60.ロザリオの悪夢①
エリオスにもらったロザリオを瓶の中に入れる。
保護魔法をかけて眠る時につけているものだ。ひょっとしたら、この悪夢を最後にエリオスとは距離ができてしまうかも知れないという気持ちから一度手放すことした。どのみち使い捨てになると言われているので、少し惜しかったが気持ちの整理のためにも必要だった。
あれから数日――。
アデルたちにどんな悪夢を見せるのか、散々考えた。
一方的な復讐でも良かったが、それではロレナの気が済まない。何故、”こんな目に遭うのか”をしっかり自覚させたいのだ。
それが叶うかどうかは別として、だが。
◆ ◆ ◆
気が付けば、大聖堂の中にいた。
しかし、普段の大聖堂とはどこか雰囲気が違う――。
目の前にある大きな女神ノルニア像。大きな祭壇。荘厳な柱に神聖な装飾。それらは普段通りのはずなのに、信徒席の半分がなくなっているのだ。大聖堂の前方にあったはずの信徒席が全てなくなっている。
代わりに、円卓が置かれていた。
その円卓の席に、アデルは腰掛けている。
「……何……?」
ぐるりと周囲を見回すと、円卓にはアデルの他にテオドール、エルネスタ、ベルトランの三人が座っている。三人とも何が起きたのかわからないと言わんばかりの顔であちこち見回していた。
大聖堂後方には普段通りに信徒席があり、そこはたくさんの人々で埋まっていた。ただし、誰もが目深にフードを被っており、顔が全く見えない。
聖堂内は驚くほど静かで、衣擦れの音や呼吸音さえ響き渡りそうだ。
「な、なんなんだ、ここは……!」
「大聖堂……?」
ベルトランとテオドールが戸惑いの声を上げる。エルネスタは落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回していた。
アデルが三人に声をかけようとした瞬間。
オルガンの音が鳴り響いた。
耳馴染みのある聖歌が大音量で流れ、あまりに大きすぎる音に四人全員が耳を塞ぐほどである。
空気さえもビリビリと震える中、高位のローブを身に纏った女性がゆっくりと祭壇の前にある司祭席に立った。彼女がゆっくりと前を向くと、オルガンの音も鳴り止む。
「……だ、誰……?」
掠れた声が漏れる。
彼女は顔の上半分を覆う真っ白な仮面をつけており、素顔は見えなかった。目すらも隠されており、どこを見ているのかもわからない。神聖ながらも不気味な雰囲気がある。
大聖堂。女神ノルニア像。そして、謎の女性。
テオドールが「なんなんだ……」と呟いていた。
「静粛に。これより女神ノルニアの名の下に、ベルトラン・シュタールベルク、及びエルネスタ、アデル。そしてテオドール・ウルティアの審判を行います」
「し、ししし、審判だと?! 私が何の審判を受けるというのだ?! 大体貴様は誰だ!?」
ガタッと椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がったのはベルトラン。
シュタールベルク家は教会派で、これまで多額の寄付を行ってきたのだ。そんな家門が審判を受けるなんて有り得ない話だった。
しかし、女性はベルトランの言葉など気にした様子もなく、手に持った分厚い本を司祭席の前にある台の上に広げる。
「私は女神の代理人。貴方たちの罪を暴き、審判を下す者」
「代理人、だと……?! そ、そんなもの聞いたことがない……!」
「必要な時にしか出てきませんからね。
ベルトラン・シュタールベルク。貴方が罪を正しく告白し、心から反省をするならば女神も喜んで貴方を赦すでしょう」
女神の代理人を名乗る女の言葉はひどく淡々としており、抑揚があまりなかった。感情が籠もってないと言ってもいい。それが余計に不気味でベルトラン以外が口を噤んでしまう。
「私の罪だと?! そんなものあるわけがないだろう! 何かの間違いだ!」
「――テレジア・シュタールベルク。貴方の前妻ですが、本当に病気で亡くなったのですか?」
さぁっとベルトランの顔が青褪める。エルネスタの視線が忙しなくあちこちに動く。
まるで、何か心当たりがあると言わんばかりの挙動だ。
アデルはテレジアのことなど知らない。二人の言動に首を傾げていると、テオドールが口元を手で覆い、ベルトランとエルネスタに何か言いたげな視線を向けていた。
