26.義妹の滑稽な主張
コニーの用意してくれたハーブティーを飲んで一息つく。
波立っていた気持ちがようやく落ち着いた。
「ロレナ、落ち着いた?」
「ええ、落ち着いたわ。これで楽しくアデルたちの様子が見れそうよ」
静かにカップを置き、チャコに微笑みかける。その笑みを見たチャコも大丈夫だと判断したらしい。
「じゃあ、始めてもいいかな?」
「お願いするわ」
ロレナに応えて、チャコが置き鏡に向かって魔力を放つ。
鏡面が揺れ、アデルとエルネスタが映し出された――。
◆ ◆ ◆
食堂から戻ったアデルは苛立たしげに室内を歩き回っている。
一面ピンク色で構成されたアデルの部屋だ。ロレナにしてみたら胸焼けを起こしそうな部屋である。
苛立つアデルをエルネスタがオロオロした様子で見つめ、中途半端に追いかけては途中で歩くのをやめてしまっていた。
不意にアデルがエルネスタを振り返った。
『ママ! あいつ何なの?!』
『わ、わからないわよぉ……』
アデルは屋敷の中ではエルネスタのことを”ママ”と呼ぶ。外では”お母さま”と呼んでいるが、平民だった時の名残らしい。
柔らかな金髪を振り乱して可愛らしい顔を歪ませている。
彼女の顔は本当に可愛らしく、庇護欲をそそるのはよくわかっていた。常に仏頂面のロレナと並べば、どちらが可愛いかは一目瞭然。そこにアデルのぶりっこが加わり――テオドールや、学園での同級生たちが彼女の肩を持つようになったのだ。
『首を吊って死んだはずなのに……! 確かに死んでたのよ!? その上、階段から落としたのに……!!
なんでのうのうと生きてるの?! 一体何が起きたって言うのよ……!』
アデルは親指の爪を噛み、呪詛のようにブツブツ言っている。
その表情は普段からは考えられないほどに――醜く歪んでいた。
怒り、苛立ち、憎悪、敵意、そして混乱。ありとあらゆる感情によって歪められ、普段の愛らしさは見る影もない。
『しかもあのエリオス様と一緒だったなんて、あいつには全然相応しくない……!
何かの間違いよ、絶対そうよ。そうじゃなきゃおかしいッ……!』
苛立ちを発散するかのように何度も床を踏みつけていた。踏みつける度に重い音が響き、エルネスタが肩を震わせる。
『あの女が私よりいいものを持ってるなんてあり得ないし許せない。本当ならわたしがシュタールベルク侯爵家の長女だったのよ!
あいつが持ってるものは本来わたしのものだったはずなのに……っ!!
ねえ、ママ! そうでしょ!?』
鬼のような表情でエルネスタを見るアデル。エルネスタはビクッと肩を震わせ、怯えるように顔を背けた。
エルネスタはアデルの態度にすっかり怯えている。それでいて、彼女の言葉一つ一つを恐れているようにも見えた。
『え、ええ、そうよ。本当なら、あなたは……』
『そうよね! やっぱりあいつがおかしいんだわ……一刻も早く、自分の立場をわからせてやらないと……!』
『ア、アデル。一度落ち着きましょう? そんなに苛立っていては天使のような顔が台無しよ。
ああ、ほら爪も……ね? あの気味の悪い女のことは一度忘れましょ……?』
エルネスタがアデルを落ち着かせるため、侍女にお茶とお菓子を持ってこさせる。さっきまで侍女も傍にいたのに全くの空気だった。
アデルはエルネスタの言葉でいくらか落ち着きを取り戻す。
すう、はあ。と深呼吸をしてから、普段見せる天使のような笑顔を浮かべた。
『うんっ、そうする! ごめんなさい、ママ。アデル、イライラしちゃったぁ……』
『良いのよ、しょうがないわ』
エルネスタは優しく微笑み、傷付いたアデルの手を握りしめる。そしてゆっくりと小さな体を抱き締めた。
『……全部、ぜぇんぶ、”あの女”が悪いんだから――』
アデルを抱き締めたまま囁かれた言葉。
その言葉を口にするエルネスタの顔は、最初に見せたアデルの表情同様にひどく歪んでいた。
◆ ◆ ◆
鏡面に映っていた映像が終わる。ロレナは怪訝そうに眉を寄せて腕組みをした。
外も室内も静かで、風の音が時折聞こえる程度だ。
