56.それぞれの色のブローチと、約束と②
お互いの瞳の色のアクセサリーなどを身に付けることは婚約者同士、恋人同士の間ではよくあることだ。それにより自分と相手との親密さを表すことになり、周囲へのアピールの意味もある。
テオドールとはそういったことは一切なかった。
アクセサリーなどが贈られることはあったがテオドールの瞳の色であるグリーンを象徴するものなど贈られたことはない。当時はヤキモキしたものの、今となっては贈られなくてホッとしている。
ロレナの手には空色の宝石がついたブローチ。
エリオスの手には紫色の宝石がついたブローチ。
デザインは全く違うが、二人の瞳の色を主張した宝石がついている。
お互いの持つアクセサリーを見比べ、もう一度顔を見合わせてしまった。
しかし、『互いの色を持つ』という意味合いを思い出し、ロレナは慌ててぶんぶんと首を振る。
「そ、そんな! 恐れ多いですッ! こ、これはお返ししますね!」
慌てて店主に返すと、店主は目を丸くしていた。ロレナがここまで拒絶するとは思ってなかったのだろう。
それをしらーっとした目で見ているエリオス。
「……ふうん。嫌なんだ」
「えっ?!」
てっきりエリオスも「じゃあやめておこうかな」と言うかと思っていたのに耳に届いたのは聞き間違いかと思うほどに意外な言葉だった。
驚いて彼を振り返ると、何とも言えずにつまらなさそうな顔をしている。
普段もつまらなさそうな表情をしているが――普段とは違い、どこか拗ねているようにも見えた。
ぽかんと口を半開きにしていると、エリオスがジト目でロレナを見つめる。まるで小さな子供が大人を非難するような目だった。
「え、えぇと……い、いや、ではなくて……その、ご迷惑ではないかと……」
「俺は特定の相手はいないし婚約者もいない。――あんただってそのうち婚約は解消するでしょ」
「うっ」と言葉に詰まってしまった。 「婚約解消」という言葉に店主が目を丸くしている。
(た、確かに婚約は何としてでも解消するけど……! だ、だからってエリオス様と、だなんて……!)
エリオスが何を考えているのか分からなくて混乱してしまった。
嫌だなんてこれっぽっちも思ってないが気が引けてしまう。エリオスに特定の相手がいなくとも、ロレナはまだ婚約者がいる身なのだ。そんな状態で別の異性との関係を匂わせるような不用意なことはしたくない。
自分が、というよりも、エリオスに迷惑をかけるのが嫌なのだ。
「い、嫌じゃないです。でも、今はまだ婚約者がいるので。迂闊な真似はできません……」
「ふーん」
「エリオス様に妙な噂が立ったら、申し訳なくて……」
「気にしないけど」
「私は気にしますッ!」
語気が強くなってしまったことに気付き、慌てて口元を押さえた。
そんな二人を見た店主が大げさに溜息をつきながら肩を落とす。
「手を繋いでるからてっきりそういう関係なのかと思ったぜ。微妙な関係なんだな、まだ。
――てか、兄ちゃん。お前さんは焦りすぎ。ガッツキすぎると嫌われるぜ?」
「……がっついてるわけじゃなくて、」
「わーってるって。この子がすぐに返そうとしたのがショックだったんだろ?」
まるで全てお見通しと言わんばかりの店主の言葉。エリオスは気まずそうに顔を背け、ロレナの手を再度握りしめた。繋いだままの手にドキドキして、強く握られたことに更にドキドキする。
店主はやれやれと言わんばかりに腰に手を当て、二人が持つブローチを指さした。
「んじゃあ、こうしたらどうだい。
お嬢さんはブローチを買って、兄ちゃんの買ったブローチと交換する。そうしたら互いの色を持つことにはならないだろう?
