49.先輩魔女からのビックリ提案
「ねぇ、ロレナ。次はどうするんだい?」
「そうねぇ……」
チャコの頭や顎の下を撫でながら思案する。
ベルトランにエルネスタ、テオドール、そしてアデル――。
これまで知らなかった情報が集まってきたこともあって一層彼らへの復讐心が増している。特に実の父親であるベルトランに対する嫌悪感が凄まじいものになっていた。
(……あんな男の血が流れてるなんて本当に忌々しいわ)
ベルトランの事実を知ってからというもの、幾度となく”本当は血が繋がってなかったらいいのに”と思うことがある。しかし、テレジアは間違っても不貞をするような人間ではなかったから、父親がベルトランであることは間違いないだろう。
溜息をつき、チャコから手を離す。
そして小瓶が置いてある棚をゆっくりと見つめた。
「そろそろ本格的にあいつらに対して復讐をしても良いかもしれないわね。
……醒めることのない永遠の悪夢――そんなものが用意できたら最高だわ」
「いいね! どんなものにする予定?」
「悩んでいるのよね。……イヴォンの時のように死なれたら困るし、かと言って生温いことはしたくないし……。いざこうやって考えてみると、私はあいつらをどんな目に遭わせたいか悩んでしまうの」
ロレナの言葉を聞いたチャコは不思議そうに首を傾げる。
「思い浮かばない?」
「ううん、そうじゃないの。逆よ、ありとあらゆる目に遭わせてやりたいの……」
チャコの瞳に映るロレナの表情は驚くほど穏やかで優しげだった。残虐な想像をしているとは思えないほどに。
「ありとあらゆる……首を切ったり、火炙りにしたり?」
「ああ、それもいいわね。でも、ただそういう目に遭わせるだけじゃ違う気がするのよね……。
何故こんな目に遭うのかを自覚させたい気持ちもあって……うまく考えがまとまらないのよ」
彼らが何もわからないまま、ただ酷い目に遭うだけでは面白くないのだ。罪には、復讐という名の罰を与えたいのであって昨日のエルネスタのようにわけもわからず酷い目に遭うのではどうにもスッキリしないのだ。昨日の夢は情報収集のためだったので、実際の復讐とは無関係だったのだが。
そうなると、最初タチアナに見せた悪夢のようにロレナの存在を明かす方がわかりやすい。しかし、イヴォンの件があるので悪夢にわかりやすくロレナが関わることに抵抗があった。
「うーん、難しいね。……あ、そうだ! リーネやエリオスに相談してみたら?」
「えっ」
突然二人の名前を出されて目を見開くロレナ。
悪夢の内容をチャコ以外の誰かに相談するなんて考えてもいなかったので流石に動揺してしまった。魔法の使い方などをリーネに相談するのは抵抗がなかったが、悪夢の内容を相談するのは抵抗がある。エリオスへの相談は更にハードルが高い。
「それはちょっと」と言おうとチャコを見ると――その場にいなかった。
慌てて周囲を見回すと、テーブルの上に置いてあるコンパクトを器用に開いている。
「ちょ、チャコ?!」
「えーっと、リーネに連絡するには……あ、これだね!」
ロレナの制止も聞かず、チャコは前足で器用にボタンを押してリーネに通信を飛ばしていた。
いや、すぐに切れば――と思ったのも束の間、ロレナの手がコンパクトに触れる前にピコンッと軽妙な音を立てて、リーネとの通信が開始されてしまった。
ひょこ、とチャコがコンパクトを覗き込む。
「やっほー、リーネ」
『やっほー、チャコちゃん。あれぇ? ロレナちゃんは~?』
「いるよ。ちょっとリーネに相談があるんだけどいいかな?」
コンパクトに映し出されたリーネは少し眠たげだ。雰囲気から察するにベッドに寝転がった状態でコンパクトを開いているらしい。
繋がってしまった以上、急に切るのは失礼だ。「何でもない」と言ってさっさと終わらせるしかなかった。
