58.先輩魔女の裏側
口元こそ笑みを形作っているが目は真剣そのもの。
嘘を言っている、ロレナを騙そうとしているという雰囲気は一切感じない。
これまでにないリーネの様子に言葉を失い、ただ呆然と彼女を見つめてしまった。
『……もちろん、使うかどうかを決めるのはロレナちゃんだし? わたしがあれこれ口を出せる立場じゃないんだけど』
視線を伏せ、逃げ道を用意するような言い方。あまりリーネらしくない雰囲気だった。
魔力灯が揺らめき、ロレナとチャコの影を揺らす。周囲のもの全てがロレナの返事を待つような、妙な静けさがあった。
「リーネさん。私にとってノルニア教は大切なものよ。例え、セレスティアーヌ様に作り出された偶像だとしても……お母様と教会や大聖堂に通った記憶は今でも私の支えだわ。
だから、”使う”のにはどうしても抵抗があるの。それでも使わせたいというなら――もう少し事情を話してくれてもいいんじゃないかしら」
静かに、言葉を選びながら。リーネから視線を逸らさずに。
リーネは横目でロレナを見てから小さく溜息をついた。「しょうがない」とでも言うかのように。
少しの緊張と、内情を自分が知っても良いのだろうかという不安。
やがて、リーネが真っ直ぐにロレナを見つめていつものようにへらっと笑った。
『まぁ、大した話じゃないんだけどね~。
セレスちゃんが聖女になって、悪しき魔女を倒したって話したじゃん?』
「ええ、そう聞いているわ。歴史上でも、そういう話になっているわね」
『その悪しき魔女っていうのは――セレスちゃんの実の母親だったんだよ』
「えっ」という自分の声がまるで他人の声のように耳に届いた。それまで暇そうにしていたチャコがふっと顔を上げて興味津々にコンパクトを覗き込んだ。
「魔女が魔女を産むことはないはずだよ? あるとしてもエリオスみたいなハーフだ」
『セレスちゃんが言ってたでしょ~? ”魔女を名乗る半端者”って。
彼女は純粋な魔女じゃなかった。ただ偶然、魔女石を拾っただけの人間だったんだよ』
純粋な魔女じゃなかった? そもそも『魔女石』とは?
知らない情報が一気になだれ込んできたせいでロレナは混乱してしまった。慌ててチャコを見ると、「なるほどね~」と納得している。どうやらロレナだけが話題についていけてないらしい。
慌てて、コンパクトを引き寄せてリーネを見る。
「待って! 純粋な魔女じゃないとか、魔女石とか……何なの?」
『一定の魔力を蓄えた魔女が死ぬと、その魂が結晶化するの。それが魔女石。魔女石を持っていると、その魔女の生前の魔力や能力を一部使うことができるんだよ。
だからセレスちゃんの母親は魔女と似たようなことができたの。ここまではいい?』
「え、ええ……一応、大丈夫よ」
情報量が多いが内容は理解できる。何とか頷くと、リーネはにこりと笑った。
『セレスちゃんと母親の確執はすごかった。セレスちゃんは母親によって殺され――魔女になった』
”母親によって殺された。”
その一言はあまりにも衝撃的だった。だって、ロレナは母親とはとても仲が良く、母親であるテレジアのことが大好きだからだ。あのエルネスタだって実の娘であるアデルのことを溺愛している。
子殺しなんて遠い国の話のようにしか感じられなかったが近いところにあったことにぞわりと鳥肌が立った。
リーネは淡々と続ける。
『だから、ノルニア教は家族を大切にしましょうって教えが大元にあるんだよ。
当時は国内が荒れてたから、セレスちゃんだけの都合じゃないけどね。そういう教えが必要って判断もあった。
ノルニア教が機能してないんだったら機能させたいんだよ、セレスちゃんは。ただのシンボルじゃ意味がないと思ってる』
そこでリーネの話は終わる。思わず、視線を伏せてしまった。
