27.大聖堂の迷える子羊たちへ、大司教様のお言葉
王都にあるノルニア教の大聖堂。
教会全体の本部でもあり、大司教であるエリオスを始めとして様々な役職の人間がいる。定期的に開かれるミサには王都の人間だけでなく、大聖堂を一目見ようと地方からも人が来るほどだ。
元々多くの人が訪れる場所でもあるのでロレナが訪れてもさほど目立つことはない。
荘厳な佇まいの大聖堂を前に、新調したドレスとアクセサリーを身に着けたロレナはゆっくりと深呼吸をした。
あの三人に無理やり連れて来られていた嫌な思い出が蘇る。以前とは違うとわかっているのに、場所にこびりついた嫌な記憶がどうしても思い浮かんでしまう。
「では、お嬢様。私たちは外で待ってますね!」
「えっ?!」
一歩踏み出そうとしたところでコニーが笑顔で頭を下げた。横にいるクレストもそれに倣う。
慌てて振り返り、二人の顔を交互に見た。
「別に待ってる必要なんてないわ。二人も入ればいいじゃない」
「大聖堂には入ったことがないので気後れしちゃって……それに、他の貴族の方の付き添いもないみたいですし……」
周囲をちらりと見てみれば、コニーの言う通りだった。貴族とともに来た侍女やメイド、騎士たちは中にはついていかない。禁じられているわけではないが、それが通例である。すっかり忘れていた。
特別な事情があるわけでもないので二人を置いていくしかない。
「わ、わかったわ。無理を言って悪かったわね」
「いえ、とんでもございません。お誘いいただいて嬉しかったです!」
「おれもです。いずれちゃんとミサに参加したいですね。地方出身で来たことがないので……」
クレストの言葉を聞いて、再度周囲を見回してみた。貴族が多いが、平民も出入りしている。二人共地方出身なので気後れしているのは見て取れた。
今日ばかりは自分の用事になので、とにかく一人で行くしかない。
「教会の門は誰にでも開いているから、休みの日にでも訪れてみたらどうかしら。
……じゃ、ちょっと行ってくるわ。待ってる間、あっちのカフェで時間を潰してても良いわよ」
そう言って二人に軽く手を振ってから大聖堂へ向かう。
”カフェで時間を潰しててもいい”というセリフを聞いたコニーとクレストが顔を見合わせていたことを、ロレナは知らない。
大聖堂の天井は高く、それでいてとても広い。
いつも通り姿を消してロレナの横を歩くチャコも物珍しそうにあちこち見回していた。入り口ではこれから礼拝に向かう人間、そして礼拝から戻ってきた人間が行き来している。何にはおしゃべりに夢中になっている集団もあったが、いずれも声は静かなものだ。
身廊に入ると、静謐さが一層強まる。
あの三人と一緒に来た時はずっと俯いていたので、こうしてきちんと顔を上げて中に入るのは本当に久々だ。
豪奢な束ね柱、バラ窓、大きなステンドグラス。
そして、女神ノルニアの像。
溜息が漏れそうなほどに美しい。思わず足を止めて魅入ってしまった。
「……まさか、ロレナ・シュタールベルク?」
不意に名前を呼ばれて我に返る。
声のした方を見るとそこには見覚えのある令嬢が四人立っていた。いずれも驚いたような顔をしていた後に、これまでの装いとは違うロレナの姿を舐めるように見つめる。そして、何か汚らわしいものでも見るような目をロレナに向けた。
ロレナは目を細めて四人の顔を順に見つめる。
(学園でアデルの味方をして私を虐めてた人たち……手前の二人は姉妹だったわね)
扇子で口元を隠した縦ロールの令嬢、その女性によく似たポニーテール少女は彼女の妹だ。背の高い黒いロングヘアの令嬢、ややぽっちゃりな令嬢の四人組。
四人のうち三人がロレナの同級生で一人がアデルの同級生だった。学園では休み時間のたびに三人がつるんでたような記憶がある。妹はアデルと仲が良かったために、そこから三人に情報が渡っていたのだ。
縦ロールがずいっと歩み出て、ロレナの前に立つ。
「あなた、よくノルニア様の前に顔を出せますわね」
「あら、ごきげんよう。お元気そうで何よりだわ」
