45.小さな安らぎと初めての優夢
ふ。と、目を覚ます。
軽くあたりを見回してみれば、まだ夜だった。睡眠と悪夢とを連動させているのだが、どうしても内容が内容だっただけに悪夢が途切れるのと同時に起きてしまう。それでも夜の間ずっと起きているより、昼間の眠気はいくらか和らいでいた。
ロレナはゆっくりと起き上がり、首からかけたロザリオをぎゅっと握りしめる。
(……ある程度予想も覚悟もしていたけど、……本当にあの男だったなんて……)
奥歯を強く噛みしめ、父親の顔を思い浮かべた。
そもそもエルネスタはどうやって毒薬を手に入れたのか。どうやってイヴォンに近付いたのか。疑問は様々あったが、ベルトランが背後にいたのであれば納得がいく。全て裏から手を回していたのだろう。
ロレナはしばらく、ロザリオを握りしめたまま俯いていた。
傍にいたチャコが心配そうにロレナの顔を覗き込む。
「……ロレナ。大丈夫?」
「ええ……。ところで、夢の内容は記録できたかしら?」
「ああ、うん。バッチリだよ」
チャコが頷き、今回の悪夢に使った琥珀の入った小瓶を咥えてくる。悪夢とその内容をセットで保管できるいう話だったので、実験も兼ねて記録してみたのだ。
何度も見たい悪夢ではないし現実では使えないが、ロレナにとっては大切な『証拠』だ。
小瓶を受け取り、夜闇の中に翳してみた。
控えめに光る琥珀。その周囲を薄っすらと靄のようなものが覆っている。チャコ曰く、これが夢であり、夢の記憶だそうだ。
(ベルトランが毒薬を用意し、エルネスタに渡した……。しかも使用人を介して渡して、万が一があっても自分に辿り着かないようにしてる……用意周到で嫌になるわ……。
しかも、イヴォンが死んでしまったから現実的に罪に問うのは難しいでしょうね……)
思わず溜息が漏れてしまう。自分が追い込んだとは言え、やはりイヴォンが自ら死を選んでしまったことは痛手だった。自分の計画や詰めの甘さを今更ながらに悔いてしまう。
しかし。
現実で罪に問えないからこそ、夢の中で断罪するのだ。
最早ロレナにはその手段しかない。
「辛そうだけど、本当に大丈夫?」
「……大丈夫よ。何に変えても絶対にやり切るわ。お母様のために、何より自分のために……」
「精神的な不調は、特に魔法や魔力の波に影響するから気を付けてね。
急がば回れ、急いては事を仕損じる、だよ」
気付けば、チャコがロレナの肩に乗っていた。まるでロレナを慰めるようにぺろりと頬を舐めていく。
触れられたことで、一気に緊張と思い詰めていた気持ちが解けた。これまで脳天気な態度ばかりだったチャコが慣用句を用いたことに驚いたのもある。
ロレナはゆっくりと深呼吸をして、琥珀の入った小瓶をもう一度握りしめた。
「そうね……イヴォンのように逃げられるんじゃないかって、すごく焦ってたみたい。
今回の夢は私とは一切関係のないものだったし……流石にバレてないと思うけど、少し様子を見た方が良いかもね」
暗闇の中、チャコにゆったりと微笑みかける。チャコは嬉しそうに笑った。
トン、と肩から降りて、ロレナの膝の上に座り込むチャコ。
「気分転換ってことでちょっと違うことに魔法を使ってみたら?」
「違うこと?」
「うん。昼間、コニーに小瓶に入れるものを選ばせたでしょ? あれ、コニーにあげたら?
