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魔女Re禍★魔女√化~首吊り令嬢の優雅な復讐劇~  作者: 杏仁堂ふーこ


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31.エリオスが望む悪夢の特等席

(……え? 見たいって……何、を……?)


 復讐しているところが見たいんだよね――。

 エリオスは間違いなくそう言った。彼のセリフが脳内で木霊している。

 脳裏を駆け巡るのは、死体となってタチアナの足首をへし折り首を吊らせて恐怖に狂わせ、イヴォンの体を順番に切り落として血塗れの絶望に叩き落とした、あのグロテスクな悪夢。

 そして、彼女らを口汚く罵り、凄惨な悪夢であったはずにも関わらず楽しく笑っていた自分の姿だ。

 自身のしたことは全く後悔していない。

 だが、あの悪夢を、それを楽しむ自分の姿を見せる――?

 それもエリオスに?

 ロレナの顔はさぁっと青褪めていった。スカートをぎゅっと握りしめる手が微かに震える。


「……エ、エリオス様がご覧になっても楽しいものはないかと……」

「でも、順調なんだよね?」

「ええ、順調は順調ですが……」


 不思議そうな顔をするエリオス。ロレナは居た堪れなくてその顔を見つめていられなかった。


「お見せできるようなものじゃないんです……色々と、こう、恥ずかしいと言いますか……」


 具体的に何をどうしているのかまでは言えないのでこれが限界だ。

 縮こまるロレナを見たエリオスがすっと目を細める。


「……そう、残念。まぁ、見せたくないならしょうがないな……」

「申し訳ございません……」


 あからさまにがっかりした声と下がったテンション。更に居た堪れなくなってしまう。


(でも、アレを見せるなんて無理よ無理! リーネさんにだって見せられないわ!

 あの悪夢とそれを作り出してる私を見られたら絶対にシラフじゃいられないもの……)


 エリオスの願いを叶えられないことに対する罪悪感はあるが、無理なものは無理だ。流石にハードルが高すぎる。

 ロレナは下唇を軽く噛み締め、ゆっくりと顔を上げた。


「あの、何故ご覧になりたいのでしょうか?」

「……まぁ、色々とね。誰かの復讐を見てみたいだけなんだ」

「そう、ですか。お力になれず申し訳ございません……他のことでしたら改めて検討させていただきます」

「わかった。考えておくよ。――シュタールベルク嬢の気が変わるのが一番いいけどね」


 エリオスは期待の眼差しを向けてきた。「うっ」と軽く引いてしまう。

 今のところ気が変わることは絶対にないと思うが――力強く拒絶するのも申し訳なさがあったので、曖昧に笑うだけに留めておいた。

 身を守る術も教えてもらい、最早話すことがない。

 彼からの願い事を断ってしまった手前、これ以上長居をするの良くないだろう。

 ロレナはそっと椅子を押して立ち上がろうとした。


「エリオス様。私はそろそろ――」

「シュタールベルク嬢」


 言葉を遮り、名を呼ばれる。少し驚きながらも浮かしかけた腰を下ろした。

 エリオスはテーブルに肘をつき、ロレナから顔を背けている。何なんだろうと首を傾げるが、彼はその先をなかなか言おうとしなかった。催促することもできず、ただエリオスの端正な横顔を眺める。


「…………えぇと、エリオス様……?」


 長い沈黙に耐えかね、そっと名前を呼んでみる。彼は軽く溜息をついた。


「…………との、……は、」

「エリオス様? お声が少し小さくて……」

「……。……テオドール・ウルティアとの婚約はどうする気?」

「え? ……ああ、エリオス様はそのこともご存知なのですね」


 リーネが言ったのだろうか。アデルに寝取られてしまったということを。

 あの家から救い出してくれる唯一の存在と思っていたのに――今の今まですっかり忘れていたことがおかしくて自嘲気味に笑ってしまう。

 その笑みに何を思ったのか、エリオスがロレナを見て顔を顰めた。


「まさか、婚約者に未練でもあるの?」

「ふふ、まさか。ただ、あれ以来顔を見てませんし……婚約の話もどうなるのか……。

 私はもうさっさと解消をしてしまいたいです。とは言え、家同士の約束事ですから侯爵同士が話するでしょう」


 そう言って軽く笑って見せるとエリオスはどこか安堵したようだった。


「復讐の障害にならないならよかった」

「テオドール様への未練や情などこれっぽっちもありませんわ。あるのは復讐心だけです」


 名前を口にしても何の情も沸かなかった。思い浮かぶのは、あの日アデルとのことを棚に上げて自分を責めてきた姿だけだ。その姿を思い出すだけで腹の奥がグツグツと煮えるようだった。