挨拶もしない相手に向かって礼をし、にこりと笑って見せた。
すると縦ロールが怯む。学園にいた頃の態度とは全く違っていたからだろう。学園にいた頃はこんなことを言われようものなら俯き小さくなっていたのだから。
この四人にチクチク、ネチネチ、延々と陰口を叩かれ、時には直接”苦言”を呈されたものである。
「ア、アデルをあんなに虐めておいて……家族を大切にするノルニア様があなたを歓迎するはずがないわ」
「貴女もごきげんよう。私のことをどう思うかは女神の御心にお任せしますわ。
……挨拶もなしに無遠慮なことを仰る貴女たちの方こそ大丈夫かしら。その調子だと信仰心よりも何よりもマナーを疑われてしまうのではなくて? 女神様の御前よ」
ロレナはわざとらしく溜息をつき、頬に手を当てながら声を潜めた。
今度は妹も怯み、他の三人が顔を見合わせている。
入口に近いところということと、なんだかんだで双方ひそひそと話しているだけなので、周囲の人間は気にする様子もない。
とは言え、身廊で長々と話をしていれば鬱陶しがられてしまう。ロレナは一歩後ろに引いて、静かに礼をする。
「ノルニア様の前で騒ぐのは申し訳ないので、私はこれで……」
「――ま、待ちなさいよ。あたしはあなたがここに相応しくないと言っているのよ……! どんな顔をして祈り捧げるつもりなの?!」
離れようとしたのに今度は黒髪の令嬢にガシッと腕を掴まれる。思わず顔を顰めてしまった。
学園内であんなに毛嫌いしていたのにわざわざ絡んでくる意味が分からない。大聖堂の中なので騒ぎたくもなかった。
思わず無言で相手を見つめると、彼女がにたりと笑う。
「ふふ、何も言わないってことは図星なんでしょ。一体今日はノルニア様に何を祈りに来たの。ここはあなたみたいな人がいていい場所じゃない……!」
思わず顔を顰めてしまった。足元のチャコは『何なの? この人たち』と不思議そうに呟いている。
見れば、四人とも獲物を見つけたような目をして笑っていた。
(学園を卒業してよほど暇なのかしら? もしかして婚約者と上手く行ってないことの憂さ晴らし?)
呆れながらそんな感想を抱く。まさかこんなに絡まれるとは思わなかったので、何かしら理由があるのだろう。だからと言って、これまでのように甘んじて嫌がらせを受ける気はサラサラなかった。
しかし、場所が場所だけにあまり騒ぎたくない。
強制催眠で眠らせて、ひとまずこの場を去ろうか――。
相手をするのも面倒になってきて右手を少し浮かせ、目を細めた。
魔法を使おうとした瞬間。
「神聖な場所で騒ぐのは控えても貰おう」
静かな声が響き、周囲がざわついた。
「エ、エエ、エリオス様!?」
いつの間にかすぐ後ろにエリオスがいた。
四人は突然現れた大司教エリオスに驚き、顔を赤くしていた。ロレナの手を掴んでいた黒髪の令嬢は慌ててその手を離す。ロレナは彼女を軽く睨みながら掴まれた手首をさすった。
彼女たちのみならず、身廊にいる人間がこちらを振り返る。あっという間に注目の的だった。
「女神ノルニアは教会の扉を叩く者を追い出したりはしない。広い御心で持って迷える子羊を受け入れる。
それと……君たちは噂ばかりに翻弄されず、もう少し人を見る目を養った方がいい。――では」
そう言ってエリオスは踵を返す。
一体何をしに来たのかと目を丸くしていると、エリオスはロレナを一瞥する。
微かに唇が動き、風魔法に乗ってロレナだけに彼の声が届いた。
『――翼廊から外に出て、待機している聖騎士に従って』
言うだけ言ってエリオスは去ってしまった。
四人の令嬢たちはエリオスからの厳しい言葉にショックを受けて呆然としている。静かだったぽっちゃり令嬢は今にも泣き出しそうにも見えた。最早ロレナのことなど眼中になさそうだ。
ロレナはこれ幸いと足早にその場を後にした。
(あの感じだと……リーネさんから伝言を既に貰ってる、のよね……?)
エリオスに言われた通り、翼廊に向かう。
ロレナがいなくなったことに令嬢たちが「あ!」と声を上げているが、その様子を鼻で笑いながら一度外に出るのだった。




