43.夢の小瓶と魔女のコレクション
一方、セレスティアーヌの思惑やエリオスの戸惑いなどを知る由もないロレナ。
イヴォンが亡くなった日から数日は何もせずに大人しくしていた。彼女の葬式もシュタールベルク侯爵家が執り行うことになったのも大人しくしていた要因の一つだ。
ベルトランが意外にも動揺していたり、アデルやエルネスタはイヴォンを重宝していたので悲しんでいるように見えた。
しかし、それも数日すれば元通りになってしまった。
(……案外、あっさりと日常に戻っていくのね。人が死んだというのに……。
私が死んだ時も、蘇らなかったらきっともっと早く忘れられていたに違いないわ)
屋敷内も落ち着きを取り戻した頃にコニーとクレストを伴って雑貨屋に来ていた。
悪夢を保管していた小瓶があと一つになってしまったので買い足しに来たのだ。
店内に入ると、コニーも一緒についてくる。
イヴォンのことがあるので休んでていいと言ったのだが、「ロレナお嬢様を一人で行かせるわけにはいきません」と言ってついてきたのだ。ロレナの方の気持ちは落ち着いているので、少々申し訳ない気分になりながら同行を許してしまった。
「ロレナお嬢様、あの小瓶がお気に召したのですね」
「ええ、そうなの。並べて飾ってみると結構いい感じなのよ。もっと欲しくなっちゃって……」
コニーの言葉に、”あくまでもインテリアとして楽しんでいる”というアピールを忘れない。本来の用途はあくまでも『悪夢の保管』なのだ。
以前と同じ雑貨屋の小瓶が並ぶスペースへと近付き、ゆっくりと並べられている小瓶を眺めた。
細長いもの、丸いもの、正方形、長方形、水滴のような形をしたものなど形は意外とバリエーション豊富だ。ガラスの色も透明が多いが、中には色付きのガラスもあった。
(結構色々種類があるわね……折角だもの、色々と買い揃えてみても良いかもしれないわ)
『なんか前よりも種類が増えてる気がするね。流行ってるのかな?』
姿を消しているチャコが棚へと飛び上がる。周囲にあるものを物色して見て回っていた。
その様子を気にかけながら、小瓶をいくつかコニーへ渡す。コニーは店員から受け取った籠の中に、小瓶を大切そうに入れた。
コニーは普通の顔をしているものの、目の下に薄っすらと隈ができている。
「……コニー、大丈夫? 最近眠れてる?」
「えっ。あはは……実はあまり眠れてなくて……」
コニーにとってイヴォンがどういう存在だったのかはわからない。ただ、同じ屋敷のメイド長とメイドという関係であり、人となりを知っているはずである。どちらにせよ、まだ年若いコニーが身近な人間の死にショックを受けているのは間違いなかった。
小瓶の中に入れるものを選びながら、少し考える。
そしてドライフラワーを指さした。
「コニー、この中ならどれが好き?」
「このドライフラワーの中、ですか……あ、この黄色い花が可愛くて好きです」
「じゃあ、それを買っていくわ。それから、これとこれ……あとこれも」
コニーが好きと言った黄色い花と、目についたものを色々と籠に入れていく。コニーはちょっと驚いてから、気恥ずかしそうに「えへへ」と笑っていた。
(コニーが倒れたら私の世話をしてくれる人がいなくなるかもしれないわ。出来る限り大切にしないと……。
なんて、打算混じりにコニーを気遣うなんて、我ながら嫌になっちゃうわ)
自分に自嘲し、小さく溜息をついた。ふと、視線を落とした先に黄色く透明な石が目に入る。
「……これは……えぇと、琥珀?」
『あ、それ知ってる! 樹脂が固まったやつだよ。時々、虫が取り込まれて化石化するらしいね』
チャコが喜々として説明してくれる。コニーは「コハク?」と不思議そうな顔をしていた。