で、色々と話がついたら改めて交換する――ってぇ寸法よ」
店主は最後に「名案だろ?」とカラッと笑う。しかし、エリオスが呆れたように店主を見た。
「……で、こっちのブローチも買わせようってわけ? 商売上手だね、あんた」
「まぁ、それで食ってるからねぇ。けど、決めるのはお前さんたちだ。好きにしてくんな」
そう言うと店主は木箱に腰掛けた。あとは任せる、ということだろう。
ブローチを買う持ち合わせがないわけではないにしろ、どんどん話が進んでしまって戸惑いを隠しきれない。エリオスの瞳の色のブローチには惹かれるし、それを身に着けたい気持ちもあった。
だが――、やはり気が咎める。
テオドールのことがなくても、どうしても引っかかってしまう。
「……シュタールベルク嬢。俺はあんたに何か贈りたいし、俺の色のものをあんたが身に付けてたら嬉しいと思う。でも、これは俺の独り善がりだからね」
胸がぎゅっと締め付けられる。エリオスがこう言ってくれる意味が全くわからないほど馬鹿ではない、はずだ。
ただ、それに応えるかどうかはまた別の話。
ロレナは少し考えてから、さっき手放したブローチを再度手に取る。
「あの……これ、ください」
「毎度! 両方とも一応包んでやるから、ちょっと貸してくんな」
店主はニカッと笑い、二つのブローチを預かっていった。包装紙で丁寧に包んでから二人に返してくれる。
ロレナは控えめにエリオスを見つめてゆっくりと立ち上がった。
繋いだ手を、今度はロレナの方から握りしめる。
「……あの。少し、お話よろしいでしょうか」
「いいよ」
エリオスは不思議そうな顔をしながら立ち上がる。
二人で店主に礼を告げてから、露店から離れるのだった。
人通りの少ない通りに差し掛かったところで繋ぎっぱなしだった手をそっと離す。チャコはいつの間にやら姿を消しており、ロレナとエリオスの二人きりだ。
当て所なく、ゆっくりと歩きながら、少し視線を落とした。
「エリオス様」
「何?」
「……その、エリオス様から何か贈っていただくのは嬉しいですし、エリオス様の色を身に付けられるのも、う、嬉しいです。
私からもエリオス様に何かお贈りできたら、とも……思います」
「うん」
淡々とした返事に少しホッとしている。伝えたいことがある、ということを察してくれているのだ。
建物の影になった場所で足を止め、深呼吸をしてからエリオスを見上げる。
エリオスは普段通りの気怠げな表情で、それでいてどこか真剣な眼差しでロレナを見つめていた。
「ただ、私は……エリオス様に伝えてないことが、あります。それは、私の復讐を見ていただければきっとわかるでしょう。
私からブローチをお贈りして、エリオス様からブローチをいただくのは……私の復讐を見てからにしていただきたいのです」
真剣な眼差しには、真剣な言葉を。
――夢の中のロレナの姿。罵詈雑言を相手に浴びせ、残虐な仕打ちを行う自分自身。
それを見てエリオスはどう思うだろうか。
夢の中の自分を隠したまま、エリオスから贈り物をしてもらおうだなんてできなかったのだ。それが原因で見限られるかもしれないが、どうしても知ってから判断して欲しかった。今のままではまるで彼を騙しているようだから。
エリオスは黙り込み、やがてゆっくりと肩を落とす。
「……わかった。俺もちょっと急ぎすぎてたかもね。
復讐を応援してるって言ったのに、水を差すようなことをしてごめん」
「ッそ、そんな! う、嬉しかったです……。復讐、頑張りますね」
「伸び伸びと、ね」
くすりとエリオスが笑う。日陰だというのに眩しげに目を細めていた。
さっき買って、彼と交換したばかりのブローチを胸に抱き、静かに頷く。
例え、ブローチを交換できなくても――きっとずっとロレナにとってのお守りとなってくれるだろう。
そんな気持ちを胸に、エリオスと笑みを交わすのだった。




