44.琥珀の悪夢
煌びやかな空間だった。
大きく豪華なシャンデリアはホールを明るく照らし、光の反射によってまるで天国のような眩さを放っている。着飾った人々が行き交い、一際眩い光を放つ一角へチラチラと視線を向けていた。それは、羨望の眼差しだった。
ホール内の視線を一心に集めていることに恍惚となり、ワインを片手にケラケラと笑う女性。
――エルネスタ・シュタールベルク。
彼女は大きなソファにどっかりと身を委ねている。彼女の左右前後、ソファをぐるりと囲んで傅くのは見目麗しい男性たちだ。彼らはみな、彼女の寵愛を得ようとするかのように食べ物や飲み物を差し出したり、わざと甘えるような仕草を見せていた。
自分の傅く彼らを見て、エルネスタは至福の笑みを浮かべる。
彼女の表情は陶酔しきっており、「ふふふ」と抑えきれない笑みが零れ落ちた。
「エルネスタ様、何か楽しいことがございましたか?」
「――ええ。とぉっても」
「お一人で楽しんでしまうなんて……どうか、私にその楽しみをお聞かせください」
甘い顔立ちの青年が甘えるようにエルネスタの足にすがりつく。エルネスタは嗜虐的な笑みを浮かべながら、彼の頭から頬、顎にかけてをゆっくりとなぞっていった。
「平民だった私が侯爵家の女主人よ? こんな楽しいことはないわ!」
「元々いらっしゃるべきところに戻られただけでしょう。貴女にはその地位こそ相応しい……」
彼はそう言いながら、恭しく彼女の手の甲に口づけを落とす。
エルネスタの満足げな顔が面白くないと言わんばかりに、反対側から黒髪の青年がエルネスタの体をそっと抱き締めた。
「……ずるい。そいつとばかり話をするなんて。俺にも貴女のことを教えて欲しい……」
「あらあら、いやだわ。忘れてたわけじゃないわ? えぇと、……まぁいい。
私の何が知りたいの?」
エルネスタは彼の名前など言えやしない。しかし、それはこの空間では当然のことだった。
彼女は体をひねり、彼の顎をつぅっと人差し指でなぞる。まるで誘うように。
「貴女のことなら何でも。良いことも悪いことも……全て知りたい……。
どうやって侯爵夫人の座を手に入れたのか、……悔しいけど、侯爵との馴れ初めも……」
彼もまた甘えるような声を出し、彼女の手に顔を寄せた。
そして、眩くざわつくホールの中で、エルネスタはそっと彼に唇を寄せる。内緒話でもするような距離感だった。
エルネスタは愉悦に満ちた笑みを浮かべて、そっと赤い唇を動かす。
「――ダメよ。ベルトランとの約束なの、誰にも言わない、って……」
「妬いてしまいます……侯爵様に。どうして貴女のような女性を手に入れられたんでしょうか」
「ああ、本当に。手に入れられないなら、せめて貴女のことを知りたい……」
右から、左から。二人の青年に言い寄られたエルネスタの表情はこれ以上なく緩んでいた。誰もが息を呑むほどの美青年が二人、彼女の愛が欲しいと囁いているのだ。有頂天にならないはずがない。
エルネスタの口元が緩む。
言いたくて言いたくてたまらないという顔をしている。
金髪の青年が彼女を上目遣いに見つめた。
「エルネスタ様……どうか、貴女の恋の奴隷に御慈悲を……」
熱を孕み、潤んだ目で見つめられて、エルネスタは鼻の穴を大きくする。両手で緩む表情を必死に押さえつけていた。
黒髪の青年は何も言わず、じーっとエルネスタを見つめていた。
やがて、エルネスタは頬を両手で押さえたまま口を開く。
「……あの人と出会ったのは、春のことだったわ――」
まさかベルトランとの馴れ初めから話すとは思わなかったが、二人の青年はちらちらと嫉妬心を見せながらエルネスタの話に耳を傾けていた。「そんな素敵な出会いが」と感嘆してみたり、「勝てないな……」などと悔しそうに呟いてみたりする。
ベルトランとのどうでもいい恋物語は長々続いたが、おかげで二人の関係がベルトランの婚約が決まる遥か前からあったことがわかった。
