53.変わる関係、余計な視線
「へえーー!! そうだったんだね、納得ー!」
ロレナの背後からにょきっとチャコが生えた。
それまでずっと静かに気配を消していたものだから、ロレナはもちろんエリオスも目を丸くして驚いている。チャコは二人の様子などお構いなしにロレナの肩に乗って「なるほどね」と楽しげにウンウン頷いていた。
「ちょ、っと……チャコ! 急に出てこないで」
「えー。どうして? これまでずっと静かにしてたんだから、いいでしょ?
っていうか、エリオスの正体には納得したよ。それで魔女の匂いも、人間の匂いもしたんだね」
呑気なチャコを見るエリオスの目には呆れが広がっている。いつもこんな調子で空気を読まずに出てくるのだから、呆れられてもしょうがないだろう。
エリオスは肩を落として、溜息混じりにチャコへと視線を向けた。
「……そうだよ。だから使い魔もいないし、魔力は人間より高いけど魔女ほどじゃない。中途半端なんだ」
「噂には聞いてたけど、ハーフは初めて見るよ。絶妙だね、本当に」
チャコの発言がエリオスを傷付けやしないかとヒヤヒヤした。ロレナは肩に乗っているチャコを捕まえ、胸に抱き「それくらいにしてちょうだい」と少し強めに告げる。チャコはどこ吹く風だが、一応「はーい」と返事をした。
魔女と人間のハーフ。
素っ気なく、あっさりした言葉とは対照的に深刻な重みを持っていた。
ロレナが魔女として蘇ってまだ二週間ほど。つまり、魔女という存在自体を知ったのがつい最近である。そのため、人間との間に子供ができるなんて想像もしてなかった。
聞いてしまった以上はなかったことにもできず、本当にこんなことを聞いてしまってよかったのかと、またもや後悔してしまう。
「何だか、申し訳ございません……さっきから不躾なことばかり聞いてしまって……」
「俺が話してもいいと思ったから話したんだよ。あんたが気にすることじゃない。
それに、俺ばっかりあんたの事情に詳しくなるのもフェアじゃないしね」
エリオスはあまり気にしてなさそうな様子で肩を竦める。彼の様子に少しだけ安堵しながら、胸の中のチャコをぎゅっと抱き締めた。
「ありがとうございます。私は協力してもらっている身ですからあまり気にしてません」
「そう? でも、シトロン嬢は夢を見てあんたを落ち込ませちゃったって言ってたよ」
「そ、それはだって、リーネさんが勝手に夢を盗み見るからッ……!」
リーネとした会話がエリオスへ筒抜けになっていることに驚き、いきり立ってしまった。
あれは怒ったと言うよりショックを受けただけだ。リーネとの会話を思い出して気まずくなる。まさか他のことまでエリオスに言ってないだろうかと不安になってしまった。あの時もアレな単語を連発していたような記憶があるからだ。
気まずく落ち着かない気持ちでソワソワしていると、エリオスがふっと笑った。
「まぁ、シトロン嬢の愚痴に付き合わされただけ。それ以外は何も聞いてないよ」
「そうですか……」
ほっと胸を撫で下ろしたところで、チャコがロレナの腕から抜け出して二人の前を歩き出した。
二人並んでチャコの後ろを追いかけていけば、遠くに扉が見えてくる。どうやら長く白い廊下も終わりが近付いているようだ。何故こんなにも長い廊下なのか、全く理解ができないままである。
「ここ、真っ直ぐ前を見て歩くことが通過の条件なんだね。戻る時はすぐに戻れるんだ」
すると、チャコが前を見たまま言う。まるでロレナの心を読んだかのように。
「よくわかったね。万が一人間が迷い込んでも大丈夫な作りになってる」
「まぁ、これでも使い魔だからね~。これくらいは見破れるよ」
チャコは機嫌良さそうに歩いている。廊下の謎が解けたことが思いのほか嬉しいようだ。
ロレナが(そういうこともできるのね)と納得している間に、扉がどんどん近くなり――ようやく辿り着くことができた。