確かに――母親が亡くなってから、シュタールベルク家の中でノルニア教の教えが機能していたかと言えば、否だ。ベルトランやエルネスタ、アデルの中では機能していたかも知れないが、ロレナにとっては何の意味もないものに成り下がっていた。
あくまでも国民を見守る立ち位置であった女神ノルニア。
不十分であるなら、裁く立場、或いはそれ以上のところまで押し上げれば良いと言っているのだ。
リーネの言う”使う”は、きっとそういう意味だろう。含有された意味合いが広すぎるけれど。
「……リーネさんも使って欲しいと思ってるの? 私に」
『そうだよ~? だってその方が面白そうなんだもん。それに、見守るだけだった女神ノルニアがロレナちゃんの作り出す夢の中でどうやって大暴れするのかすごぉく興味があるんだよね~』
いつも通りの口調と表情になったリーネは軽い調子で笑った。軽薄そうな表情はいつもと変わらない。
ただ、やはりいつもと少し違うように感じる。
セレスティアーヌのことばかりを全面に押し出すが、何か引っかかりを感じる。
「本当にそれだけ?」
コンパクトを持つ手に力を込めて静かに尋ねる。リーネは不思議そうに首を傾げていた。
「暇つぶし以外にも、リーネさんにも何かあるんじゃないかしら」
『例えば~?』
「家族との確執とか」
リーネは軽薄な笑みを浮かべたまま、すうっと目を細める。まるで獲物を見るような目だった。
これまでにないくらい心臓がうるさい。色々と協力してくれてきたリーネにこんなことを言う気はなかったが――暇つぶし以外の感情を感じたのも事実である。
静まり返った部屋の中。
カチコチと秒針の音が響く。
やがて、リーネがゆっくりと口を開いた。口の中がやけに赤く見える。
『大したことじゃないんだけどなぁ……。むかーしの話だよ?』
「……ええ」
勿体ぶるような間を作り、リーネが静かに溜息をついた。
『魔女になる前のわたしが住んでた村で飢饉が起きてね? 村で口減らしをすることになって、子供が多い家から順番に棄てることになった。
で、きょうだいの中でわたしが真っ先に棄てられた。下の弟や妹じゃなく、わたしが。
元々チビでガリガリで、家の手伝いも満足にできなくて、役立たずだったからね。まぁしょうがないよ』
リーネの口から出てくる軽い言葉の数々。棄てられたことに対して本心から「しょうがない」と言っているのは伝わってきた。
しかし――。
次の瞬間、彼女の目が揺らめく。
どす黒い感情が渦巻き、リーネを包む。コンパクト越しからも感じるほどに。
『棄てられた他の子はみーんなお父さんやお母さんにごめんねごめんねって謝られながら、綺麗な服を着せてもらってたんだよ。別れの時にはぎゅって抱きしめてもらってた。
けどさ~、わたしにはなかった。なんにも。
ごめんねって言葉も、綺麗な服も、ぎゅって抱きしめられるのも。――なにも』
伝わってくる感情は、何なのだろう。
怒りだろうか、絶望だろうか、悲しみだろうか、はたまた復讐心だろうか。
他の子供にはあって、自分にはなかった。それがリーネの心をどれだけ抉ったのか、ロレナには知る由もない。
すーっとリーネの吐息が聞こえる。浅い呼吸の後、ケロッとした様子でリーネが笑う。
『だからね? ロレナちゃんの家族への復讐をすごく応援してる。
――絶対的な存在から裁かれるってシチュエーション、見たいに決まってるよぉ』
また、普段通りの表情に戻るリーネ。その顔をじっと見つめて静かに息を吐きだす。
(……そっか。初めから、”家族への復讐”だからこそ、楽しんでいてくれていたのね。
ある意味、エリオス様と一緒なのかも知れない……)
これまでどこか遠い存在だったリーネがぐっと近くなったように感じる。
本心を悟らせないようにのらりくらりしていたリーネに言いようのない親しみを覚えていた。
ロレナは自然と表情をほころばせていた。