どれもこれも小さく形が歪で、先日買ったクズ真珠と同じようなものなのだろう。よくよく見れば、チャコが言ったように虫が入っているものもある。若干の気持ち悪さとは別に、妙なシンパシーを感じた。
何故、虫が樹脂に取り込まれるのか――。
何となく虫が間抜けなのかもしれないと思いながら、一つだけ籠に入れておいた。
「こ、これも買うんですか?」
「ええ、何だか面白いでしょう」
「……中に虫が入っているのに?」
「そこが面白いと思ったのよ」
コニーはどちらかと言えば「気持ち悪い」と感じているようだ。その気持ち自体はロレナも否定しない。
『ロレナ。全部悪夢用にするのもどうかと思うからダミーや他のインテリアも買った方が良いよ。
今のところ、君は全部インテリアとして飾っていて隠しているわけじゃないから』
(ダミーや他のインテリア……それもそうね。そういう自衛もきちんとしておかなきゃ)
小瓶はロレナでなければ使えないようになっている。しかし、出来る自衛はするに越したことはない。
チャコの言葉に納得しながら、コニーに「小瓶以外で良さそうなインテリアはあるかしら?」と聞きながら周囲を見て回った。
前回は単純に『悪夢を保管するためのもの』を探しに来ており、今日もその延長のはずだった――。しかし、ダミー用や他のインテリアをと意識すると、周囲の景色がぱっと開けたように感じる。
(……そうか。好きなものを選んで良いんだわ)
今更そんなことに気付き、純粋なショッピングを楽しんだのだった。
◇ ◇ ◇
購入したものを部屋に運び込み、コニーとクレストには下がるように伝える。
専用の棚も購入して運ばせ、そこに小瓶とロレナが選んだインテリアがお行儀よく並んでいた。ドレスは面倒臭くて店員に任せてしまったし、紹介されたデザイナーにも「流行は然程気にしないので露出の少なく落ち着いたものを」とリクエストしている。
つまり、この棚に並べられた品々はロレナのコレクションであるわけだ。
ドレスを眺める時以上の満足感を覚える。
「ふふふ。ねぇ、見てちょうだい。この木彫りの猫たち、可愛いでしょう?」
「うーん、そうかなあ? 僕の方が可愛いよ」
「もう、木彫りの猫とチャコじゃ比べようがないわよ」
お座りをして首をかしげている猫、丸くなって寝ている猫、伸びをしている猫の三匹を指さして見るが、チャコはどうやらあまりお気に召さない様子だ。自分が猫だからか、対抗心があるらしい。
「こっちのキャンドルホルダーの細工も綺麗だし、小物入れも可愛いわ……。私、こんなに自分の気に入ったものばかり買ったの初めてよ」
「統一感がないけど、ロレナが嬉しそうで良かった。小瓶もそうやって並べてみると完全にインテリアにしか見えないね」
猫、小瓶、猫、小瓶、猫、小瓶の順に並んでいた。小瓶はインテリアとインテリアの間にワンポイントとして配置されており、それは全体のアクセントとして機能している。あくまでメインはロレナの気に入ったインテリアの数々という見せ方になっていた。
ロレナはそれらを満足気に眺め――はっと何かに気付き、小瓶を一つ手に取る。
そして、ぎゅっと両手で握りしめて魔力で小瓶を包みこんだ。
「ロレナ? ……あ、小瓶が割れないようにしてるんだね。さっすが~!」
「いいえ、気付くのが遅かったわ。でも、これでちょっとやそっとじゃ割れないはずよ。
……そろそろ次のことも考えないとね」
言いながら、小瓶一つ一つを魔力で包み込んでいった。
小瓶に今日買ったばかりの琥珀を入れて蓋をする。割れないように魔力で包みこんでから、小瓶を視線より少し上に持ち上げて琥珀を眺めた。
「……まぁ、次は誰にするか……もう決まっているのだけど。
いつの間にか囚われて身動きが取れずに化石化してしまうなんて素敵よね」
ニヤリとロレナは笑う。それを見たチャコは楽しそうに尻尾を立てて「頑張ろうね!」とウキウキとエールを送ってくるのだった。




