55.ブレスレットとブローチと、約束と①
エリオスの魔力を確かめようとしたのに、一瞬でそれをすっかり忘れてしまった。
これまでテオドールにエスコートのために手を差し出されたことはあるが、その時はこんな風にドキドキなんてしなかった。あくまで婚約者同士の必要な『動作』であり、何なら『作業』でもあったからだ。当時はテオドールに対して救いを見出していたものの、今となってはそんな気持ちは欠片もない。だからこそ、余計に何気ない動作で手を取られていることが衝撃だった。
だが、そんなロレナとは裏腹に、エリオスはひたすら不思議そうな顔をしている。
手を繋ぐことなど何とも思ってなさそうな――。
自分と彼との温度差を感じてしまい、余計に何も言えなくなってしまった。
「シュタールベルク嬢?」
エリオスが首を傾げる。その顔を凝視するだけで、何も言葉にならない。
手が汗ばんでやしないだろうかと妙な心配がふっと湧き出てきて、余計に顔が熱を持つ。
「……なんか顔が赤いけど、どうかした?」
「……いっ、い、いいいいいえ! な、何でもッ!! なん、でも、ありません……!」
声が吃るしひっくり返るしで散々な受け答えだ。自分の言動が怪しいことは自覚しているが、こういった経験がなさすぎてどうしたらいいのかさっぱりわからなかった。
ただ、手を離すのも嫌で。
「あんまり大丈夫そうには見えないんだけど……何か変なものでも見た?」
ぶんぶんと首を振りながら、まずは自分を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をした。
(そ、そうよ。エリオス様は私が周りを見てなかったから手を引いてくださっただけ……!
気を遣ってくださっただけで、他意なんかないわ!)
必死に言い聞かせたところでようやく気分が落ち着いた。
ふう。と、小さく呼吸をしてから、エリオスを見つめる。心配そうなエリオスの表情に心臓が跳ねたが気にしないようにした。
「す、すみません。本当に何でもなくて……。
あの、失礼でなければエリオス様の魔力を視てもよろしいでしょうか……?」
「それは全然構わない。っていうか、俺も自分の魔力がどうなってるのか知りたいしね」
「自分で視るのは難しいですからね。では、失礼します――」
ようやく本来の目的であるエリオスの魔力を視る、という動作を行うことができた。
手を繋いだままであることに若干気が散ったが必死で意識の外に追い出して、エリオスの胸のあたりをじっと見つめる。
ぼわっと揺らめく青い炎のようなもの。体の中心部が燃えているようにすら見えた。
それは通行人たちの誰よりも大きく、そして濃く深い青色である。
貴族や王国軍人たちの魔力を知らないので比べようがないものの、恐らく彼らとは比べ物にならないほどに大きいのだろう。そして魔力の濃さも、彼より濃いのはそれこそリーネやセレスティアーヌくらいしかいないはずだ。
「どう? どんな感じ?」
「……青くて大きな炎のようでした。こんなに大きくて濃い魔力を持つ人間は他にはいないでしょう」
「なるほど、そんな風に視えるんだ」
「はい。体から溢れそうなくらいに大きな魔力でした……」
興味深そうに目を細めるエリオス。ロレナは静かに頷いた。
通行人たちの胸に見えた炎は精々が蝋燭の炎を少し大きくしたくらいである。これはロレナの想像でしかないが、貴族や軍人たちの炎は心臓と同じくらいか少し大きいくらいだろう。
魔力が体から溢れる――というのは、相当大きいに違いない。
「そうすると、シトロン嬢たちはどうなんだろうね……」
「視てみないと何とも……。黙って視せてくれるかどうかもわかりませんし……」
「向こうは勝手に視てるだろうから良いんじゃない?」
『そうそう! 相手の魔力を”視る”のは魔女の嗜みだよ!』
ここぞとばかりに割り込んでくるチャコ。ニコニコしており悪意はない、ように見えた。
しかし”魔女の嗜み”とは――。
エリオスも同じように感じたのか、肩の上に乗っているチャコをジト目で見つめた。
「……それ、シュタールベルク嬢に伝えたことある?」
『ないね』
「嗜みなのに?」
『まだ必要ないと思ったからね』
悪びれることなく答えるチャコ。相変わらずなやり取りに乾いた笑いが溢れる。エリオスに至ってはこれみよがしに深い溜息までつく始末だ。
「……もうちょっと自分から情報開示した方が良いんじゃない?」
『そうかなあ? でも、ロレナの復讐には人間の魔力がどれくらいあるのかなんて関係ないだろう?』
(それは――まぁ、そうね。私のために情報を制限していた、というのはあるかも……?)
