庭の隅にあるガゼボへ入る。円形のガゼボの中には白いテーブルと白い椅子が備え付けられていた。
「盗み聞きなんてする人間ここにはいないけど……一応ね」
そう言ってリーネが指輪を付けた手を軽く動かす。すると、魔力で作られた薄い膜がガゼボをすっぽり覆った。
本来、魔力は知覚できるものではないのだが、何故かそのように作用していると”わかる”。
「さて。じゃあ色々聞きたいことがあるだろうから、どうぞ?
この中にいれば外にわたしたちの会話が漏れることはないから遠慮なく話しちゃって~」
チャコの入った籠を膝の上に置き、にこにこと笑っているリーネを見つめる。
「その前に……チャコを自由にしてもらえないかしら?」
「そーだった。ごめんね、チャコちゃん」
リーネの指先が宙を踊る。すると、まるでリボンが解けるように籠を覆っていた魔力が霧散した。
チャコは籠の中から慌てて飛び出してロレナの肩に飛び乗る。その様子を見てホッとしながら、チャコが入っていた籠を空いた椅子に避けておいた。
改めてリーネを見つめる。
――聞きたいこと。
色々ありすぎて何から聞けばいいかわからない。
口を開きかけては閉じて、ということを繰り返していると、リーネがぷっと吹き出した。
「アハハッ。一応自己紹介しとくね~。
わたしはリーネ・シトロン。シトロン子爵家の末娘」
「……わ、たしは、ロレナ・シュタールベルク。シュタールベルク侯爵家の長女、です」
「敬語はいらないよぉ。
ちなみにシトロン家にお世話になりだして十年くらいかな? そろそろ次を見つけなきゃって思ってるところ~」
十年? 次?
言葉の意味が分からず、ロレナは固まってしまった。リーネはくすくすと笑う。
「魔女は年取らないんだよ~。実の両親はとっくに死んじゃったから、魔法を使ってあちこち転々としてるの。
だから、今はシトロン家にお世話になってるんだ~」
「ま、待って?! 年は取らないって……」
「魔女はかなり長い時間を生きるし、ほぼ不老と思って良い。寿命はあるっぽいんだけどはっきりしてないね」
絶句した。
死んで生き返る、ということを深く考える暇もないままに生き返ってしまった。知らず知らずのうちに指先が微かに震える。
何も言えないままでいると、メイドがサンドイッチとお茶を運んできた。
リーネが笑ってそれを迎え入れると、メイドは「失礼します」と言いながらテーブルの上に食べ物と飲み物を置いていく。「ごゆっくりお楽しみください」と言い、静かに去っていった。
風がふわりと靡き、ロレナたちの髪を揺らす。
リーネがティーカップを手に持ち、視線を水面に落とした。
「……後悔してる? 魔女になったこと」
「……わ、わからないわ……。でも、年を取らないということを知っていたら……魔女になったかどうか……」
「そっかぁ。じゃあ、復讐はいいの? 許すってこと?」
復讐。
その直後、脳裏に実父、継母、テオドール、そしてアデルの顔が思い浮かんだ。
ロレナの死すら嘲笑った、あの連中。
首を吊ったロレナを、その死体を階段から落とす光景が蘇る。
怒りで手が震える。テーブルがカタカタと揺れるほどに。
「あんッの、ゲロカスどもを、許すぅ……!? あり得ないあり得ないあり得ない! あのクソどもに何もしないまま死ぬなんて絶対にあり得ない。死ぬよりも酷い目に遭わせて、汚物に顔を突っ込んでやらないとこっちの気が済まねぇんだよ……!」
地を這うような低い声で暴言を吐くロレナはテーブルを思いっきり殴りつけた。
ガゼボを覆っていた結界が、ロレナの怒りに呼応するように激しく波打つ。リーネが眉を顰めた。
ガシャン! と、突然何かが落ちて割れる音がする。
驚いて視線を向けると、結界の外側ではシャナが倒れ込んでいた。彼女の周りには焼き菓子が散乱している。リーネが人払いをしていたはずだが、彼女は良かれと思って焼き菓子を運んできたのだろう。
シャナは虚ろな瞳で「う、あ」と呻きながら、自分の首を掻き毟っている。
「い、いや……なんで、私、首を……!? ああっ、お、落とさないでッ……! なんで、なん、で……!」
「シャナ?! どうしたの?!」
ロレナが慌てて駆け寄ろうとすると、リーネがそれを制した。
リーネは苦しそうにしているシャナに近付き、その様子をしげしげと観察する。
「リ、リーネさん! シャナが――!!」
「なんだコレ。シャナ、寝てる? ああ、夢を見てるのか。へぇ、あの一瞬で? ……盗み聞き防止程度の結界だったけど漏れ出すだけでコレなんだ……うわぁ、すごいじゃん。あとはコントロールの問題だよねぇ、コレは」
ぶつぶつと呟くリーネ。シャナはその間にもビクンビクンと体を痙攣させ、苦しそうにしている。
「リーネさん!!」
「ロレナちゃん。早く解いてあげなよ」
「え……?」
「きみの魔力のせいでこうなったんだよ。解き方もちゃんと覚えとかないと、ね?」
「わ、私の……?!」
そう言ってリーネはロレナに道を開けた。
苦しげなシャナ。その目は虚ろで、どこか遠くを見ているようだった。
――解き方なんて、と思いながらシャナの傍らに膝をついた。恐る恐る手を翳すと、耳元でリーネが囁く。
「シャナは強制的に眠らされて悪夢を見てる。シャナにきみの魔力が絡みついてるのがわかる?
それを消せば良いんだよ~。別に難しくない。肩にかかる髪の毛を払う感じっていうか?」
確かに”わかる”。ロレナの魔力がシャナに絡みついている。
(私の魔力なんだから、私の言うことを聞きなさいよ)
強く思う。折角生き返ったのに、自分の魔力すら自在に操れず、復讐に支障を来すだなんて許せなかった。
ロレナの思いに呼応するかのように周囲の魔力が震える。
――ロレナの真剣な顔を見て、リーネが楽しそうにほくそ笑んだ。




