34.魔女の友情、のようなもの②
最初の時の謝罪と、協力への感謝を口にしたばかりである。
なのに、彼女を疑う真似はしたくないが――この違和感をはっきりさせておきたかった。
「……リーネさん。貴女、まるで私が誰にどんな夢を見せたのか、知ってるような口ぶりね?」
ゆっくりと言葉を紡げば、コンパクトに映るリーネの表情が強張る。これまでヘラヘラしていた彼女の表情に初めて”焦り”が生まれているのが見えた。
リーネはまるで動きの悪くなった歯車のようにギギギとぎこちなく口の端を持ち上げる。
『い、いやいや、まさかまさかそんな……ロレナちゃんが魔法を使ったかどうかわかるだけだよ~。あは、あははは』
乾いた笑い声が響いた。その様子をしらーっと見つめてから、横で大人しくしていたチャコを見る。
「チャコ。私の夢を他の魔女が覗くことは可能なのかしら?」
「難易度は高いけど可能だよ」
予想通りの答えに溜息が漏れる。ロレナは額を押さえながらリーネをじーっと見つめた。
リーネは気まずそうな顔でぎこちなく笑っている。
「……リーネさん」
『えっ。……い、いや~~~~……ミ、ミテナイ。ミテナイヨォ……』
見たんでしょう。と暗に仄めかすが、リーネは往生際悪く否定をして両手をひらひらと振っていた。
直接顔を見合わせていればいいものを、こうしてコンパクトを通してだとうまく追求ができない。相手が通信を切ってしまえば終わりだ。何とかリーネの自白を促したいところである。
ロレナがリーネをじっと見つめて悩んでいると、不意にチャコがコンパクトを覗き込んだ。
「リーネは子爵家でロレナの魔法を間近で見て、魔力の波長もわかってるよね。なら、夢を覗き見るのもカンタンじゃない?」
『い、いや、それは~……そうだけどさ~……』
「何で隠すの???」
チャコはひたすら不思議そうだった。
仮に自分がリーネの立場であればギリギリまで隠したくなる気持ちは理解できなくはない。だが、チャコは本当に隠す理由がわからないようだった。
以前から気になっていたが――チャコは人間の感情に疎いのではないだろうか。
そんな懸念を抱きながら、今はリーネに集中する。
「……リーネさん。私がさっき貴女に感謝していると言ったのは嘘ではないわ。
これからも良い関係でいたいと思ってるの。――だから、妙な隠し事はやめてくれないかしら」
感情的にならず、淡々と、静かに。
やがて、リーネが観念したようにガクッと肩を落とした。
『……はい。ごめんなさい。……見てました。
ロレナちゃんがタチアナちゃんとイヴォンちゃんに復讐する夢を……』
わかっていた答えである。
しかし、いざはっきり言われると、顔がじわじわと熱を持っていった。
タチアナとイヴォンへの淑女としてあるまじき暴言、そして血塗れのグロテスクな悪夢。
そして、あれらを作り出したのが間違いなくロレナ自身であるということ。
ロレナは恥ずかしさのあまり、ガバッと顔を伏せて両手で覆い隠してしまった。
『ええっ?! ロ、ロレナちゃん?! え、う、うそ、な、ななな泣いてる!?
ごごごごめん! ごめんって! 絶対断られるってわかってたし、でもどうしても気になったからつい……ご、ごめんね? 本当にごめんね?』
リーネの焦った声、謝罪が聞こえてくる。しかし、それどころではなかった。
ロレナの肩がふるふると震え、それを見たリーネが一層焦る。
『ゆ、夢の中のロレナちゃんすっごくかっこよかったよぉ!? 最初は大丈夫かな~って思ってたけど、死体になってタチアナちゃんの足を握り潰したところとか、イヴォンちゃんを少しずつ切り落として行くところとか手に汗握って――』
「もうっ! リーネさんそれ以上私の黒歴史を音読しないでちょうだい……!」
沈黙が落ちた。
横にいるチャコと一緒になってロレナを凝視しており、二人の困惑した雰囲気が伝わってくる。
ロレナは俯いて顔を覆ったまま、頬を紅潮させていた。
「恥ずかしいわ……! あんなネットスラングを覚えたての中学生みたいな罵倒を口にして、中二病全開の悪夢をドヤ顔で披露してたなんて! 見られていたとも知らずに!!
