28.聖騎士の余計なお喋り
翼廊から外に出ると、一人の聖騎士が待機していた。
聖騎士用の真っ白な隊服とマントに身を包み、左腕には腕章をつけている。紫がかった黒髪と赤い目、不思議な色香のある男性だった。
彼はロレナの姿を見ると気さくそうな笑みを浮かべ、胸に手を当てて一礼した。
「私はエリオス様付きの聖騎士、シャディク・アレンス申します」
”アレンス”という姓を聞いて瞬きを一つ。だが、初対面で聞いていいこととは思えず、スカートの裾を摘んだ。
「御機嫌よう。ロレナ・シュタールベルクです。エリオス様から貴方についていくようにと言われました」
「はい、エリオス様より聞いております。こちらへどうぞ」
先導するように歩き出すシャディク。ロレナが彼の後について行くと、チャコも一緒になって歩き出す。
チャコが『彼は普通の人間だね。魔法がちょっと使えるみたい』と呟いた。
ゆっくりと後を追いかけながらしげしげと彼の背中を眺める。異国の地が混ざっているらしく、肌の色が濃く、身長と手足が長い。
これまで他人に意識を向けることがなかったため、ロレナは知らず知らずのうちに彼のことを観察してしまっていた。
視線に気付いたのか、シャディクが肩越しにロレナを振り返る。
「何か気にかかることでも?」
「い、いえ……すみません、じろじろと見てしまって」
「お気になさらず。……ところで、」
言いながらシャディクが速度を落とし、ロレナの隣に並んだ。歩きながら顔を近付けてくるものだから面食らう。
彼はロレナの様子など気にも留めず、口元に手を当てて声を潜めた。
「あのカタブツをどうやって落としたんです?」
「……え? か、かたぶつ?」
「エリオス様ってご存じの通り浮いた噂がひとっつもないのはご存じでしょ? なのに今日急にシュタールベルク嬢を呼んでるとか言い出して、オレをこんな風に使うのも初めてなんで、マジでちょっと、いや、かなり動揺してるんです。
実際ンとこどう――おわぁっ?!」
口を挟む隙もなくペラペラと話し続けるシャディクが不意に何かにつまずいた。本人は「おっとっと」と言いながら、片足で数歩進んだところで立ち止まる。
彼の足元に視線を向けると風魔法が絡みついているのが見える。『誰かさんが引っ掛けたみたい』とチャコが笑って、左手の回廊を見る。
釣られて視線を向けると、左手にある回廊からゆっくり誰かが近付いてきた。
彼はロレナを一瞥してから、数歩先にいるシャディクを冷たく見据える。
「……俺は、静かに、余計なことは喋らずに、連れて来いと言ったはずだが?」
「あ、あはは。大司教サマ、お部屋でお待ちでは……?」
「お前が余計なことをしそうな気配を感じ取ったので来たまでだ」
エリオスの口調は氷のように冷たい。しかも今に限っては明確に棘が感じられる。シャディクは気まずそうに笑うばかりだ。
思わず、まじまじとエリオスの横顔を見つめてしまった。
最初に会った時、さっき身廊で会った時、そして今。見る度に印象が変わる。不思議な人だった。
「シュタールベルク嬢」
「あ、は、はい」
「俺の騎士が失礼した。ここからは俺が案内する。――シャディクは来なくていい」
「ええっ?! オレがいなかったらお茶は誰が出すんスか! てか、大聖堂の中で魔法使うのやめてくださいよ!」
エリオスはシャディクを無視して「こっち」と言ってロレナを案内する。ロレナはシャディクを気にしながら、今度はエリオスの後について歩き出した。その後ろをシャディクが「もー、ウチのご主人様は~」とぼやきながらついてくる。
(……ず、随分フランクな関係なのね。聖騎士はプライドが高くてお堅いイメージがあったから意外だわ……)
ロレナがこう思っている間にもシャディクはブツブツと独り言を言っている。エリオスに対する愚痴のようだが、本人にも聞こえそうな距離で愚痴を言うなんて随分と肝が据わっているようだ。
大聖堂の奥には入ったことがなかったので、ついついキョロキョロと周囲を見てしまう。