あくまで好意的に捉えるなら、だ。たまたまエリオスとの会話の中でリーネの能力の話になり、魔力の視方の話になったに過ぎない。それが復讐に関係あるかと言われれば「否」だ。
堂々としたチャコの答えっぷりに、エリオスは不満そうに顔を顰めるだけだった。
「……シュタールベルク嬢が不満を感じてないなら良いんだけど」
『ロレナは必要なことは聞いてくれると思ってるよ』
「あっそ。……シュタールベルク嬢、本当?」
嫌なタイミングで話を振られ、思わず言葉に詰まってしまった。チャコの言葉は最もであるが、エリオスの言葉を支持したい気持ちもある。
不意に、繋いだ手を揺らされた。
まるで我慢しなくて良い、と言いたげに。
頬が再度熱を持つのを感じながら、少し申し訳ない気持ちでチャコを見た。
「もう少し、色々教えて欲しい、とは思うわ……」
控えめに言うとチャコがびっくりした顔をし、エリオスが「そら見たことか」とばかりに勝ち誇った顔をしていた。
『えー、そうだったの~? じゃあ、色々話すようにするね……』
チャコが珍しく気落ちしている。わかりやすく耳と尻尾が下がっているのを見て胸が痛んだ。
「で、でも、今までだって十分力になってくれてるわ。今の私があるのは貴方のおかげだもの」
『えへへっ! だよね~!』
そっと頬を寄せながら言うと、チャコはすぐに機嫌を良くするのだった。どうやら心配は杞憂だったようだ。エリオスがどこか残念そうな顔をしているのが気になったが。
話が落ち着き、二人が飲み物を飲み終えたところで、再度歩き出す。
未だに手は繋いだままだ。
どうして手を繋いだままなのだろうと不思議で仕方なかったが、話題に出せば手を離してしまうと思った。だから、言えずにいる。
露店を見て回り、珍しい異国の織物やアクセサリーに目を輝かせた。
「あ、これ」
「え?」
「あんたに似合いそう」
そう言ってエリオスが手に取ったのは深い紫色の宝石がついたブローチ。見たことのない細工が施されており、色合いを確かめるようにロレナに当てる。
買う気ありの上客とでも見られたのか、店主がギラリと目を光らせた。
「お、兄さん。目が高いねぇ。これは掘り出しものだよ。純度が高いんだ」
「へえ。それにしては結構安いよね?」
「あー……ウチの国では紫色は不吉だって言われてんだよ。モノは良いんだが、ウチでは値がつかなくてね、そういうモンに高い値段をつけられんねぇのよ」
「あはは、随分正直。――じゃあ、貰っていこうかな」
そう言ってエリオスは宝石を買うにしては随分と安価でブローチを手に入れた。流れるような商談に呆けていると奥にあるブローチが目に入った。
空色の宝石。
エリオスの目と同じ色の宝石だ。
「シュタールベルク嬢、これを……って、どうしたの?」
「ぁ、いえ……あれが……綺麗だな、と」
店主がまたもや目を光らせて、ささっと空色の宝石のブローチを手に取った。そして半ば強引にロレナに手渡す。宝石だけではなく、繊細な細工が美しいブローチだった。
「これかい? いやはやお嬢さんも目が高い! これは掘り出し物だよ!」
「ねえ、さっきと同じセリフなんだけど」
「いやいや、ここにあるものは全部掘り出し物さ。ウチの国じゃちょっと売り辛いモンばかりだからね。
けど、他国ではウケがいいものや価値のあるものを取り揃えてんのさ」
「待って。まさか盗品だったりしないよね?」
今になって疑い出すエリオスに店主が景気よく笑う。何を馬鹿なことを、と言わんばかりの気持ちの良い笑い方だった。
「ん? そういや、この二つはお前さんたちの目の色と同じだな? どうせだからそのまま持っておいたらどうだい」
「「えっ」」
ロレナとエリオス、二人の声が重なった。
そして互いに顔を見合わせる。紫と空色、二人を象徴する色が、手元にあった。




