4.子爵令嬢の裏の顔
次、目を覚ました時にはベッドの上にいた。
綺麗な天井にシャンデリア。カーテンの隙間からは日が差し込んでいる。
ゆっくりと身を起こして周囲を見回す。何かを準備していたメイドらしき少女が振り返り、ロレナの顔を見てぱっと顔を輝かせた。
「まぁっ。おはようございます! よく眠れましたか?
お嬢様からはゆっくりしていただくよう仰せつかっております。もっと寝ていてくださっても大丈夫ですよ」
メイドらしき少女はベッドに近付いてきて笑顔でそう言った。シュタールベルク家ではこんな風に接するメイドなんていなかったからか、ロレナは少なからず面食らう。
けれど、ここがどこかもわからないのにのんびりもしていられない。
「い、いいえ、結構よ。……あの、ところで、ここは……?」
「はい! ここはシトロン子爵家になります。昨晩、リーネお嬢様が連れてらして……ゆっくりお寛ぎください。
屋敷に滞在中の身の回りのお世話をさせていただきます。シャナと申します」
そう言ってシャナは深々と頭を下げた。
シトロン子爵家──。王都から少し南にある領で、名産は葡萄。シトロン領で作られるワインはここ数年で随分有名になった。大きな問題もなく、安定した領地経営をしている。
何故そんな場所にいるのかもわからず、ロレナは混乱しながらシャナを見る。シャナは何も知らなさそうだ。
「そう、なのね。よろしくお願いするわ、シャナ」
「はい、何でもお申し付けください!」
「とりあえず起きて子爵家の方々にご挨拶をしたいのだけど……」
「かしこまりました! では──」
言うが早いか、彼女はテキパキと動き出した。
カーテンを開けて朝日を部屋に迎え入れ、顔を洗うようの水やタオルを用意してくれる。その間に予め用意してくれたと思しきドレスを準備する。
シュタールベルク家のメイドよりも動きが良い。
よく考えるとシュタールベルク家にいたメイドも使用人もサボってばかりだった。正しくはロレナ以外に対してはそれなりに尽くしていたが、ロレナに対しては徹底的に手を抜いていたのだ。
彼女はきっと当たり前の行動だとしても、ロレナにとっては新鮮は行動だった。
シャナは青とピンクのドレスをロレナに見せる。
「あのう、ドレスはどちらがよろしいですか? えぇと、──」
「ロレナよ。家名は……勘弁してちょうだい」
言ってから偽名を使えばよかったと後悔した。
同じ名前もそういないから、万が一シャナがロレナ・シュタールベルクのことを知っていたら厄介だ。
「は、はい、大丈夫です。お嬢様から『訳アリ』だと聞いてますので、余計な詮索はいたしません」
「……そう、ありがとう。助かるわ。……ドレスは青い方でお願いできるかしら?」
「かしこまりました!」
予想に反してシャナは素直だった。教育がちゃんとされていると感じる。つくづくシュタールベルク家のメイドとは違うと感じた。
シャナはそれ以上何も聞かず、ロレナの着替えを手伝い、髪の毛を結った。
ふと気付く。昨晩は生き返ってそのままの格好で出てきたはずなのに汚れ一つ見当たらないのだ。さきほど着ていた服も見知らぬ寝間着だった。昨日の魔女に操られて湯浴みや着替えまでしてしまったのだろうか。操られていたと思うと良い気はしないが、ロレナは久々にすっきりとした気持ちでいた。
着替えも終わり、それまで結うことをしなかった髪の毛も丁寧に結ってもらえたことに感謝の念を感じる。
「シャナ、ありがとう。貴女の仕事、とても丁寧ね」
「えっ?! い、いえ、ロレナ様は大切なお客様ですから……!」
鏡台の前から立ち上がり、シャナを振り返る。シャナは恐縮しきりだったが、ロレナは自分の気持ちを素直に伝えただけに過ぎない。
「では、食堂にご案内します。旦那様は不在ですが、奥様とお嬢様がいらっしゃいます」
「わかったわ。じゃあ、案内をお願いするわね。……そ、そういえば、私は黒猫を連れてなかったかしら?」
今更チャコがいないことに気付く。慌てて周囲を見回してみても姿は見当たらない。