やがて、ベルトランは大げさに首を振り、溜息をついて見せる。
「何を馬鹿なことを……医者だって病気だと判断していた。有効な治療法がなかったんだ! 私が彼女を救うためにどれだけの金を投資したと思っているんだ! 全くふざけるのもいい加減に――」
『彼は魔法のクスリを持っていたわ――……』
ベルトランの声を遮るように、エルネスタの声が聖堂に響き渡る。
三人がギョッとしてエルネスタを見た。エルネスタは青い顔をしてぶんぶんと首を振る。しかし、声は続く。
『飲み続けると、とある病と同じ症状が出るけど、同じ方法では決して直せない――素敵なクスリよ。
私はベルトランの指示に従って、イヴォンと仲良くなってクスリを渡し……彼女がテレジアの食事にクスリを入れるように差し向けたの』
それまで静かだった大聖堂がにわかに騒がしくなる。信徒席にいる信者たちがざわめき出したのだ、左右の信者と「まさか」「本当に?」などと言いながら、ベルトランとエルネスタに冷たい視線を送っている。
エルネスタは青い顔のまま立ち上がり、バァンッ! とテーブルを両手で叩いた。
「この声は私じゃないわ! 陰謀よ、陰謀ッ!!!」
『勿論上手く行ったわ。あの女、どんどん衰弱していって、最後には骨と皮だけになったそうよ。アハハハッ! いいザマだわ!』
悲鳴じみた弁解も虚しく、下卑た笑い声が聖堂に響き渡る。
信徒席からヒソヒソと声が聞こえてきた。
小さな声のはずなのに、それらははっきりと聞こえてくる。「まさか正妻の座を狙って?」「シュタールベルク侯爵が計画を?」「自分の妻を殺したということ?」「人殺しだ」――信徒たちの言葉はどんどんエスカレートしていった。
ざわめきが最高潮に達しようかという時、コンコンと代理人が台を叩く。
「静粛に」
その一言で、大聖堂の中は水を打ったように静まり返った。
代理人はエルネスタ、そしてベルトランを見る。
「先程の声はシュタールベルク夫人のものです。何か申し開きはありますか?」
「ある! あるわ! わ、私は人殺しなんて恐ろしいことは――」
「正しく罪を告白し、心から反省するなら女神もお赦しになるでしょう……。
エルネスタ・シュタールベルク。どうですか?」
エルネスタは悔しそうに奥歯を噛み、静かに椅子に座り直す。膝の上に握り拳を置き、手が白くなるほどに握りしめていた。
「……や、やってない、わ。何かの間違いよ」
「なるほど、そうですか。――ベルトラン・シュタールベルク、貴方はどうですか?」
代理人はあっさりと追求をやめてしまい、代わりにベルトランの名を呼ぶ。
ベルトランは忌々しげにエルネスタを一瞥してから代理人を睨みつけた。
「妻を殺すなどと、そんな恐ろしいことはやってない」
「そうですか。やってないのですね」
代理人の言葉はまたもやあっさりとしたものだった。まるで興味がないみたいに。
ベルトランとエルネスタのホッとした表情を目に映り、アデルは二人に不信感を懐いた。
(……まさか本当に殺してないわよね? お姉さまは自殺だったから自業自得で、あたしたちは悪くないけど……クスリ、だなんて……)
相手が勝手に死ぬのと、こちらが何らかの手を下すのとでは天と地ほども違うとアデルは本気で考えていた。
「ふ、ふふふ……」
微かな笑い声が聞こえる。
声の主は、代理人。
口元に手を当て、肩を小さく揺らしながら、笑いを押し殺している。
様子のおかしい代理人に四人の視線が集中した。
「……っ、ふふふ、あははっ! あーっはっはっはっはっはっ!
殺人の告白なんてそりゃあできねぇよなぁ?! 懺悔室なら大人しく告白したのかァ?! 自分の罪を告白して、反省すりゃあちょーーーっとくらいは温情をやってもいいと思ってたが、その気持ちも吹っ飛んだよ!」
ガァンッ!
鋭く重い音が響く。代理人が手斧を司祭台に打ち付けたのだ。木製の台に禍々しい刃が食い込んでいる。
「当初の予定通りてめぇらには女神サマの裁きをくれてやるよ! このクソ家族もどきがッ!
泣いて喚いてもぜぇーーーったいやめてやらねぇからなぁ!? あーははははっ!」
代理人の狂ったような笑い声。信徒席から湧き上がる拍手と歓声。
アデルは「何? 何なの?!」と怯えることしかできなかった。
あと5話です!




