54.二人きりの暇つぶし
ロレナはエリオスとともに街へと出ていた。
「この後暇?」と聞かれ、そもそも何の予定もないので「はい」と馬鹿正直に答えてしまって今に至る。
ロレナはともかくとしてエリオスは顔も名前も有名すぎてそのままでは市街を歩けないので魔法を使って髪色を黒に変えていた。ついでに着替えもしている。普段の銀髪とのギャップがかなりあって慣れることができず、まじまじと見つめてしまった。
「……俺の顔に何かついてる?」
「ぁ、いえ……黒髪なのが、少し慣れなくて……」
「ああ。何もせずに外に出るとすぐ歩けなくなるんだよね……人だかりができちゃってさ。
見慣れないだろうけど、はぐれないように注意してね」
「はい、気を付けます」
人だかり――。
確かにエリオスが歩いていれば道行く女性が放っておかないだろう。何なら噂を聞きつけた貴族令嬢が続々と押し寄せる可能性すらある。エリオスの女性人気はそれくらいすごかった。
屋台などが並ぶ大通りをゆっくりと歩く。
活気があり、異国から来たと思しき露店商なども多数いる。住民たちが物珍しげに眺め、買い物を楽しんでいた。大通りには老若男女さまざまな人間がいる。こんなにたくさんの人が暮らしているのか、と感じてしまう程度には。
「エリオス様はよく街や市場に来られるのですか?」
「まぁ、たまにね。……シャディクがうるさいけど」
「ふふ。シャディク様はすごく反対されてましたね」
出掛けに慌てたシャディクが必死にエリオスを止めていたのを思い出す。「二人では危険」「自分を連れて行ってください」とかなり食い下がっていたのだ。
大司教という役職の聖騎士だ。護衛に連れて行けというのはある意味では当然だろう。
しかし、呆れたエリオスに何事か耳打ちをされた後、渋い顔で送り出してくれた。
「そう言えば、シャディク様に何と言って納得していただいたんですか?」
「え? 空気読んで、って」
(うん?)
しれっとした答えの後、思わず立ち止まってしまった。
不思議そうな顔をして足を止め、ロレナを振り返るエリオスをじっと見つめてしまう。
「く、く、空気って……」
「シャディクを黙らせるには一番いいと思ったんだよ。シャディクがいたらできない話もあるだろ?」
「あっ。そ、そう、ですよね!」
(う、うわぁあ! は、恥ずかしいわ! 変な勘違いしちゃうところだった……)
てっきり”そういう意味”かと早とちりしてしまった自分が恥ずかしい。顔から火が出るような思いで、慌てて歩き出す。きっと顔が赤いだろうが気にせず歩けば、エリオスもゆっくりと歩みを進めた。
「まぁそれは建前だけど」
「え?」
「何でもないよ。そう言えば、あんたはシトロン嬢の能力って聞いてる?」
そう言いながらエリオスが「こっち」と言って飲み物を扱っている屋台に近付いていく。ロレナは彼の後を追い、問いかけには緩く首を振った。
「いえ、何も……」
リーネには魔法について教えてもらったが、リーネ自身の能力は聞いていない。ロレナが操られた魔法と、シャナの記憶を消した魔法は目の当たりにしているが、それ以外は全く何も知らない。
そう言えばリーネ自身のことはあまり教えてもらってないことに気付き、少し複雑な気分になった。
エリオスは屋台で飲み物を二つ買い、ロレナを振り返る。カップを持ち上げた。
「どっちがいい? こっちがレモンで、こっちがオレンジ」
「あ、じゃ、じゃあ、オレンジで……。エリオス様はご存知なのですか?」
「どうぞ。――ま、一応ね。知りたい?」
オレンジジュースの入ったカップを受け取りながら聞かれ、少し考え込んでしまう。
正直な感想で言えば、知りたい。
彼女がどんな能力を持ち、ああやって暮らしているのかを気になる気持ちがあるからだ。しかし、本人ではなくエリオスの口から聞いても良いのかが悩ましい。本当なら本人に聞いて、本人の口から教えてもらうのが筋だと思うからだ。