もちろんそのままあげるんじゃなくて……良い夢が見れる魔法をかけて」
チャコの提案にロレナの目から鱗がポロリと落ちた。
これまで、悪夢のことしか考えこなかったのだ。だが、ロレナの魔法は決して『悪夢を見せるもの』ではない。チャコもリーネも『夢を操る』と言っていた。つまり、相手の望む幸せな夢を見せても良いのだ。
今日、エルネスタに見せた夢の前半は良い夢だと言えなくもないが、目的が復讐のための情報収集だったので全くそんな発想はなかった。
「……そう、ね。それは良いかもしれないわ……コニー、あんまり眠れてないと言ってたし……」
顎に手を当ててうんうんと頷く。考えれば考えるほどにしっくりくる提案だ。
自分の復讐、そして判明した母親の本当の死因。ここ最近はそのことばかりがロレナを支配しており、あまり良い状態とは言えなかった。エリオスやリーネの存在が支えにもなってくれているが、それとこれとはまた別問題である。
ロレナは小瓶を握りしめる手を緩めながらゆっくりとベッドを降りた。
琥珀が小瓶をそっと棚に戻し、代わりに黄色いドライフラワーの入った小瓶を手に取る。
中に入っている黄色いドライフラワーを見て目を細める。かつて、母親であるテレジアが庭園で育てていた色とりどりの花々。その中で揺れていた陽だまりのような温かい花を思い出した。
「どんな夢にするの?」
チャコが足元でロレナを見上げる。
問いに対してロレナはゆっくりと首を振った。
「夢は指定しないわ。”相手の望む夢”という漠然とした魔法も効くのは今日で証明されたもの」
(それでエルネスタがあんな夢を見るとは思わなくて正直驚いたけどね……途中から私の都合の良いように変えられることも証明できたら良かったわ)
ロレナは思わず溜息をついた。
――そう、今日エルネスタが見た夢はエルネスタ自身が望んだものである。
てっきり宝石などに囲まれた夢、豪華なパーティーなどを夢見るのかと思っていたら、まさか見目麗しい青年たちに傅かれる夢を見るとは思わなかった。流石に青年に扮してエルネスタに媚を売るなんて真似はできなかったので、夢の中の登場人物たちはただの幻だ。ロレナが操っていただけである。
夢のことを思い出したところで、嫌な気分になってぶんぶんと首を振った。
「とにかく、コニーが楽しく幸せな夢を見てくれれば良いのよ。寝不足にならないようにね」
そう言って小瓶を両手で優しく握りしめた。
これまでの魔力とは違い、柔らかな魔力が生まれる。魔力が渦を作り、小瓶を包みこんだ。ゆっくりと小瓶の中にあるドライフラワーに吸い込まれるように消えていった。
夜だというのにドライフラワーが微かに光っている。
頭上に掲げて、しげしげと眺めた。
「……良さそうね。これを明日コニーに渡しましょう」
「夢を小瓶に詰めるの、すっかり慣れたみたいだね。すっごくスムーズな魔力の流れだったよ」
「そうかしら。……相手の幸せを願う夢は初めてだから、ちょっと心配なのよね」
ロレナは頬に手を当てて小さく溜息をついた。チャコは楽しそうに笑っている。
「それ含めて実験でしょ?」
何でもないことのようにあっけらかんと言うチャコ。
彼の言葉に目を丸くし、静かに肩を落とした。
「……確かにそうね。何事もやってみなきゃわからないし、失敗したら別の夢をプレゼントすることにするわ」
「そうそう。他の人間相手みたいに復讐じゃないし、チャンスはいくらでもあるよ」
「ええ。じゃ、そろそろ寝ましょう。……結局こうして起きてるんじゃ、寝不足は根本的に解決しなさそうね……」
棚にドライフラワーの入った小瓶を戻してから、ベッドに向かった。チャコも一緒についてくる。
ごろりとベッドの上に転がり、掛け布団を手繰り寄せるとチャコが布団の中に入り、頭だけを覗かせた。まるで人間のような行動にくすりと笑ってから二人で布団に包まる。
「おやすみ、ロレナ」
「おやすみなさい、チャコ」
チャコが目を閉じるのを見てから、ロレナも目を閉じた。
(そうだわ。自分用にも一つ、穏やかな夢が見られる小瓶を用意してもいいかもしれない……)
そんなことを考えながらゆっくりと眠りにつく。
悪夢以外にも使い道があると知れて、ロレナの心はどこか軽くなったのだった。