エリオスが大きく白い扉のドアノブに手をかけながらロレナを見る。開けないのかと不思議に思って、扉とエリオスとを見比べていると、彼はどこか躊躇うように口を開いた。
「ねえ、この後暇? どうせだから気分転換しない?」
「……えっ」
不意に誘いに目を丸くする。同時に心臓がドキリと跳ねた。
外へと続く白い扉の前。
頭すらも真っ白になってしまい、馬鹿みたいにエリオスを見つめるのだった。
◇ ◇ ◇
「あの二人、やっぱりいい感じじゃない~?」
一方その頃――。
先程の部屋に残ったリーネとセレスティアーヌは井戸端話に花を咲かせていた。
この部屋と、部屋に続く廊下は全てセレスティアーヌの領域である。部屋を出ていった二人の様子を盗み見るなど朝飯前だった。
二人は占いに使うような大きなガラス玉を覗き込んでいる。
その中には、ロレナとエリオスが映し出されていた。
「悪事を暴く以外で盗み見などはしたくありませんが、確かにいい感じですね」
セレスティアーヌは小さく溜息をつきながらもガラス玉を覗き込んでいた。最初こそ乗り気じゃなかったセレスティアーヌも途中から二人の様子を見守っていた。
リーネが彼女の言葉を聞いてにんまりと笑った。
「でしょでしょ~? 境遇が似てるからさ~、通じ合うものがあると思ったんだよね~」
「そうですね。エリオスはずっと無気力のまま生きていてとても心配していましたが、分かり合えそう人に出会えてよかったです」
「ね~。口答えしたり文句は言うけど、基本的には唯々諾々じゃん~?
生きててつまんないんだろうなって伝わってきたからさぁ……このままいい感じになって欲しいよぉ」
言いながら、リーネはのんびりとお茶菓子をつまみ、紅茶を飲んでいる。
リーネはさも「心配してます」という顔をしているが、本心ではただの暇潰しだ。長く生きているリーネにとって楽しみはどうしたって必要不可欠だった。
セレスティアーヌとて理解しているが――時折、リーネの行動には顔を顰めたくなる。顰めるだけで何も言えないのが常ではあるが。
静かに紅茶を飲みながら目を細めた。
「あまり余計なことはしないでくださいね」
「余計なことぉ?」
「二人が望んでないのにちょっかいをかけたり、妙な気を回すことですよ。既に何かしら感じるものがあるようですから、後は放っておいても勝手に関係が進展していくと思いませんか?」
「……えー」
リーネはつまらなさそうに口を尖らせる。肩を落としながらため息をついてしまった。
「リーネは二人の邪魔をしたいわけじゃないでしょう?」
「その方が楽しくなるなら邪魔したいかなぁ? ほらぁ、障害があった方が恋は燃え上がるって言うしぃ」
呑気に答えるリーネ。
本心は結局コレなのだと思えば溜息だってつきたくなる。それで引っ掻き回される方はたまらないのだが、リーネを止められる相手が誰もいないのも事実だった。
基本的には協力的だが、どこで手を抜くかわからない。
楽しければいい、楽しい方がいいというリーネの行動指針は時には害悪だった。
「全く。リーネは相変わらずですね」
「えへへ~。だぁって、エリくんもロレナちゃんもからかい甲斐があるからさぁ……」
リーネはずっとへらへらと笑っている。その様子はただの少女にしか見えない。年齢的には彼女の方が上なのにたまに忘れそうになる。
「とにかく、見守りましょう。じれったいぐらいの恋愛劇を見せてくれるかもしれないですよ。
すぐに終わってしまってはそれこそつまらないでしょう?」
「んー……そうだねぇ。セレスちゃんの言う通りかもねぇ……しばらくはまったり楽しむよぉ」
年上だということを一旦忘れ、年上の――姉のように注意を促した。
これで理解して大人しく見ていてくれればいい。
セレスティアーヌにとっては二人がどうなろうがあまり関係ないものの見守っては行きたい。
――結果によっては、ロレナを今代の聖女にするという思惑や計画に支障が出るかもしれないからだ。