 そして、今度こそと思いながらゆっくりと立ち上がる。


「エリオス様。今日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

 私はそろそろお暇させていただきます」

「そう、わかった。――じゃあ、シャディクに外まで送らせるから」


 そう言うとエリオスは呼び鈴を鳴らしてシャディクを呼んだ。


「無用な心配だと思いたいけど……バランスを見誤って、相手に逃げられないようにね」

「……逃げられる……?」


 歩きながらエリオスがロレナを見ずに静かに語りかけた。意味がわからず、首を傾げてしまう。しかし、エリオスはゆるゆると首を振ってそれ以上言おうとはしなかった。


「多分、俺の杞憂。変なこと言ってごめん」


 そうこうしている間にシャディクが部屋までやってくる。エリオスとシャディクの軽いやり取りの後、ロレナはシャディクとともに大司教の部屋を後にするのだった。



◇ ◇ ◇



 一度行き来しただけでは決して道順を覚えられないような教会内部。

 シャディクの後をついて歩いていると、行きと同じくシャディクが歩調を緩めてロレナに並んだ。


「シュタールベルク嬢。ちょっと聞きたいことが」

「はい、何でしょう。エリオス様と何を話したかは秘密ですよ」

「それも気になるんですけど、そうじゃなくて……アレンス姓をご存知なんですか?」

「えっ……?」


 一瞬何を言われたのか分からず、ぽかんとシャディクを見上げてしまった。

 ――最初、シャディクが名を名乗った時に”アレンス”という姓に心当たりがあったのは確かだ。とは言えプライベートなことだったので口にはしなかったのだが、まさか本人から聞かれるとは思わなかった。

 慌てて視線を逸らし、口元に手を当てる。


「え、ええ、一応……ノルニア教が運営する孤児院の出で、姓を持たない方が与えられる姓ですよね?」

「あ、やっぱりご存知なんスね。そうそう、オレ孤児院の出なんですよ。良かったー」


 突然シャディクの機嫌が良くなり、ニコニコと笑い出す。

 そして、その笑顔のままロレナをじっと見つめた。


「え、えっと……?」

「テレジア・シュタールベルク様」


 目を見開く。歩みを止め、目の前にいる異国の血が混じった聖騎士を見つめた。

 向かい合い、憧憬を込めた眼差しをロレナに向けている。


「よくオレのいる孤児院へ慰問に来てくださいました。

 オレが棒切れ振ってるところを褒めてくれて、”将来は騎士様ね”と言ってくれて……。

 その言葉がきっかけで騎士を目指して、今ここにいます」


 気が付くと、シャディクはその場に跪いていた。戸惑うロレナを優しげに見上げる。


「テレジア様にお礼を言う機会には恵まれませんでした。だから、あなたに伝えさせてください」

「そんな、私は……」

「――オレの自己満足なんです。付き合ってもらえませんか?」


 母親の名前を出されて、こんな風に言われて、断れるはずがなかった。まさかこんなところで母親の名を聞くなんて思いもしなかったからだ。

 自分が彼から礼を言われるのは不相応と知りつつ彼に向き直った。

 シャディクがそっとロレナの手を取り、恭しくキスをする。


「オレが今ここにいられるのは全てあなたのおかげです。ありがとうございます」


(さっきまであんなに飄々としていたのに、今は騎士の顔だわ。根は真面目なのね)


 少し驚きながらも、母親だったら立派に成長した彼に何を言うだろうかと考えた。


「……立派な騎士様になられましたね。全て貴方の努力の結果ですよ」

「ははっ……」


 シャディクが不意に笑い、くしゃりと破顔する。そんなに変なセリフだったろうかと挙動不審になっていると、シャディが「違います」と首を振った。

 気が済んだらしく、ゆっくりと立ち上がる。


「なんか、マジでテレジア様みたいだったんで……」

「そんなにそっくりだったかしら?」

「少なくともオレの記憶の中にテレジア様そのものでした。……ありがとうございました、シュタールベルク嬢」


 シャディクが頭を下げる。すっきりした顔でロレナを見つめていた。

 彼のことを眩しく思いながら、「とんでもないです」と首を揺らす。


「テレジア様に恩返しできなかったんで、もし何かお困りならぜひオレを頼ってください」

「それは――……ありがとうございます。何かあれば頼らせていただきます」


 少し迷ったが断ると逆に失礼になってしまうので彼の気持ちは受け取っておく。

 母親が遺してくれた縁がこんな風に繋がるとは思わなかった。けれど、流石に彼を自分の復讐に付き合わせようなんて思わない。頼らないのが一番だが、頼るとするならあくまでも『騎士』としてだ。

 シャディクから母の思い出を聞きながら歩くのだった。

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