シャナはロレナの慌てっぷりに口を押さえて小さく笑った。
「お嬢様が大切に預かられています。食堂にいると思いますよ」
お嬢様──。
先程、シャナは『リーネ』と呼んでいた。恐らく昨日の魔女だ。
つまり、彼女は子爵令嬢、リーネ・シトロン。聞いたことはあるが、顔は全く思い出せない。ロレナは元々社交の場には顔を出さなかったので顔と名前が一致しないことは多々あった。反面、『知っておくべきこと』として家名や領地の概要、経営状況や貴族同士の関係性や派閥まではある程度把握していた。名前は知っていても顔は知らない、という状況が多いのだ。
ひとまず、会わないことには始まらない。
ロレナはゆっくりと深呼吸をしてから、シャナの後に続いて部屋を出る。
侯爵家と比べてはいけないが、領地も狭い子爵家ということもあって屋敷自体もこじんまりしていた。
けれど、それは広さだけの話である。
屋敷内はどこも綺麗に掃除がされていて調度品も質の良いものが多い。
すれ違う使用人たちはロレナを避け、必ず立ち止まって頭を下げる。当たり前のことなのに新鮮で、それでいて全く慣れてなくて思わず頭を下げ返すという妙な行動を取るほどだった。ロレナは羞恥を覚えながらも、こんな扱いは母が死ぬ前までしかされなかったのだからしょうがないと言い訳をする。
案内された食堂からは明るい声が聞こえてくる。
間違いなく、昨日の魔女の声だった。
「やだなぁ、お母さまったら~。そんなに心配しなくても大丈夫だよぉ。次のお茶会にはちゃんと参加するしぃ」
「本当かしら? あなたは人見知りが激しいから心配だわ……」
相変わらず令嬢らしくない口調である。だが、家族とならあんな口調も許されるのだろう。
シャナの後に続いて食堂の中に入る。
こじんまりとした食堂のテーブル。そこにはふくよかな女性と、昨日見た黒髪ツインテールの魔女がいた。服装は昨日と同じような可愛らしいドレスである。
「──奥様、リーネお嬢様、ご歓談中失礼します。ロレナ様が目を覚まされました」
シャナの声掛けに、二人は会話をやめてこちらを見る。
リーネお嬢様と呼ばれた魔女が笑みを浮かべて立ち上がって近付いてきた。
「おっはよぉ~! よかったぁ、元気そうだね」
「……え、ええ。おかげさまで」
リーネはロレナに近付いたかと思いきや、両手をがばっと広げて抱きついて来ようする。しかし、流石にその抱擁を受ける気にならず、身を引いてしまった。ロレナはこれまで誰かと気軽に抱き合ったこともなかったからだ。
リーネは頬を膨らませてロレナから一歩離れる。
「んもう。冷たいなぁ。……きみの猫ちゃんだって大切に預かってるのにぃ」
「! チャコは?!」
「にゃ~ん」
猫の鳴き声がした方を振り返る。
食堂の隅、大きめのかごの中でチャコが丸くなっていた。寛いでいるように見えるが、助けを求めるような目線でロレナを見つめていることから、あの中から動けないことが予想できた。
「ちゃんと大切に預かってるでしょ~? もう、心配性なんだからぁ。
というわけで。お母さま、わたしはロレナちゃんと庭園でごはん食べてくるねぇ。天気もいいし、外で朝ごはんっていいと思うんだ~」
「そうね、そうしなさい。すぐ朝食を持っていかせるわ。ロレナさん、ゆっくりしてくださいな」
「うん、ありがと~。──ロレナちゃん、行こう? あ、チャコちゃんも持っておいでね。籠ごと」
リーネは立ち上がる。そして「こっちだよ~」と手招きしながらロレナの横をすり抜けていった。
彼女の言うことに従うのは癪だったが、他人の目もあるので従うしかなさそうだ。従わなかったら、きっと昨晩みたいに無理やり操られてしまうのだろう。
ロレナは歯痒さを感じながらチャコがいる籠を両手で持ち上げる。「にゃぁ」と鳴くチャコはホッとした様子だった。
(……本当に。一体何が目的なの……?)
疑念でいっぱい視線をリーネに向ける。
リーネは振り返って何もわからないような顔をして「えへへ」と笑うだけだった。