ロレナはチャコを押しのけてコンパクトを覗き込む。
「リ、リーネさん?」
『あ、ロレナちゃんだ。やっほー。で、相談って何~? 何でも聞いちゃうよ~』
「何でもないのよ、何でも。チャコが勝手に――」
「悪夢の内容で悩んでるんだよ。ただ酷い目に遭わせるだけの内容じゃ復讐にならないってロレナが」
「チャコッ!!」
横からべらべら話してしまうチャコ。ロレナは慌ててその口を力付くで押さえつけた。
静かになったのは良いが、コンパクトに映るリーネがキョトンとしている。ロレナは冷や汗を流しながらリーネを見つめた。流石にこんな相談は考えてなかっただろうし、それくらい自分で考えろと言われてもしょうがない話だ。
しかし、ロレナの想像に反してリーネはへらっと楽しそうに笑った。
『ロレナちゃんも悩むんだね~。悪夢の内容については迷いがないのかと思ったよぉ』
呑気な言葉が返ってくる。
内心ホッとしつつも、ゆるゆると首を振った。
「悩んでるわ。……イヴォンのことがあったから、余計に」
『あー、なるほどねぇ……自殺しない程度に酷い夢って感じ~?』
「……いえ、それだけじゃなくて……」
結局相談する流れになり、気が咎めるせいで言い淀んでしまった。リーネが「うん?」と首を傾げているが、何となく話しづらい。
この復讐はあくまでロレナ自身のもの――。
リーネやエリオスがそれを見て楽しむのはさておき、内容にまで関わらせるのは違う気がした。
そんな風に悩んでいるせいでチャコを押さえていた手が緩み、チャコがぬるりと手をすり抜けてコンパクトを覗き込む。
「自覚させたいんだって。自分のしたことを」
「チャコッ?!」
『はっはーん。それはそうだよね。お前らがこんな目に遭うのは因果応報で自業自得だぞって思わせたいよね~。わかるぅ、っていうか、理解できるよ~』
リーネは嫌な顔ひとつせずに聞いて、うんうんと頷いてくれる。掴みどころのない魔女だが、やはり長く生きている分傾聴力に優れているのかもしれない。そんな感想を抱きながらも、やはり申し訳ない気持ちになっていた。
「……何だか、ごめんなさい。こんな相談までしてしまって……」
『え? 全然良いよぉ、こういう話を聞くの楽しいし~。それにロレナちゃんには悔いなく復讐して、スッキリして欲しい気持ちがあるもーん。だから、そのための協力なら惜しまないよ~?』
消極的なロレナに対して、リーネは楽観的で飄々としている。この時間すらも楽しんでいる節があった。
リーネに接することで段々と「このまま相談をしてもいいかもしれない」と言う気持ちになっていく。リーネにも『暇つぶし』という目的があって協力しているのだから、リーネのためにも完成度を高めることは間違ってないはず――と、ロレナの中でどんどん現状を肯定する理由が積み上がっていった。
ごくりと生唾を飲み込み、リーネを見つめる。
「ありがとう、リーネさん。助かるわ。
あいつらに自覚させるためには私が姿を現すのが一番手っ取り早いと思うのだけど……イヴォンのことがあって踏み切れないの」
『あぁ~、そういうことかぁ……』
リーネがそこで初めて少し渋い顔をした。ロレナが悩む理由がわかったらしい。
しばし沈黙が落ちる。リーネは視線を伏せて悩ましげに眉を寄せていた。悩んでくれているのが嬉しくもあり、申し訳なくもある。
やがて、リーネがポンッと手を打った。
『あ、そーだ』
ロレナを見つめてにんまりと笑う。そして、人差し指を立てて楽しげに揺らした。
『女神ノルニアを使ったら?』
「え」
想定外の発言にロレナの目は点になった。
女神ノルニア。
国教であるノルニア教の主神。
それを、使う――?
提案の意味が全く分からずにロレナはひたすら混乱した。




