63.ロザリオの悪夢の裏側
アデルの左手が飛ぶのとともに、彼女の絶叫が大聖堂の中に響き渡る。「きゃー」などという可愛らしい悲鳴ではなく「ウギャア」でも物足りないくらいの濁音混じりの悲鳴だった。
信徒席にいる面々はそれを楽しげに観覧している。
信徒に紛れた少女――リーネがクスクスと笑いながら、目立たないように拍手を送った。
「容赦なくってサイコーだね~。んふふ、見てるだけでスカッとするな~」
「ええ、本当に。わたくしもこれくらい思いっきりやりたかったですね」
リーネの右隣にいるセレスティアーヌも満足げに笑いつつも自分の時のことを思い出して頬に手を当ててため息をついていた。
「ロレナちゃんが楽しそうで本当に何より。――どーお? エリくん」
そう言ってリーネは自分の左隣を見た。
そこには二人と同じく信徒に扮したエリオスが静かに座っている。最初からずっと中央の円卓から目を逸らさずにロレナの復讐劇を見守っていた。
目を逸らさず、エリオスはのっそりと口を開く。
「……どお、って何が?」
「やだなー、ロレナちゃんのことだよ~。さっきからちょくちょく有り得ないくらい言葉遣い悪くなるけど……」
「え。別に気にならない」
真っ直ぐ前を見たまま答えるエリオス。
流石にノータイムで答えるとは思わなかったので頬杖をついていたリーネはずるりとバランスを崩しそうになってしまう。その向こうではセレスティアーヌが「あらあら」と頬を赤くして口元を覆い隠している。
「……え。あんな口調だよ?」
「あれも含めてシュタールベルク嬢でしょ」
またしてもノータイム、考える必要すらないという答えにリーネは目を丸くし、口をあんぐりと開けていた。セレスティアーヌは口元を覆ったまま「きゃっ」などと囃し立てている。
エリオスの反応が予想外過ぎてすぐに反応ができない。
何だかんで受け入れるにしても、もっと驚いたり戸惑ったりすると思ってたのに――。
「おっまえ貴族名簿見たことがねぇのかよ?!」
代理人ことロレナの怒声が響く。どうやら次のステージに移ったらしく、リーネは慌てて視線を戻した。
ロレナは手斧ではなく分厚い貴族名簿をドンッとテーブルに叩きつける。
――貴族名簿。その名の通り、王国に名を連ねる貴族の家名と名前を綴ったものだ。名前だけではなく家系図も記してあるので直系や傍系が人目でわかるようになっているのも特徴である。普通の貴族であれば、当然その存在を知っている。
貴族名簿のとあるページが開かれ、それがアデルに突きつけられた。
「読めますか? 何が書いてあるか。
ベルトランは元々オーレム男爵家の三男で、たまたまテレジア・シュタールベルクと婚姻を結べただけ。テレジアが亡くなったからシュタールベルク家の当主はベルトランになっていますが……本来はテレジアの血統、つまりロレナ・シュタールベルクが正当なシュタールベルク家の血統なのですよ」
アデルの唇がわなわなと震えている。顔は青褪め、目は血走っていた。ロレナは更に続ける。
「アデル。貴方はシュタールベルクを名乗ってますが、本来なら男爵家と平民の人間です。
どおおおおして自分がシュタールベルク家の長女だなんて思ったんでしょうねえええええ?」
「だ、だって、お、お母様が……」
「お前の母親が嘘ついてたんだよ。ンなこともわからねぇのかァ!? 自分はただの平民のくせして男爵家の三男たぶらかして、まんまと正妻の座に収まって?! そんで娘にはシュタールベルク家の血統だって嘘ついて!?」
アデルはテーブルに突っ伏して「もうやめて」と言っている。
父親であるベルトランがシュタールベルクの血統で、自分こそがシュタールベルク家の正当な血筋だと信じていたのだ。まさか男爵家と平民の子であったなどと思いもしなかったのだろう。普通は少し調べればわかることなのに母親の言い分を丸ごと信じていたのが仇となってしまった。
しかし、当然ながら同情の気持ちなど欠片も湧かない。
全ては自業自得。
社交の場で恥をかかされるよりロレナによって罵倒される方が親切とすら思えてしまうほどだ。
左手を切り落とされ、更には母親であるエルネスタから教えられてきたことが嘘だったと分かり――アデルは意気消沈していた。
「……アデル。気の毒だが、この毒の杯はまた君のものだ」
「いや、いやですぅ……!」
投げかけられた質問は『貴方は純粋な貴族なのか』だった。
アデルは自信を持って「はい」と答えたが、残念ながら嘘つき認定を受けている。両足を失ったエルネスタは床に倒れたまま、夢の中だというのに意識を失っていた。
自分の前に置かれた毒の杯を拒絶するアデル。
それを見たロレナが楽しそうに笑う。
「嘘つきの数だけ毒の杯が配られますが、必ずしも嘘つきが飲む必要はありません。
父親であるベルトランさんか、テオドールさんが代わりに飲んでも構いませんよ?」
「はあ!? 飲むわけがないだろう、こんな恐ろしいものをッ……!」
吐き捨てるように言うテオドール。その言葉にアデルがピクリと反応する。
「あ、あたしを愛してるなら代わりに飲んでくれてもいいでしょお?!」
「それとこれとは別だ! どうして君の尻拭いをしなければいけないんだ!!」
「待てッ!! ……テオドール君が、アデルに愛している、と……?」
「それは――」
「そうですぅッ! テオさまはおねえさまよりあたしのことが好きだって言いましたぁっ! それに、あたしのお腹には――」
「アデルッ!!!!」
テオドールがテーブルを激しく叩いた。杯が震えるが、倒れることはなかった。
ベルトランが拳を震わせてテオドールを睨んでいる。そしてテーブルに置いてある毒の杯を乱暴に掴み、テオドールの前に叩きつけた。
「君はッ! シュタールベルク家とウルティア家の婚約を何だと思っているんだ?!