真っ直ぐに伸びた回廊には扉や窓があり、窓からは庭が見える。作り自体は大聖堂と類似しているが、こちらは信者に見せる用ではないからか簡素な作りのものが多い。あちこちに置かれている調度品は高価そうだが。
「エリオス様の部屋までは少し歩きますよ、シュタールベルク嬢。仮にも偉いヒトなんでイイ部屋なんですよ」
興味深く見ていると、背後からシャディクに話しかけられる。
驚いて彼の顔を見ると、人懐こそうに笑っていた。
「えっ? あ、ああ、そうなの? ありがとう」
「いーえ、どういたしまして。ご主人サマは間を持たせるってことを知らないから……」
「シャディク、うるさい」
「はいはい、静かにしてまッス」
先を行くエリオスに注意され、シャディクは黙る。
彼が黙ってしまうと途端に静かになってしまった。
大聖堂は常に静寂に包まれている。ここも同様で、誰かのお喋りなどは聞こえてこない。というか、そもそも人がいない。
黙って歩き続け、階段を登り――ようやくとある扉の前で歩みが止まった。
”偉い人の部屋”というのが一目でわかるほどに豪奢で大きな扉である。エリオスは当たり前の顔をして、扉を開けて室内へと入っていった。
「シュタールベルク嬢、こちらへ」
「はい、失礼します……」
シュタールベルク家も歴史があるので屋敷もそれなりだが、やはりノルニア教の大司教の部屋ともなるとレベルが違う。こんな部屋に自分が入っていいのかと若干気後れしながら足を踏み入れた。
何をどう使うんだというほどに広い部屋の中を案内されるままについていく。
向かった先は窓際にあるテーブルセット。
「どうぞ、座って」
「失礼します」
さっきから同じことしか言ってないなと思いながら、勧められるままに腰掛けた。エリオスは正面の席に腰掛けながら口を開く。
「シャディク、お茶を」
「ほらー! やっぱりオレがお茶入れるんじゃん!」
「無駄口叩かないで、早く」
シャディクのことを見もせずに言うエリオス。シャディクは口を尖らせながらお茶を入れに行ってしまった。
「……あの、他の使用人は……?」
「いるけど。指示を出す時は全部シャディクを通すことにしてる。
たくさんいると管理が大変だし、そもそも傍に人がいるのが嫌だし面倒で……まぁ、シャディクもお茶くらい誰かに淹れさせてると思うよ。持ってくるのはあいつだけどね」
「そ、そうですか……」
あの感じだとどう考えても自分でお茶を淹れてそうだが――それはロレナとは無関係なので何も言わないでおいた。
じ、とエリオスがロレナを見つめる。
気怠げな空色が、真っ直ぐに向けられていた。
(そ、そうだわ。謝罪と用件を伝えなきゃ……!)
端正な顔に見つめられたせいで我を忘れていた。慌てて本来の用件を思い出し、グッと手に力を入れる。
よし声を出そうと思った矢先、エリオスの方が先に口を開いた。
「たった三日なのに見違えたね、シュタールベルク嬢」
「えっ?」
「こないだ会った時はまだどこか迷いとか自信のなさがあったけど……今はもう吹っ切れてそう。
それに、そのドレスも髪型もアクセサリーも。――よく似合ってるよ」
言葉とともにエリオスの表情が柔らかくなる。
一瞬何を言われたのか分からずぽかんとし、その後にかーっと顔が赤くなってしまった。
お世辞でも社交辞令でもない、実感の籠もった言葉。
まだテオドールとの関係が良好だった頃にも褒められたことはある。が、それはあくまでも婚約者の社交辞令の範疇で、言わば挨拶のようなものだった。
こんな風にロレナ自身を見て言われたことなどない。
(エ、エリオス様に他意がないのは明白よ。ただ、この間の私と比較しただけ……!
ああでも今思い出すと、昔の自分の装いがとにかく恥ずかしい……!!)
今更ながら芽生える羞恥心。コニーの言う通り一番いいドレスを身に着けてきて良かったと心底安堵する。
しかし、エリオスの顔をまともに見ていられず、ロレナは膝の上で手をぎゅっと握りしめて縮こまってしまった。