エルネスタは自分の物語に酔ってうっとりしている。
「彼は絶対に私を迎え入れると約束してくれたの。子供を作った時はやりすぎじゃないかと思ったけど、貴族の義務があって何もないと周囲から怪しまれると言われてしまっては……私も黙るしかなかった。
けど、丁度その頃ね。彼の使いが、私の元に訪れたの。
彼は魔法のクスリを持っていたわ――……」
魔法のクスリ。
青年二人は前のめりになって「魔法の?!」と色めきだって見せた。
エルネスタは勿体つけるようにため息をついてから、にいっと笑みを浮かべる。
「飲み続けると、とある病と同じ症状が出るけど、同じ方法では決して直せない――素敵なクスリよ。
私はベルトランの指示に従って、イヴォンと仲良くなってクスリを渡し……彼女がテレジアの食事にクスリを入れるように差し向けたの」
エルネスタはすっかり自分の物語に酔っているようで、罪悪感などは欠片も見せなかった。まるで、そうすることが正しいと言わんばかりの態度である。
眩いシャンデリアの光の下、全てが許されているかのように振る舞っていた。
「勿論上手く行ったわ。あの女、どんどん衰弱していって、最後には骨と皮だけになったそうよ。
アハハハッ! いいザマだわ! その様子が見れなかったのがとぉっても残念……!
あの女は私とベルトランの仲を引き裂き、私よりも先に子供を作って……!
でも! 今は私がシュタールベルク夫人なの! あるべき地位に、私は立ったのよ!」
エルネスタの高笑いがホールに響く。
ざわついていたホール内はいつの間にか静かになっており、周囲にいた人々は無機質な目でじっとエルネスタを見つめていた。左右にいた青年二人もエルネスタのことを冷えた目で見つめている。
違和感に気付いたエルネスタが、はっと周囲を見回す。
「ちょ、ちょっと……あ、あなたたちが知りたいって言ったのよ!?」
返事はない。
金髪の青年も、黒髪の青年も、エルネスタを責めるように見つめていた。
エルネスタが慌てて立ち上がり、その場でぐるりと回った。
無機質で冷えた、目、目、目。
無数の目が彼女に注がれていた。ゾッとするほど冷たい視線だった。
「な、何よ……何なんのよ! 急に?!」
金切り声を出すエルネスタ。しかし、誰も何も言わなかった。ただ無言で彼女を見つめ続けている。
気味の悪さを感じたのか、エルネスタがその場から逃げ出そうとした。
が、その腕を青年二人がガシッと掴んだ。
「何?!」
「まだ何かあるでしょう?」
「ああ、ぜひ聞きたい」
「も、もう何もないわよ! ちょ、っと、離して……い、痛ッ……!?」
腕を掴む手に力が籠もっている。エルネスタの指先が微かに震えてしまうほどに。
「何もない」を繰り返すエルネスタを見た青年二人は顔を見合わせて、軽く肩を竦めた。
「もう本当に何もないんですか?」
「何も、って……あの女の娘を虐めたこと? ベルトランに飽きて、ちょっと遊んでること?
こんなの大したことじゃないわ。誰でもやってることでしょ! 本当に何なのよ!?」
「……誰でも、ねぇ。まぁいいや、そういうことにしておこう。――他は?」
「ないわよ!」
エルネスタはこめかみに血管を浮かせながら彼らの腕を振り払う。思いのほかあっさりと手が離れた。
それと同時に、頭上でミシッと何かが軋む音がする。
パラっと砂粒のようなものが落ちてきたため、エルネスタが頭上を見上げた。
メリメリメリと天井が裂けるような音がしたかと思えば、ジャラララッ! と鎖の激しく擦れ合う音とともに、光の塊が落ちてくる。
ズガシャァッ! という凄まじい破壊音とともに、エルネスタの体はまるでトマトのように圧し潰されてしまった。血飛沫が飛び散り、シャンデリアの下からは赤黒い血が流れ出す。
その光景を二人の青年も、また周囲の人々とも無機質に見つめるのだった。