屋台から少し離れると、エリオスがレモンジュースを飲んで軽く肩を竦めた。
「あっちも俺が話すことは想定してると思うよ。話されたくなければ釘刺すだろうし」
「そ、そういうものでしょうか……?」
人の波に乗って歩きながら考える。エリオスは話すことを何とも思ってなさそうで、リーネのことを頭に思い描いてみると「えー、エリくんに聞いたの~?」と呑気に笑ってそうだ。
悩んでいると、またもやチャコがひょこっと肩から顔を出した。
『えー。悩まずに聞いちゃえばいいのに~。リーネが全然教えてくれないし、聞いちゃうのはアリだと思うな~!』
それまでずっと姿を消して、そのへんを散歩していたのに――興味のある話題になって戻ってきたのだろう。
チャコの言葉に少し呆れたエリオスが軽く肩を竦める。
「まぁ、わざわざ聞かなくてもあんたならそのうち”わかる”とは思うけどね」
「”わかる”……?」
「透視とでも言えばいいのかな。相手の魔力や能力を見極める目が育つと思うよ。
今だって周辺の人間を見れば魔力の有無や過多を見るくらいはできるんじゃない?」
へえ。と、口の中だけで呟く。自分のことでいっぱいいっぱいで周りを見るなんてことはあまりして来なかった。自分のためだけに魔法を使ってきたからだ。
エリオスが「やってみれば?」と言いたげに周囲に視線をやる。釣られて、ぐるりと周辺を見回してしまった。
(……あ。強く意識しているつもりもないのに、ちょっと気をつけるだけで”視える”わ。すごい)
近くと遠くを見るのを切り替えるのと同じだった。道行く人たちの持つ魔力が”視える”。
これまで魔力を視認するなんて考えたこともなく過ごしてきたものの、魔女ともなればこんなこともできるのかと感動した。色んな人を見たくて、思わずきょろきょろと視線を彷徨わせてしまう。
「見える?」
「ええ、視えます。こんな風に視えるものなのですね……」
「あ、ぶつかりそうだからこっち。で、どんな風に見えるの?」
屋台の客や道行く人にぶつからないよう気付けばエリオスに手を引かれていた。ロレナは周囲を見るのに夢中でそのことに気付かず、知らず知らずのうちにその手を握り返していた。
道の端に寄ったところで観察するためにすっと目を細める。
「……心臓のあるところに炎のようなものが見えて、その大きさと色の濃さで魔力の過多がわかります……」
じっと見つめる先には小さな子供がいる。子供の心臓部で小さく薄淡い炎のようなものが揺らめいているのが見えた。ただ、それはふっと息を吹きかけてしまえば消えてしまいそうなほどに儚げだった。
ロレナの言葉はエリオスの興味を引いたらしく、一緒になって視線の先を追いかける。
「へえ、そういう風に見えるんだ。……でもさ、貴族以外は魔力ってないんじゃない?」
「ない人は今のところいませんね。ただ、ほとんどの人は小さく色も薄くて……魔力なしと見做されているんだと思います。
実際のところ、魔力のない人間はいないのではないでしょうか。魔法として扱うために一定量が必要なだけで……」
エリオスは興味深げに「へぇ」と呟いていた。目を細めて通行人を凝視しているが、どうやらロレナのようには視えないらしい。チャコが彼の肩に飛び乗り『視えないの~?』とからかっている。エリオスは無視をしていたが。
そう言えば、と思い、エリオスに視線を戻した。
通行人の中に貴族や、魔法を扱えるレベルの魔力を持つ人間は見当たらない。
どのくらいの魔力を――と、確かめようとしたところで、手を繋いでいることに気付いた。
「え」
「どうかした?」
エリオスが不思議そうな顔をして繋いだ手を揺らす。
その手が問題なのだが――。
繋いだ手と、エリオスの顔を見比べて、口をパクパクと動かしてしまう。何も言葉にならず、顔がじわじわと熱を持つのだけを感じていた。