ああクソッ! 王室からも許可を貰い、ロレナが出ていってくれれば完璧だったのに……ッ!! シュタールベルク家が完全に私のものになったというのにッ……なんと言うことをしてくれたんだッ!!」
「ち、違う! 俺を誘惑してきたのはアデルだ! おれはちゃんと――」
「黙れ黙れ黙れッ! 私の計画が丸潰れだ!!!」
ベルトランは頭を掻きむしり、その場に膝をつく。
信徒席からはまたざわめきが置き、それに乗じてリーネも口を開いた。
「……ぅわ。なんでウルティア家にロレナちゃんを? って思ったけど、そういうことだったんだ~。最悪ぅ」
「男爵家の人間が侯爵家に婿入りできただけでも僥倖なのにそれ以上を望んでいたなんて。これは裏を取って王室に告げ口をしたいですね」
リーネとセレスティアーヌがまぁまぁ大きな声を出す。これは円卓の人間にも聞こえているはずだ。
エリオスは、というと、ただ静かに成り行きを見守っている。いや、見つめているのはロレナだった。リーネはその様子を見て肩を竦める。
(恋は盲目、ってやつ~? エリくんがこんなにロレナちゃんに肩入れするなんて意外だったなぁ。
……でも、エリくんはずーーーっと無気力だったから、ほんとよかったよ~)
楽しそうにベルトランとテオドールのやり取りを見守るロレナ。
『夢』を使って事前に情報収集を行っていたと言う。盗みのことや家族のこと、これまでのこと、様々なことを夢を通して見ていたそうだ。だからこその仕上がり。
夢って便利だなぁと思うには十分すぎた。
「代理人ッ! 毒をもう一つ寄越せ! このクソガキにも飲ませてやる!」
「あら。嘘をついた人間につき一人と、最初に言いましたでしょう?」
「じゃあ、次の質問に移れ! それで私が嘘を言えば、毒が手に入るのだろう?!」
「仕方ありませんね、特別ですよ? 貴方にだけ質問を送りましょう」
ロレナはもったいぶった様子で溜息をついて見せた。
そして、ベルトランを見つめて、聖女のごとく微笑みを浮かべる。
「ベルトラン・シュタールベルク。
貴方は殺人を犯す、もしくは計画したことがありますか?」
ベルトランが硬直した。
先ほど「彼は嘘を言えば」と言った。つまり、この質問に嘘で答えると宣言をしているのだ。「はい」と答えれば金の杯が、「いいえ」と答えれば毒の杯が出てくる。ベルトランにもわかっているはずだ。
しかし、彼は信徒の反応を恐れている。
冒頭、テレジア殺しを否定しているため、正真正銘の嘘つきになってしまう。
どちらで答えても変わらないのに、少しでも自分へのダメージが減る方を考えているのだ。
「さあ、ベルトラン・シュタールベルク! 答えをッ!!」
ロレナが目を大きく開けて詰め寄る。ベルトランは唇を震わせるばかりで答えを示そうとしない。
どちらにしても、ベルトランの行く末は決まっている。
信徒から侮蔑の視線や言葉を向けられ、社会的な信用を失ってしまうのだ。
ロレナは楽しそうにしながら一瞬だけこちらを見て――そして、にこりと笑うのだった。




