59.新たな決意と、××との決別
まるで霧が晴れたような心境だった。
エリオス、セレスティアーヌ、そしてリーネ。
ロレナの周囲にいる人間ではない存在全てがいずれも家族との因縁を持っている。エリオスの復讐は叶わなかったが、話を聞く限りではセレスティアーヌは復讐を遂げている。
しかしリーネは――。
ロレナは表情をほころばせたまま、リーネを優しく見つめた。
「リーネさんはその後どうしたのかしら」
『別にぃ。何もしなかったよ。飢饉はどうにもならなかったし、わたしが手を下すまでもなかったもん。
何もせず、ただ村の人達が息絶えて、全滅するのを見てた。流石に家族が死ぬ時は一言言いに行っただけどね~?』
にこり。と、リーネは晴れやかな笑みを見せた。
想像するしかできないが、この笑顔から察するに――リーネの『一言』に対する家族の反応はきっと望み通りのものだったのだろう。ただ、それでも家族への恨みつらみが消えることはなかった。誰かに話す時に暗い感情を隠せない程度にはリーネの心に巣食っている。
復讐を遂げた後、ロレナはどうなるのだろう。
エリオスのように目的を失って無気力になるのか。
セレスティアーヌのように何か次の目的を見つけるのか。
リーネのように残りを余生のように過ごすのか。
全く想像がつかず、先のことなど到底考えられない。
「……ありがとう。話してくれて」
『特別だよ~? ロレナちゃんを気に入っているから教えてあげたの』
「そう、なのね……。おかげで、前向きに考えることができそうよ」
『ふーん? 女神ノルニアの裁きを見せてくれる気になった~?』
期待するような目だった。ここまで教えたのだから、当然こちらの望みを聞くだろうと言いたげな。
話を聞く前よりも断然前向きになったのは確かだ。
ただ、ロレナの復讐と女神の裁きをリンクさせるイメージが沸かない。
「期待に答えたい気持ちはあるけど……」
『んもう。何が問題なの~?』
「うまく悪夢と結びつかないの。少し考える時間をちょうだい」
リーネが頬を膨らませている。ロレナがすぐに決断しないのが不満であるらしい。その様子を見てクスリと笑ってしまった。
「女神ノルニアの裁きに私の復讐を重ねる……そのイメージを作る時間が欲しいと言ってるだけよ。
その……女神を”使う”前提で考えてみるから……」
”使う”という言葉を用いること自体に抵抗感出てしまった。なんだかんだでロレナにとって女神ノルニアもノルニア教も、何者にも代えがたい存在なのだ。すぐに意識は切り替わらない。
ロレナの中の意識を切り替えるため、復讐と裁きをリンクさせるための時間が必要だった。
意図が伝わったのか、リーネは一瞬だけ目を丸くして――嬉しそうな笑顔になる。
『なーんだ、心の準備が必要ってことか~』
「ま、まぁ、そうとも言えるわね。つい最近魔女になった私には色々とついていけないことが多すぎるのよ……」
だから時間が必要なのだ。誤魔化すようにわざとらしく咳払いなどをしながら、ふいっとコンパクトから顔を背ける。
ノルニア教についての成り立ちは衝撃だったし、女神ノルニアが存在しないことも大いに衝撃だった。どうしても慣れるまで時間を要する。
膝の上に置いたコンパクトから顔を上げ、室内をぐるりと見回す。
ノルニア教が根付くこの国らしく、侯爵家の客室にも宗教色が色濃く出ている。
教典が置いてあったり、宗教画の複製画が飾られていたり――これは、教会派の貴族にとっては当たり前の風景だ。この当たり前の風景がガラガラと崩れ去っていく感覚は、きっとリーネにはわからないだろう。
小さく溜息をつき、改めてコンパクトを見つめた。
「世界がガラリと変わってしまったの。慣れるのに必死なのよ」
『あはは、大変だねぇ』
「……でも、世界が開けたのは事実よ。死んで魔女になって、ようやく生きてる時間が湧いてるなんて……我ながら変だと思うけど」
『そお? それはわたしも一緒だよ~。魔女になる前のが生きてる感覚なかったもん』
互いに笑顔だった。人間として生きている時の方が辛く、今の方が充実しているからだろう。
「そうね……生きてる実感なんて、途中から失っていたわ」
テレジアが死んでから。
ベルトランがエルネスタとアデルを連れてきてから。
周囲がロレナを虐げ、人間として扱わなくなってから。
徐々に失われていったのだと、今ならわかる。今となっては彼らの言いなりになって、虐げられることに甘んじていたのが信じられないくらいだ。
『ロレナちゃんが魔女になってくれてわたしは楽しくなったしねぇ。
本当に期待してるんだよぉ? ――どんな悪夢を見せてくれるのか』
「あまりプレッシャーをかけないで欲しいわ。あいつらにしてやりたいことはたくさんあるけど、難しいのよ……」
『やりたいことを全部やっちゃえばいいのに』
簡単に言ってのけるリーネに、思わず溜息が漏れてしまった。
ロレナが思う「全部」がどんなものなのか知らないから気軽に言えるのだ。リーネやエリオスに見せることを考えたら、色々とブレーキがかかってしまう。
『……ロレナちゃんわたしやエリくんの目を気にしてたりする?』
「それは、当然でしょう……」
リーネは怪訝な顔をして尋ねてきた。最早否定をすることもせず、静かに頷く。
すると、リーネは大げさに溜息をついて肩を落とした。
『んもう~。わたしはロレナちゃんの本気の復讐が見たいんだよ~?
他人の目を気にしてヌルくなるような復讐はやめてよ~。何ならわたしが容赦なくできるように暗示をかけてあげようか~?』
「最後の手段だと思っておくわ。……確かに、手緩い復讐なんてしても意味がないものね」
『そうそう。折角だからやりきって欲しいよぉ』
魔女になった時の復讐心は衰えていない。
しかし、他にも色々と考えることや関係する人が増えてきて、 どうしても復讐だけに思考が割けなくなってきた。復讐をしたい気持ちは変わらずにあるはずなのに不思議である。
コンパクトの向こうにいるリーネをじっと見つめる。リーネが『うん?』と首を傾げていた。
『どうかした~?』
「……いえ。何でもないわ。……でも、リーネさんの言うようにちゃんとやりきらなきゃ、って思ったのよ」
『その意気だよ、がんばれ~。楽しみにしてるからね~!
んじゃ、良い返事も聞けたし、そろそろ切るね。おやすみ、ロレナちゃん』
「ええ、おやすみなさい。色々ありがとう、リーネさん」
そう言って通信を切った。
コンパクトを静かに閉じて、ゆっくりと天井を仰ぐ。
チャコが不思議そうな顔をしてロレナを見つめていた。
「ロレナ……?」
「……魔女になってよかった、って思ってるのよ。
復讐だって成し遂げられるし、何よりも……死ぬ前と違って一人じゃないから」
リーネもエリオスも、ロレナの話を聞いてくれる。応援してくれる。やることが復讐だとしても。
本当に不思議だった。
胸に燻る復讐の炎は消えないのに、どこか満たされた気持ちになっている。
まだ何も成し遂げてはいないのに――。
天井を見つめたまま、口の端を軽く持ち上げる。
「ふふふ。ノルニア教の、女神ノルニアの名のもとに――あいつらにはしっかり罰を与えてやらねぇとなぁッ……!」
彼らのへの復讐心が燃え上がり、ロレナの表情が歪む。
チャコはロレナの膝の上で楽しそうに笑うのだった。