考え込んでいたロレナは小さな溜息とともに肩を落とした。
「……アデル、何か勘違いしてるんじゃないかしら。あの男は元々男爵家の出よ。
私のお母様と結婚したから”シュタールベルク侯爵”になったのに……」
「え? そうだったの?」
「そうよ。あいつは入り婿なの。……あいつら、アデルに何を吹き込んでいるのかしら」
元々疑問ではあったのだ。
何故、アデルがロレナのものを奪うことに執着しているのか。
ロレナの母・テレジアとベルトランは政略結婚だ。シュタールベルク家にテレジア以外生まれなかったため婿を取ることになり、その相手に決まったのがベルトランだった。侯爵家と男爵家、爵位の差はあるが例外的に認められた結婚である。相応の相手がいなかったこと、ベルトランが当時としては優秀だったことが後押しの理由となった。
例外的に認められたということは、きちんと記録があるということだ。
なのに、あの二人は妙なことをアデルに吹き込んでいる。そのことがロレナにとっては疑問でしかない。
「……あいつらに復讐するのは、もう少し色々調べてからの方が良さそうね」
「そうなの? 何回復讐しても良いと思うけど……」
不思議そうに首を傾げるチャコを見てくすりと笑う。その頭をよしよしと撫でた。
「何度も復讐するって素敵だわ。でもね、あいつらは何か隠してるわ。
あのクソゲスビッチが何を根拠に侯爵家の長女だったなんて思い込んでいる根拠を、全て暴いた上で――相応しい悪夢をくれてやりたいだけよ」
(そう、この復讐を中途半端なものにはしないわ。絶対に)
ロレナはそう思いながら目を細めた。
ひょっとしたら、まだまだロレナの知らない事実が飛び出してくるかも知れないのだから。ベルトランとイヴォンの関係のようなものが出てこようものなら、また感情が揺らぐかも知れないが必要なことだ。
ふ、と息を吐きながらチャコから手を離す。
「……さて、と」
「今日はどうするの?」
「その前にちょっとリーネさんに連絡を……」
――『どうせだし、今日の午後にでもエリくんに会いに行ったら~?』
リーネの無邪気な声が脳内に木霊する。重い気持ちになりならコンパクトを手に取った。
コンパクトを睨みつけ、起動させるために触れる。
最初のように「通信中…」と文字が表示されるが、一向に繋がる様子がない。
「もう! リーネさんったら……!!」
ピッ。ピッ。何度も黒いガラス面に表示されたボタンに触れるが、何も起こらない。
本当に繋がらないのか、リーネが無視をしているのか判断がつかなかった。「通信中…」と表示されるだけで、他の情報は一切ないからだ。
「繋がらないみたいだね。急ぎの用事なの?」
「リーネさんが勝手にエリオス様に連絡して、私が今日会いに行くって言っちゃったのよ!
私は一言も行くなんて言ってないのに……! ひどいわ、本当に」
コンパクトを閉じながら、ロレナはぷくーっと頬を膨らませる。その様子はひどく幼く、普段のロレナから想像もつかない表情だった。
チャコはそんなロレナを見て瞬きをする。天井を見上げ、床を見て、最後にロレナを見た。
「いいんじゃない?」
「チャコ?! そんなに簡単に言わないでくれる……?!」
「僕も彼には興味があるんだ。会いに行ってみようよ、どうせ暇でしょ?」
「うっ……!」
”どうせ暇でしょ?”
その言葉がロレナに突き刺さる。
友人もいなければ習い事をしているわけでもない。買い物もしてしまったので、時間ならたっぷりある。やることと言えば悪夢を作るだけ――。
そんな現実にぶちあたり、ロレナは諦めたように肩を落とすのだった。
「わかったわ。リーネさんが連絡している以上、行かないのは失礼だもの……。
でも、その前に着替えさせてちょうだい。流石にこの格好じゃまずいわ」
そう言ってロレナはコニーを部屋に呼ぶ。
コニーに「教会に行くから着替えるわ」と言うと、何故か「エリオス様に会いに行かれるんですね!」と言い当てられる。そして、この間買った中で一番良いドレスに着替えることになったのだった。




