32.新たな魔女の存在
シャディクとともに大聖堂の翼廊の途中までやってきた。右手には身廊に入る扉が見える。
彼は静かに足を止めてニカッと笑った。
「じゃあ、オレはこのへんで……あそこの扉から大聖堂の中に戻れます」
「ここまで案内してくださってありがとうございました。助かりましたわ」
「いえいえ! お役に立ててよかったです。――何かあれば遠慮なく頼ってくださいね。マジで!」
シャディクは自信満々と言った様子で自分の胸を叩く。「ふふっ」と笑ってしまいながら、「その時はぜひ」と短く答えておいた。
彼に再度礼を言ってから大聖堂の中に戻る。
静かなはずの堂内がやけにざわめいていた。しかも出る前よりも人がかなり多い。入口付近に人が固まっており、ロレナはそちらに近付くことすらできなかった。
何事かと思っているとチャコがぴょんっと肩に乗り、にゅっと首を伸ばす。
『誰かいるみたいだね。偉い人かな?』
人混みの間を縫って混雑の原因を探る。
隙間から見えたのは聖騎士と従者を従えた一人の女性。白と金の法衣に身を包む姿は一目で地位の高いものだとわかった。
彼女が歩くと波が引くように人々が左右に割れ、彼女のためだけの道を作り出す。まるで見えない壁があり、それに気圧されたようだった。
(あれは――……セレスティアーヌ様?)
女教皇。セレスティアーヌ・オッペンハイマー。
ノルニア教始まって三人目の女教皇で、国内で知らぬ者はいない。たおやかな金髪と深く青い目に、慈愛に満ちた優しげな面差し。
女教皇という地位を差し引いてもその美貌ゆえに有名な御仁である。
彼女のために道を開ける人々が恭しく頭を下げていった。ひれ伏すのが当然、と言わんばかりの態度で。
頭を下げないと悪目立ちしてしまうため、ロレナも慌てて頭を下げる。
(……え。あれ? この感じは……?)
セレスティアーヌから感じる不思議な感覚。
ロレナの持つ魔女の魔力と共鳴した。そう、リーネに会った時のように。
『……あの子、魔女だね』
チャコが囁く。ロレナは混乱しながらも、少しだけ顔を上げてセレスティアーヌの姿を見た。
すると、セレスティアーヌもまた視線だけをロレナに向けているではないか。
この人だかりの中、ロレナだけを視界に収めている。
激しく戸惑い、呼吸も忘れそうになっていると――彼女は妖しく笑う。全てを見透かすような視線だけを投げて寄越し、人混みの前を通り過ぎっていった。
女教皇セレスティアーヌが大聖堂から去ると、周囲がにわかに騒がしくなった。セレスティアーヌの登場に「美しかった」「あの優しげな微笑み!」などと人々が興奮して話しているのだ。
しかし、ロレナはそれどころではなかった。
心臓がバクバクと脈打つのを感じながら、去っていった彼女の背中を追うように視線を遠くに向ける。
(ノルニア教の女教皇……セレスティアーヌ様が、ま、魔女!? そんなことあるの!?)
肩の上にいるチャコもまた、何か探るようにセレスティアーヌが去っていった方を見ていた。
「……チャコ、あの方が魔女って……本当に……? 勘違いじゃなくて……?」
『うん、間違いないよ。――そこそこ長生きみたいだね』
人々が興奮して騒いでいるのを良いことに、チャコとヒソヒソと話をする。
「長生きなのって何か関係あるの?」
『魔力が関係してくるよ。長く生きて魔法を行使すればするほど魔力が高まるから。
長く生きているほど魔力が高くて強いっていうのが共通認識かな、魔女の』
長生きということはロレナのように昨日今日魔女になったわけではないということだ。
母親と縁のあるシャディクの存在にも驚いたが、まさかそれ以上に驚くことになろうとは思わなかった。
(しかも――……)
セレスティアーヌが去り際、魔法で声を発した。エリオスと同じように、ロレナだけに届くように。
――『いずれお話できる機会を持てることを楽しみにしています。』
間違いなく彼女はロレナを魔女だと見抜いている。ロレナが彼女を魔女だと見抜いたように。
その上で声をかけてきたのだ。存在を認識している、と。
(悪い感じはしなかったけれど……復讐に対して否定的だったら困っちゃうわ。
彼女のこと、リーネさんは当然知ってるわよね? なんで教えてくれなかったのかしら……)
彼女が去り、人々はまだまだ興奮した様子で話している。その合間をすり抜けて出入り口へと向かった。
エリオスと話ができたのでこれ以上ここに留まる理由はない。
貴族も気軽に訪れる場所なので最初のように学園の知り合いに出会う可能性だって高いのだ。
大聖堂を出たところで、コニーが駆け寄ってきた。クレストもいる。
「ロレナお嬢様!」
「待たせてしまったかしら」
「いいえ、大丈夫です。あ、あれ? お嬢様、おでこが少し赤いようですが……?」
「えっ? これは、ちょっとね……大したことないから心配しないで」
(エリオス様とのお話中、テーブルにぶつけたなんて恥ずかしくて言えないわ……)
そんなに赤いだろうかと額に触れ、誤魔化すように笑う。
コニーは口元に手を当て、声を潜めた。
「――エリオス様とお話はできましたか?」
「ええ、無事にお会いできたわ。用事も済んだし帰りましょう」
「良かったです! 馬車をお持ちしますので少々お待ちください」
ホッとするコニー。クレストが小さく頷いて馬車を呼び寄せに離れていく。
大聖堂の周辺には様々な店が立ち並び、礼拝に訪れる人のみならず、買い物スポットとしても賑わいを見せていた。行き交う人々を眺めながら目を細める。
「……セレスティアーヌ様が女教皇になられたのは、三年前だったかしら?」
「はい、確かそれくらい前かと……あの時は三人目の女教皇様の誕生だと王都はかなり賑わってましたよね」
「そうだったわ、お祭りが盛大に行われていたわね」
ノルニア教を上げてのお祭り騒ぎだった。王室からも惜しみない賛辞を送られたことを思い出す。
――その頃には魔女だったのだろうか。
エリオスは魔女の存在を知っているが、他の幹部や信徒たちはどうなのだろう。
教会内に魔女や魔女を知るものが二人も入れば気になって当然だ。
「セレスティアーヌ様については良い噂しか聞きませんし……長く女教皇を勤めて頂きたいという声も多いみたいです」
「そうなのね……」
交友関係も皆無で世情に疎いため、そこまで支持が高いとは知らなかった。
(……復讐の邪魔にさえならなければいいんだけど。知らないままでいるのは不安ね……)
彼女の言う”いずれ”とはいつなのだろうか。
できれば遠い未来であって欲しいと願いながら、そっと頬を押さえるのだった。