エリオス様に”見たい”と言われて断った矢先にコレだなんて……!」
絶対に誰にも見せられない悪夢だと思っていた。
とにかく恥ずかしい。
恥ずかしくてたまらない。
前世の記憶も手伝って、自分の心境がすらすらと言葉になって出てきた。
エリオスとの会話で絶対に他人には見せられないと堅く誓ったばかりなのにこれである。穴があれば入りたい。なければ穴を掘りたい気分だった。
『え、そっち……? っていうか、エリくんが見たいって……?』
「ええ、誰かの復讐が見たいそうよ……。見せる気はないけれど……」
『へー、ふーん。ほー、エリくんがそんなことをねぇ……』
リーネの困惑顔に若干のにやけが混ざった。少し楽しそうだ。
だが、すぐに軽く咳払いをし、楽しそうな雰囲気を消してロレナを見つめる。
『わたしはてっきり”リーネさん酷い、最低、プライバシーの侵害だわ!”って怒られると思ってたのに……なんか、すごく意外な反応……』
「……そういう気持ちがないわけじゃないわ。
でも、リーネさんには色々協力してもらったし……いずれ見せることになるかもとは思っていたから……」
ようやく熱が収まってきたのでロレナはそっと顔を上げる。両手は頬に当てたままだが。
自分がどんな顔をしているのかわからないが、今は鏡を見る気にはならなかった。
「なのにあんな実験段階から覗かれていたなんて……もう、リーネさんにどんな顔をして会えばいいか……」
『えーと、普通の顔をしてくだされば……?』
「無理よ。さっきも言ったけど、黒歴史を覗かれた気分なんだもの……。
どうせ見せるならもっとクオリティの高い最高の悪夢を披露したかったわ……」
まだ頬は熱を持っている。両頬を押さえたまま、ゆるゆると首を振った。未だに羞恥心が消えてくれない。
コンパクトの中のリーネが目をまん丸にしてロレナを凝視している。
『……ロレナちゃん、ちょっと変な子だね』
「えっ。ど、どういうこと?」
変な子だなんて初めて言われた。自分ではごくごく普通の貴族の娘だと思ってたからだ。友達もいないけれど。
キョトンとしているとリーネは困ったように笑っていた。
『てゆーか、なんでエリくんには見せないの?』
「なんでって……恥ずかしいもの。無理よ」
『楽しんでくれると思うけどなぁ。わたしも楽しかったし~!』
「そう言われても流石にエリオス様には見せられないわ……」
(ご本人が見たいとは言ってるけど……やっぱり抵抗があるわ。リーネさんに見せる以上にハードルが高いし、やっぱりどうしても恥ずかしいもの……)
軽く首を振ってから一旦思考をリセットする。改めてリーネを見つめた。
「リーネさん、これからも悪夢を覗くつもり?」
『それは~……まぁ、そのつもりだよぉ。こんなに楽しいことないからね~』
やめて欲しいと言っても無駄だろう。口では「やめる」と言ったとしても、隠れて覗き見している姿が容易に想像できた。ロレナ自身、これまでリーネに覗かれていることに気付かなかったのだから、気付かれないように覗き見る術があるのだろう。
覗かれることは仕方ないと諦めるしかなかった。
ふうと小さく溜息をつく。
「……嬉しくないけど、しょうがないわね。でも見るからには今後もしっかり相談に乗って欲しいわ」
『それはもっちろーん。全力で相談に乗るよぉ。今は何か困りごとはある~?』
ないと言いかけたところで考え直す。そう言えば、一つ気になっていたことがあったずはだ。
「夢の中とは言え、血の感触がリアルで嫌なの。何か良い方法はないかしら?」
イヴォンの体を切り刻んだ時に感じたこと――。
改めて口にし、自分の手のひらを見つめた。するとコンパクトの中のリーネも、横にいるチャコも何とも言えない顔をしている。チャコがこの顔をするのは二度目だ。
そんなに変なことを気にしているだろうかと首を傾げた。




